第44話
「因みにしおねっちにどんなことでお世話になったの?」
「勉強を教えてもらっただけだ、たまたま図書館であった時に」
当然、汐音と一緒に暮らしている事、いつも料理を作ってもらっていることは伏せる。
話したら二人に根掘り葉掘り事情を聞かれて面倒なことになるのが目に見えているからだ。
「因みにプレゼントは何を渡したんだ」
「それは……秘密だ」
「せっかく、アドバイスしてやったのに薄情なやつめ」
「はくじょうなやつめ~」
諒真の言葉に追従して美月もそんなことを言ってきたが、悠希はこれ以上このことについて話すことはないとでも言いたげに視線を明後日の方向に逸らした。
一瞬、プレゼントに何をあげたか言いかけたが、日焼け止めはまだしも、エプロンと猫のぬいぐるみをプレゼントに贈ったのは今、思い出しても恥ずかしいので、心にしまっておくことにした。
「そう言えば、大丈夫だったか?」
「何がかしら?」
帰宅してソファで本を読みながら、ふと思い出したように悠希が問うと、汐音が不思議そうに首をこてん、と傾げた。
ちょうど、夕食の準備がひと段落した汐音は悠希の隣でぱらぱらと悠希が貸した本を読んでいる。
今日の夕食は天ぷらで油の余熱が完了するのを待っているところらしい。
悠希が住んでいるマンションはガスではなくIHヒーターが導入されているので、油の余熱が終わったら自動で音声が伝えてくれるようになっている。
「いや、柏木にプレゼントを渡したのを伏見と雪平に話したから、もしかしたら、そっちに被害がいってないかと思ってな」
「そういえば、雪平さんが、授業の間の休み時間に誕生日プレゼントに何をもらったか、聞いてきたわね」
「ちなみになんて答えたんだ?」
「貰ったものは答えたけど、誰から貰ったかは言っていないから大丈夫じゃないかしら」
「悪いな、面倒事に巻き込んで」
「いえ、大丈夫よ、雪平さんと話すのは意外と楽しいから……それに矢城君の話も少しだけ聞けたし」
汐音が最後に呟いた言葉は油の余熱完了を知らせるタイマーの音にかき消されて、悠希の耳には届かなかった。
汐音は誕生日プレゼントの中身こそ話したものの、誰から貰ったかは話していないらしい。
学校で天使様と呼ばれている汐音のことだ。
当然、誕生日プレゼントも他の人からたくさん貰っているだろう。
「柏木、ちなみに俺以外からだと、どんなプレゼントを貰ったんだ?」
あくまで、興味本位。
学校で天使様と言われるほどの美少女が誕生日プレゼントにどのようなものを貰っているのか気になって聞くと、返ってきたのは意外な答えだった。
「矢城君以外からは特に貰ってないわ、誕生日おめでとうのお祝いのメッセージはたくさん届いたけれど」
「……」
それはまずいのでは?
悠希が送ったプレゼントはあくまで諒真からの意見を参考にしたもの。
汐音が詳細なプレゼントの内容を美月に話したとすると、エプロンはともかく、日焼け止めと猫のぬいぐるみを贈ったのは既にばれていると考えるのが妥当だろう。
面白そうなことに対して、無駄に感の良い美月のことだ。
もしかしたら、エプロンも悠希が渡したのではないかとあたりをつけているかもしれない。
にやり、といたずら好きのする笑顔を浮かべる美月の姿が想像できて悠希は軽く、顔をしかめた。
「そういえば、夏休みは何か予定あるか?」
「夏休み? ……特に何もないわね、矢城君は何か予定でもあるのかしら?」
「俺も今のところ予定はないな、実家にも帰るかはまだ決めてないし」
汐音手作りの天ぷらを食べながら、ふと気になって汐音に夏休みの予定を尋ねたが、汐音には特に予定はないらしい。
汐音から帰ってきた質問に、悠希も夏の予定を考えたが、これと言ってやることもない。
せいぜい、諒真と美月に誘われて、数日程、遊びに行くぐらいだろう。
「でも、急にどうしたの?」
「いや、ただ、気になっただけだ」
「そう……でもよかったわ」
「何がだ?」
「いえ、矢城君が夏休みに予定がないなら、一緒にいられると思っただけよ」
にこりと柔らかな笑みを浮かべる汐音の顔を見ていられず、顔を少し背ける。
あくまで汐音の言葉に含まれている意味は安心して暮らせる場所があるということ、決して、一緒に暮らせて嬉しいという意味ではない。
そう分かってはいても、汐音が嬉しそうな笑みを見せてくれたことが無性に嬉しくて、悠希はどきどきと波打つ心臓を誤魔化すように汐音からしばらく目を逸らし続けた。
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