第43話

さすがに、大人げないことをしたなと思い、慈悲の心で諒真に卵焼きを一つだけ譲ってあげることにする。


「卵焼きでよければ、一つ分けてやってもいいぞ」

「えっ、まじか! 頼む、ください!」


悠希の言葉に速攻で目を輝かせた諒真が家臣が褒美を受け取るように、弁当箱を悠希の前に差し出してくる。

そこに汐音お手製の卵焼きを入れてやると、諒真が「ありがたき幸せ~」と時代劇風に頭を垂れた。

今度は美月にとられないように、先に食べることにしたらしく、諒真が卵焼きを口に運ぶ。


「えっ、これめちゃくちゃ美味いぞ!」


卵焼きを食べた諒真が驚きに目を見開いた。

卵焼きで何を大げさなと思うかもしれないが、初めて食べた時には悠希もびっくりしたくらい汐音の卵焼きは美味しい。

いや、料理全般、汐音が作ったものなら、正直、何でも美味しい。

それくらい、汐音の料理スキルはレベルが高い。

諒真の反応に、心の中で満足していると、美月が頬を膨らましているのが目に入った。


「む~、私の卵焼きにはそんな反応しないくせに」

「い、いや、美月の卵焼きも美味いぞ、うん、か、家庭的な味がする」


諒真がしまったという表情を浮かべた後、むくれてしまった美月を慌ててなだめる。

フォローになっているのかよく分からないなだめ方だったが、単純な美月にはそれで十分だったらしい。


「えっ、諒真にとって家庭的な味か~、さすが私、諒真のお母さんに料理を習っているだけのことはあるね」


ニヘヘと笑みを浮かべる美月に諒真がほっと胸をなでおろしたのがわかった。

美月と諒真は既に親公認のカップルらしく、美月は諒真の母親に料理を教えてもらったりしているらしい。

雪平家にとっては将来有望そうな諒真が婿に来てくれるのは大歓迎、伏見家にとっては美月のような可愛い娘ができるなら喜んで諒真を婿に出すつもりだというまさにウィンウィンの関係らしい。

因みに、何故か悠希も気に入られてしまったらしく、伏見家と雪平家の親睦会に時々、招かれたりしている。

さすがに一度も参加したことはないが。


いちゃつく美月と諒真を片目に水筒のお茶を飲んでいると、唐突に二人から予想外の質問が飛んできて悠希は咽た。


「「そういえば、悠希、しおねっち(柏木さん)への誕生日プレゼントはどうだった、(んだ)?」」

「ゴホッ、ゴホッ」


タイミングを見計らったかのような不意打ちの攻撃を仕掛けてきた二人の表情にはにやにやとした笑いが浮かんでいる。

どうやら、悠希がお茶を飲むタイミングを待っていたらしい。

絶妙なタイミングといい、からかう気満々のにやにやとした笑みといい、まず、間違いないだろう。


「別にお前ら二人が想像するようなことは何もないぞ」

「じゃあ、しおねっちにプレゼントを渡したのは認めるの?」

「……まあ、渡しはした」


諒真に異性が喜ぶプレゼントを聞いて、美月には汐音の誕生日を聞いた。

毎日、会話をしている二人の事だ。

どうせ、プレゼントを汐音に渡したことはばれている。

二人にからかわれることになるくらいなら、潔く自分からばらそうと思い、あっさり白状することにした悠希に美月が不服そうに、頬を膨らませた。


「何だよ?」

「別に~、せっかく、悠希のことをたじろがせるチャンスだと思ったのに」


いつもの冷静な悠希の態度を崩そうと美月は画策していたらしい。

どちらにしろ美月のことだから、からかってくるのは分かってはいたが、思いがけず、攻撃の手を緩めることに成功したらしく、悠希はほっと胸をなでおろした。


それにしても美月のいたずら好きで天真爛漫な性格はもしかしたら一生治ることはないのかもしれない。

美月にずっと振り回されることになるであろう、諒真に軽く憐みの視線を送ると、それに気づいた様子もなく、諒真がちょうど口を開いた。


「それにしても、悠希が柏木さんとね~」

「何だよ?」

「いや、意外とお似合いだなと思ってよ」

「別につきあってるわけじゃないぞ」

「じゃあ、悠希の片思いか? それなら全力で応援するぞ」

「片思いでもない、ただ、お世話になった恩返しをしただけだ、それ以上のことは何もない」


どうやっても恋バナに結びつけようとする、二人の思惑を突き放すようにはっきり言い切る。

あくまでお礼としてプレゼントを送ったというスタンスを悠希は崩すつもりはない。

二人にからかわれるのはごめんだというのもあるし、何より汐音の迷惑になるのは避けたい。

好きでも無い男と恋愛関係にあると噂されるのは汐音も良しとしないだろう。

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