最初が肝心なんだって
七瀬の文
「なめこ、育ててみようかなぁ」
「なめこ、育ててみようかなぁ」
「・・・・・・えっ?えっ・・・・・・?なんで・・・・・・?」
ボーッとしているように見える彼女の頭の中は、実際には私には想像もつかない速度で回転しているのだろうな、と、こういうとき私は思う。
「や、特に理由はないんだけどね」
「えぇ・・・・・・?いやいや、あるでしょ、理由。理由なくなめこを育てたくなることなんて、あるわけないもの」
「やー、あるよぉ。あるある、めっちゃある。理由なくなめこ育てたくなること。逆になめこ育てるのに理由ある人なんていないよ」
あまりにも暴論だ。なめこ農家の人達の存在が
「例えば食べたいからーとかさ、愛でたいからーとかさ、あるじゃん。なんかしらさ」
「めでたい時になめこを育てるとかあるん?なんそれ、どこの風習?知らんー」
「えっ、風習とかは私も知らんけど・・・・・・。でも愛でたい人もいるでしょ、多分・・・・・・」
植物(なめこは植物ではないが)を育ててるうちに愛着が湧いてくるというのはよく聞く話だし、そんなにおかしな話ではないと思うのだけれど、理音は不思議そうな顔をしている。
「んー?まぁそっか。めでたい人もいるかぁ。ソーちゃんは?めでたい人?」
ソーちゃん、というのは私のことだ。本当は「奏」とかいて「かな」と読むのだが、今まで1発で正しく読めた人は1人もいない。
理音は最初に会った時に「奏」の音読み、「ソウ」だと思ったらしく、「ソーちゃん!こんにちは!」と元気に声をかけてきた。それ以来、彼女はそう呼び続けている。
「私は・・・・・・、別に愛でたくないかなぁ。多分今後もずっと愛でたくなることはないんじゃないかなぁ」
「そかー。かなしいね。元気だして?いい事あるよ、きっと」
「えっ、ありがとう・・・・・・。えっ、私、なんか悲しいことあったかな・・・・・・?」
慰められてしまった。なんで・・・・・・?頭が追いつかない。でもきっと、彼女の中では繋がっているのだ。何かが。
「そんな時は、メディテーションだね」
「めでてぃ・・・・・・?なに、なんて?ダジャレ?」
私は英語が苦手だ。理音も別に得意ではないけれど、なにかで知った単語なのだろう。
「瞑想のことだよ、めーそー」
「迷走・・・・・・?あぁ、まぁ確かに、かなりそんな感じする」
「でしょー?今すぐにでも始めよう。瞑想」
「もうとっくにしてるって・・・・・・」
少しだけ呆れた顔で返す。すると理音は同じように、少しだけ驚いた顔で私を見つめた。
「マジでかー。全然気づかんかった。いつから?」
「理音がなめこを育てたいって言い始めたとこから既にね。最初から今まで迷走し続けてるよ」
「やー、すごいねぇ。つまり、ソーちゃんはなんも考えずに今まで喋ってたってこと?天才だよー」
ぱちぱちと拍手をする理音。心外である。どちらかと言えば何も考えてないのは理音の方ではなかろうか。
これがもし他の人から言われた言葉だったのなら、煽り言葉に買い言葉、売られた喧嘩を買ってやろうとなるところだろう。しかし、理音の言葉には裏表がない。本気で、何も考えずに喋っているなんてすごい、と言っているのだ。私にはわかる。だからこそ、わからない。わからないから、もっと知りたくなる。
「逆に、理音はなにを考えてるの?今さ」
「・・・・・・」
「理音ー?」
「・・・・・・・・・・・・」
何も考えてなさそうだった。
・・・・・・まぁそれもいいか。頭を休ませてのんびりする日も必要だ。私も、思考を放棄することにした。
「なめくじってさー」
最悪だ。からっぽにした直後の頭に放り込まれたなめくじという言葉は、私の脳内を支配していく。使用していなかったリソースを存分に割いて、鮮明な映像が描かれてしまった。
「なに?なめくじ?・・・・・・あー、なめこから連想したんでしょ。やめてよもう。なめくじのこととか考えたくないって」
「んー、確かに。やめるー」
脳内にいきなり不法投棄されたなめくじは、結果として私に対しての嫌がらせとしてしか機能しなかった。せめて益のひとつでも残して欲しかったところだけれど、なめくじにそれを求めるのは酷な話かもしれない。
「んー、じゃあさー、話はかわるけど、コタツとカタツムリってなんか関係あるんかな。なんか、似てない?」
あんま話変わってないな、と思った。
「関係ないんじゃない?というか別にそんな似てなくない?」
「や、似てるってー。こう、名前の響きとか、頭だけ出してるとことか」
「コタツに頭なんてないから」
「あ、そっか。コタツから頭出してんのは私かー」
「じゃあ理音がカタツムリだね」
「私はコタツから出ても動けるから、なめくじだ」
「うえっ、結局話戻ってるじゃん」
「なめことなめくじの、なめろう」
「地獄みたいな料理」
「あ、今日うちよってく?なめろうつくるよ」
「この流れで出してくる一品としては考えうる限りの最悪だと思う」
こうやってどうでもいい会話をして、ふふっと笑う理音を見ていると、いろんなことがどうでも良くなってくる。
まぁいっか。終わりよければ全てよし。会話の内容は全然覚えていないけれど、楽しかったなぁと思えたから。今日はきっといい日なのだ。
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