バリッジ先生

オケレケを含む数人と教職員しか真相を知らない例の事件についてレイジに教えたのは、校内の美術の授業すべてを担当するバリッジ先生だった。


彼は職員室にほぼおらず敷地の端にある美術科準備室に滞在し、レイジを匿っていた。

ここが授業をふけがちなレイジの日中の居場所であり、荷物置き場であり、読書部屋だった。

バリッジ先生にはこれといって懐いておらず、用のある者以外は近寄らない上に概ねいつも鍵の開いているこの準備室を気に入っているだけのことだった。


薄情なナード少年が学校に持ち込んだ本を収納するために勝手に使っている木箱を、心優しいバリッジ先生は彼への親しみを込めてレイジ書房と呼んでいる。



「お、レイジ書房に新作入荷か」

作業着に身を包んだ痩せ型長髪の男がドアの方を振り向いた。

前日の美術の授業で初等部の生徒の描いた絵を整理している彼がバリッジ先生である。

初等部ではここのところ"動物"というテーマで授業が行われ、生徒たちは思い思いに好きな動物を描いている。

象の絵。

ライオンの絵。

恐竜を描く生徒もいた。


図書館で借りた本を何冊か持って準備室に現れたレイジは、バリッジ先生からの呼びかけには答えず会話を始める。


「箝口令しかれたぜ」


「まあ実際説明が難しいからなあ。

設計図から飛び出してきたモーターに斬りつけられたなんて言われて納得するのは世の中でも僕くらいだろうし」


「先生は納得すんの」


「人の描く絵には力があんのよ」


その日レイジは一度も授業に出席せず、終業まで美術科準備室で本を読んで過ごした。

その日の目玉は、返却期限の迫ったサキだった。

口うるさい親類に育てられて不自由な暮らしをしている少年が物置の中で大きなイタチを飼い始め、そのイタチを自らを救う神として崇拝し始める短編が印象的だった。

読書中、バリッジ先生が内線電話で「いまは落ち着いた様子です」などと話すのを何度か聞いた。




サキが返却期限を迎える日の放課後、レイジは生徒指導室にいた。

「レイジなぁ、読書を否定はせんが授業をふけるだとか和を乱すだとかがあまりに目につく」

レイジもまた、口うるさい教員に叱責されて不自由な学校生活を送っていた。

「サボってばかりで成績もつけられん。こっちの苦労を考えろ」


生徒指導室から解放された頃には随分な時間が経っていた。

彼が普段利用する図書館の閉館時刻が迫っていた。

早足で向かっても間に合わないだろう。

サキは延滞である。


レイジは舌打ちをする。ルールを破るのは嫌いだった。

「死にさらせ馬鹿教師が」

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