2話 教会の朝

 彼らが庭で食事をすることはそう珍しいことではない。風がそうめき、木々がさわさわと音を立てる。朝食が並んだテーブルにはふたつのティーカップと、目玉焼きがお皿に盛ってあった。いかにも、朝食といった感じだった。


「あら? 今日はミルクティーなの?」


 アリアがカップを手にして言うと、シオンは目を輝かせてアリアに近づいた。


「久しぶりにいい茶葉が手に入ったんです。アリアが前、ミルクティーが好きだって言ってたから、試しに買ってみたんですけど。どうですか? 美味しい?」

「ん、まあ。それなりには美味しいかな」

「よかったです」


 ほっとした表情でアリアを見る。まるで恋人同士の会話だった(ただしアリアが彼氏、シオンが彼女のポジションである)。

 ずず、と紅茶をすする。シオンの視線がアリアを刺すが、まあ、それでもいいだろうとアリアは心で思った。

 しかし、お忘れだろうか。そう、これはティータイムではなく朝食の時間だということを。アリアはテーブルの上に並んでいる『目玉焼き』を見る。

 うむ、おいしそうだ……いや、本当にそうだろうか?


「ところで、シオン」

「はい?」

「これは……なに」


 そう言って、アリアはそれを指さす。

 黒くて、煙が出ていて、何とも表現できないものとなっているものを(一言でいうなら、壊滅的、だろう)。


「……あぁ、これはですねホットケーキです。その、頑張って作ってはみたんですけど、失敗してしまいました……あはははは……」


 何をどうしたらこうなるのだろうか。アリアは目を細めた。


「失敗したって、限度があるでしょ」


 その言葉はシオンの心を突き刺した。


「……っアリアのバカ!」


 バカと言われた後にその黒い何か(本人はホットケーキと言っている)を、思い切り口に入れられた。


「むぐっ!」


 焦げた臭いと、妙な舌触りが口の中いっぱいに広がっていく。このまま吐くわけにもいかないので(というかプライドが許さないので)飲み込もうとするが、それは叶わなかった。


「どうかな……あれ、どんどん顔色が悪くなって。!? だ、大丈夫ですか!?」


 どこをどう見たら大丈夫だと思う、とアリアは殺気立っていた。


「み、水……!」


 それが今出せる精一杯の声だった。聞き取れるか取れないかの境目さかいめかすれた声でアリアはシオンへと呼びかける。シオンは一瞬戸惑とまどい、その意味を理解した。


「水ですね、どうぞ」


 シオンは急いで水をくみ、アリアに渡す。アリアはシオンから水の入ったコップを奪うと勢いよく中に入っている水を飲み干した。ぷはっ、とアリアは涙目になりながら荒くなった呼吸を整える。


「だ……大丈夫? ……って、聞くこと間違えてますよね。ごめん」

「……。そうね、自覚しているのなら私は何も怒らないわ」

「うん。やっぱアリアは優しいです」

「褒めても何も出ないわよ」

「知ってます」


 まぁ、これでもシオンにしては、今までで一番上手にできたところだろう。味はともかくとして、形はちゃんとしていたのだし。そこまで考えて、ああ、まだまだシオンに対して私は甘いのだなとアリアは苦笑した。


「本当にごめんなさい。今度からは自分で味を確かめてからアリアに出すことにします」

「いや、そんなことしても無駄に決まっているわ」

「なぜですか?」

「だってあなた、味覚音痴じゃない」

「あ、……。僕、何もできないですね……」


 本当に反省しているようなので、今日はひとまず、良しとしようか。アリアは勝ち誇ったような、しかし、柔らかい笑顔をシオンに向けた。


「今度、作り方をもう一度見直してみましょう。大丈夫、次は成功するわ」


 と、アリアはポンポンとシオンの頭を撫でる。その瞬間、シオンの頬は高揚した。その顔はまるで十歳にも満たない小さな子供のようだった。

 こんな時間が、いつまでも続くと思っていた。続けばいいなと思っていた。


 だが、それは叶わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る