「柿の種ってひどいよね」

「柿の種ってひどいよね」


理音りねんの話はいつも突然始まる。

これまでその話が真面目な話だったことはないので適当に聞き流してもいいのだが、話の続きを促してみる。


「別にそんなことないと思うけど、なんでさ」

「だって、企業の上層部が柿のを独占してるのは間違いないよ。市場しじょうに全く流れてこないもの」

「あー、なるほど。『柿の種があるなら柿の実もあるんだろー、だせー』って話?」


話題としてはそれなりに定番のネタだ。脈絡が無いことを除けば自然な会話だと思う。


「そ。種があんなにおいしいんだから、実の方はもーっと美味しいと思わんー?」

「気になるなら、種でも埋めて育ててみたら?」

「んー?うん、多分、木になるんじゃないかなぁ」

「えっ?私が?」

「や?ソーちゃんはヒトじゃん」

「ヒトだけど……?」

「でしょー?」


私がヒトであるかどうかと柿の種の実(変な言い回しだ)が気になるかどうかに関係はないと思う。と、考えたとこで気がついた。これは多分、「気になる」と「木になる」を勘違いしているな?イントネーションも全然違うじゃないか。なんでそこで間違いが起こるんだ。


「理音さ、もしかして「キ」違いじゃない?」


理音はぎょっとした表情で辺りをキョロキョロと見回してから人がいないことを確認して胸をなでおろし、こちらを恨みがましい目で見ながら文句をつけてきた。


「もー。ソーちゃんのせいでたった今、私たちの人生がアニメ化することはなくなったよ」

「アニメ化することはハナからないんだわ」


よしんば私たちの人生とやらがアニメ化するとしても、学校帰りの会話のアニメーションなんてあまりにも地味だ。せっかく大舞台に出させていただけるのなら、悪の怪人と戦ったり異世界に転生したり、そういった大きな出来事でお願いしたい。


「それに、今から植えたって実るのは8年後だよ?石の上にも3年柿8年って言うくらいなんだから」

「言わんのよ」

「8年もしたら、アタシたちババァになっちまうよ」

「ならんのよ」

「そんときも一緒にいるのかなぁ?私たち」

「……居るんじゃない?」

「えー」


なんでさ。イヤか。イヤなのか。そこは喜ぶところじゃないのか。なんていうのは少し烏滸おこがましいかな。


「嫌なら別にいいけどさ」

「えー?いいの?ホントにー?ソーちゃんは寂しくないのー?そっかー。私は悲しいなー」

「はぁ!?なんなんだよお前はもー!」

「ふふ。でもま、そだね。8年後も変わらずいよう。私たちは」

「うん」

「変わらずこうやって、学校の帰りにお喋りしながら、」

「いやそこは変えてこうか」


留年し続けているのであれば大問題だし、生徒じゃないのに通っていたとしても問題になるだろう。


「ソーちゃん、変わっちゃったね……。あの頃、ももくりコンビと呼ばれてた頃とは……」

「ないなぁ。呼ばれたこと」

「や。これから呼ばれるようになる」

「何があればそんなことになるのさ」

「なにいってるの。ソーちゃんが言い出すんだよ。『アタイらのこと、ももくりコンビと呼んでおくんなまし!』って」

「えー……。未来の私の考えること、わからなすぎ……」

「そりゃそうだよー。未来のことなんて、誰にも分からないものだもの」


だとしたらももくりコンビと呼ばれる未来を知っている理音は何者なのだ。


「ちなみに私たちのどっちが桃で、どっちが栗なの?」

「んー、ソーちゃんはどっちがいい?手で触るとチクチクする方か、それとも、手で触るとチクチクする方か」

「区別がつかないなぁ」


栗はともかく、桃を説明する際に「手で触るとチクチクする」という要素をことさらピックアップして表現する人はそうそういないと思う。


「ま、どっちもどっちだね。どっちになっても後悔しない、そんな生き方をしたいよね」

「えぇ……?そんな話だったかなぁ……?」

「そんな話してたらモンブラン食べたくなってきちゃった」


理想の生き様の話をしたかと思ったら、甘いケーキ食べたいねの話に急転直下で接続なさる。お転婆なジェットコースターでももう少し緩やかな挙動をすると思う。とはいえ私も花の女子高生。ケーキはいつだって食べたいのだ。そんな話ならば喜んで乗ろう。


「いいね、ケーキ。どこかで食べて帰る?それなら私はピーチタルトとかにしようかな」

「出来上がりまで三年ほどかかりますがよろしいでしょうか?」

「よろしいわけあるか」

「こちら、石の上の座席へご案内します」

「三年待たそうとするな」

「お通しの柿ピ----------です」

「規制されてるじゃん。卑猥なの?」

「当店は柿厳禁なのでー」

「やかましいわ」


漫才か。


「そう、これが私たち『ももくりコンビ』の伝説の始まりなのであった……」

「ももくりコンビって漫才コンビの名前だったんだ」


なんて話をしているうちにいきつけのケーキショップに着いた。カフェが併設されていて、適度にリーズナブルで、更に品ぞろえもいい。私たち評価で文句なしの五つ星だ。ケースを見るときちんとモンブランもピーチタルトもある。



「えーっとー。ガトーショコラひとつ!」



モンブランじゃないんかい。

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