学園

「上げパン野郎きたわ」


教室の後列窓際の席に、学生服のブレザーを着崩した4、5人の少年が集まって談笑していた。

ネクタイこそ締めているがワイシャツの1番上のボタンを外し、どの少年もベルトの位置は腰骨より低かった。


上げパン野郎と呼ばれた少年はその席の主だったが、彼が近付いてもスラックスの折り目が崩れたその集団は退く様子はなく話し続けていた。


制服を正しく着こなしたその少年は連中に不服そうな視線を向けるのみで教室後方のロッカーに自身の鞄を放り投げ、

「クソが」

と小さくこぼしてそのままロッカーの前に立っていた。



チャイムの音が響くと連中はそれぞれの席に戻り、入れ替わりで少年は自分の席についた。

ほどなくしてスーツ姿の男性教諭が教室に入ってくる。


始めるぞぉ、と気だるげに発した男性教諭は出席をとり終えると教卓に手をついて話し始める。


「今日の連絡事項な。まず、先週は林間学校お疲れ様。まあ事故も怪我もなく。……喧嘩も万引きもなく。お前らにしては上出来だった」


教室がガヤガヤと低い笑い声で包まれる。


「とまあ特に全校集会が開かれるようなこともないけど、せっかくの林間学校なのに日陰のベンチでずっと本読んでる奴がいて先生は残念だったぞぉ」


「レイジじゃん」

「何しに行ってんだよ」

「絶対レイジじゃん」

「きっしょ」


教室内の生徒が口々に言うなか、先ほどの少年は顔を歪め俯いていた。


「あと連絡事項2。お前らも知ってるかも知れんが、7年の子がピッチングマシンのモーターで怪我した件な。あれ、あまり保護者の方に言うな」


男性教諭の言葉にある生徒が「どういうこと?」とこぼす。

周りの生徒も「そもそも何があったん」「マシンが勝手に動いたんだろ」「そんなの作ったの」「でも小っちゃいやつだろ」などと口々に話し出す。


「とにかく家で話すな。先生との約束な」


生徒の間には「誰かがピッチングマシンの誤作動で怪我をしたらしい」とだけ情報が伝わっていたが、具体的な状況を知る者はいなかった。


「何で広めたらいけねえの」「どゆこと?」と教室内がざわつく間、少年は頬杖をついて窓の外を眺めていた。

少年の見つめる先には校庭とそれを囲むフェンス、敷地外に続く通用口があった。

通用口の向こう側に見慣れない男が立っている。


男は濃紺のダブルのスーツを着てハットを目深にかぶり、顔はよく見えない。

鞄などは持っておらず手ぶらだった。

少年はその男を不審に思いしばし眺めていた。


「レイジ。先生の話は頬杖をつかずに目を見て聞け。それから林間学校で本を読むな」

男性教諭に突然名指しされ、教室にいる全員が少年の方を見る。

レイジと呼ばれた少年はハッとして前を向き、「あい」とだけ返す。


一度は彼を振り返った周りの生徒たちが、興味を失ったように前に向き直る。



レイジの通う義務教育学校は初等部と中等部に分かれ、中等部の1年生をときに7年生と呼ぶ。

中等部の美術の授業では「ゴミ捨て場にある物を使って課外活動に役立つ道具を作る」という課題が出される。


怪我をした生徒はドッヂボールクラブに所属するオケレケで、ジャンプボールの際に自動でトスを上げるマシンを自作し課題提出しようとしていた7年生だった。

つまり先ほど男性教諭が言ったピッチングマシンというのは厳密には誤りである。

彼はこの機械仕掛けの工作品の誤作動で手指に怪我をしたと思われていた。


レイジはこの件について他の生徒よりも多くを知っていた。

暴走したジャンプボールマシンは確かにオケレケが作ろうとしていたものだが、このマシンは彼が設計図を描いている段階であり、まだ組み上げはおろかモーターの調達もしていないものだった。


「とにかくそういうことだから。はい終わり。1限理科室だから間違えるなよぉ。じゃあな」

そう言い残すと男性教諭は教室を後にした。


レイジが再び窓の外を見ると先ほどの男は消えていた。

周りの生徒は理科の教科書を手に移動の準備をしていた。

その日の理科の授業はグループに分かれて実験を行うため理科室に集合だった。


実験は嫌いだった。

「準備室行くかぁ」

誰にも聞こえない声で呟いた。

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