第一章
1話 大地震
リータスベル。
ロンドンの裏の世界として存在し、世界の境界線から外れた『世界』。
そして、魔族の生きる世界でもある街の総称である。
ほんの少し前――と言っても百年くらい前のことだが――の話だが、ロンドンとリータスベルの均衡が地震により崩壊した。
これを『ロンドン・リータスベルの大地震』と云う。
均衡の崩壊を意味する大地震。
簡単に言えばそれは、表の世界であったロンドンと裏の世界であったリータスベルが世界ごと融合したのである。
ひと昔前までは世界の均衡も崩れず、人間は人間の暮らしをロンドンで、魔族は魔族の暮らしをリータスベルで穏やかに過ごしていた。
だが、ある日、境界線のバランスの均衡を保っていた空間移動装置が誤作動を起こし、ついには崩壊――大地震と言った形でこの二つの世界は
世界が、混沌の渦に巻き込まれた。
現在は『パンドラ国』という、旧ロンドン市街に教会本部の位置する小国がリータスベルを管理している。
この『パンドラ国』は人が辛うじて暮らすことの出来る地域を人工的に作った。
教会本部が管理する『パンドラ国』には、魔族の入ることの出来ない結界が国全体にドーム状に張ってある。この加護がなければ、一歩でも外に出てしまえばそこは魔物の巣窟なのである。
こうして人間は教会の加護のもと、生きることが出来ている。そして同様に魔族も国境から遠い場所で人間から隠れ
最も、例外もいるだろうが。
*
「アリアー? どこ行ったんですか?」
ここはリータスベルの
この国の人間は教会に毎日来る人が比較的多いのだが、この教会は街外れということもあり人がなかなか来ないことで有名だった。
それは、この教会にはあるウワサがあったからだ。
――『幼女の吸血鬼』と『死なないデュラハン』が住み着いていると。
「もう、どこに行ったんですか? まったく」
シオン=ルータスはやれやれと腰に手を当てる。
短い黒髪に白衣、
「……あれ? 雪……。最近多いですね~」と、彼が一息漏らす。
この世界に季節なんてものは存在しない。
いつ雨が降るのか、いつ雪が降るのか、いつ花が咲くのか、なんてものを予測することができない世界なのだ。予測不可能な世界。不安定な世界。
それが『パンドラ国』、現在のリータスベルである。
この不安定な気象の原因には二つの世界のバランスや均衡が関係していそうだと、ある科学者は云った――しかしそれは未だに解明されていない――。
全国の教会には親がいないなどの孤児を引き取って、大人になるまで育てているという規則がある。
……この教会は例外だ。
この教会には先ほども言ったように吸血鬼とデュラハンが住んでいる。だが、その二匹だけだ。祈りに来るどころか、ひとっ子一人来ないこの教会には孤児などいるはずもなかった。しかし、一つ先の街に行けば孤児はたくさんいる。
この時代に、子供が『たくさん』いるというのは実に感心することである。ほとんどの住民が大都市に移ってからは、この街も静かになったものだ。
あの世界同化の大地震以後、国の人口は減少しつつあった。魔族と人間の境界は無くなり、地は枯れ、雨は降らなくなった。およそ人が生きていける環境が整わなくなったのだ。
だがここまで人間が生きていけるだけの世界が元に戻ったのは、きっと『パンドラ国』の教会のシステムのおかげだろう。
「シオン?」
木の上から幼い少女の声がした。もしかして、と思い、シオンは上を見上げる。
「あ、アリア。おはようございます……」
アリア、と呼ばれた少女は樹木の枝に乗っていた。灰色の髪にふわふわとした可愛らしい服装の淡い赤目の少女。子供の姿だが、大人びている印象が強い。アリアはきょとん、とした顔でシオンを見た。
「どうしたの、そんな府抜けた顔をして」
シオンはハッとして目を伏せる。その顔は赤面していた。どうしたのだろうか。と、アリアはさらに聞き入る。
「ねえ、ねえってば」
少しの沈黙の後、一大決心をしたかのようにシオンは言葉を発した。
「……その、アリア、パンツ……見えてます……」
一瞬、アリアとシオンの時間が停止した。そしてアリアはその言葉の意味を理解し赤面した。恥ずかしさのあまりか、お互いに硬直したままだった。
その硬直状態を先に破ったのはアリアだった。
「……! 見るな、バカ!」
「ぐっ!」
アリアはシオンめがけて飛び
「そ、そんなこと、あんなにまじまじと見ないで言いなさいよ、このっ、バカ!」
「だって、見えちゃうものは仕方ないでしょう?」
「開き直ってんじゃないわよ。この童貞!」
「なっ……! アリアだって処女でしょう!」
「私は処女じゃないわ。少なくともシオン、あなたよりは長生きしているのよ? あなたもそのことを十分に理解していると思うけれど?」
「……それは、事実だから何も言い返せないじゃないですか」
シオンはまるで子どものように頬をぷくっと膨らませた。アリアは『勝ったわね』と心の中でガッツポーズを取る。
「そんなことより、朝ごはん、一緒に食べましょうよアリア」
爽やかな声で、
アリアは顔をゆがませながら、「仕方がないな」と
そして準備している間にシオンが「白かったな」とぼやいたのを聞き逃さなかったアリアがその後、シオンに再び飛び膝蹴りを食らわしたのは言うまでもない……。
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