書いた内容は、ほんの一部にしか過ぎない。

戌井てと

第1話

 市立の中学に入学して、ふつうに過ごせたのは、4ヶ月までだったという。

 紺野悟。人の顔色を伺い、あえて怒らせることもした。自然と身に付いたスキルで、学校生活は順調に思えた。視察で選ばれるまでは。


 更正、それが施設学校で行われている主な事だという。

 廃校になった学校を再利用して、人材育成の場にしようという試みだそうだ。指導する側に問題があってはいけない。それを未然に防ぐ為の施設。

 試行錯誤が繰り返され、今では、更正に努める者と指導を志す者が半数ずつ。励んでいるという。



 指導する側からは、30人の生徒を前に授業が行われている。だが一度教室から出てしまえば、教師が1人と生徒1人という、不思議な空間を目の当たりにする。

 生徒1人は生身の人間で、監視役だ。不可解な点がないか、見張っている。授業を受けている姿勢も本当は記録を録っている。指導する側は仮想空間カラクリに気付いては集中できないだろう、その為、何も知らされず今日も教壇に立っている。



 物心つく頃に知った真実。

 同級生なのは本当で、すごく仲が良かったんだと取材をしていた先輩から聴いた。

 女優の△△は子を授かっていて、生まれたのは俺、昴拓矢。〝拓〟という字が父親の名前から取ったらしく、それだけでも知れて両親は俺を想ってくれていたんだと安心できた。

 様々な憶測が漂い、両親は芸能界を辞めた。ネットでは散々な言われよう、週刊誌の追っかけ、心の休まる隙は無い。それを予想するのは容易かった。


 面白おかしく記事にして、売れればいい。

 過ごせるはずだった普通は、嘘で語られた記事によって失われた。そして、今就いている仕事は、記者。鬱憤晴らしか何なのか、自分でもよく解らず、今日も賛成か反対かどっち付かずの記事を綴った。



「すみません、猫の手を借りたい気分なんですけど……、いやこれは、昴さんにしか頼めないことで」


 慌てて端末を仕舞う。何やら深刻そうに思えて、深く考えず紺野くんの相談を引き受けた。取材をしていく中で接点が増えた。そして今、体育館裏。学食で購入した軽食を片手に、2人で体育館裏に居る。


「学生らしいことをやりたくなって、昴さんならいろいろ知ってそうだし。本当は、下校途中で買って、食べ歩きをしたかったんですけど。……これが、その変わりです」


 なるほど。俺の中学時代ってどうだった? 紺野くんが望んでいる食べ物を買って、食べ歩きをしたことあったかな。

 ブラウン管テレビ。ビデオを再生するような、はっきりと思い出されない自分の過去。


 校舎をぐるっと囲ってある、ブロック塀。その細いところをすいすいっと歩く猫の姿。

 じーっと見つめても、互いに眼が合っても、歩くスピードは変わらない。よく出入りしてるのかも、警戒心が無い。通り過ぎるかと思えば、スタッと降りた。そして、俺たちのほうへ近付いてくる。


「ずいぶんと慣れた猫だなぁ」

「こんな近くで猫を見るのは、初めてです」


 興味津々の紺野くん。ちょうどいい、猫の手を借りよう。

 俺たちが持っている食べ物につられたらしい。猫の視線が食べ物を追い掛けている。パンだったら問題ないかな。小さくちぎって与えた。


「あ、食べましたね。かわいいなぁ」


 まだ成長しきれてない紺野くんの手が、猫の額に触れる。本当に落ち着いている猫だ、あちこちで恵んでもらっている可能性があるな。


 突然来たかと思えば、ふらっと立ち去る。

 それが猫。


 動物が持っているというか、醸し出される暖かさは何なんだろうな。居なくなると急に詰まらない。


「昴さんと学生らしいことしたかったのに、猫に夢中になってました」

「まぁ、これもその一環だよ」


 嘘つけ。話せる楽しい思い出、無いくせに。



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