第35話

「……別に友達に柏木さんの誕生日を聞いて来てくれって頼まれただけだ」


あらかじめ用意していた返答を告げると、美月が首を傾げて、「悠希に頼みごとをする友達ねー」と小さく呟くのが聞こえた。

美月と言い諒真と言い、友達に対して反応がひどくないだろうか。

悠希に私たち以外の友達なんかいたのと言う感情がひしひしと伝わってきて居たたまれなくなる。

悲しいことに汐音含めて三人しかいないのだが……。


しばらく、何かを考えていた様子だったが、思いあたるものでもあったのか。ははーんと美月がしたり顔を浮かべた。

嫌な予感がする。

というかこういう時の美月が考えていることがまともだった試しが一度もないのだが。

そうは思いつつも美月の返答を待つしかなく、悠希はそのまま無言を貫く。


「私もしおねっちの誕生日知らないから聞いてくる」


それだけ言って美月は汐音の方にタタタと駆けて行った。


何か詮索されるかもと悠希は身構えていたので美月の態度は悠希にとって拍子抜けだった。

頬杖をつきながら本のページをぱらぱらとめくっていると、スマホがブルルと振動してメッセージが届いたのを伝えてきた。

授業が始まるまであと数分、時間はある。

頬杖をついていた手でポケットからスマホを取り出すと美月からメッセージが届いていた。

スマホを操作してメッセージアプリを開くと、「しおねっちの誕生日は7月3日‼」というメッセージと「FIGHT‼」と吹き出しに書かれた燃える羊のスタンプが送られてきていた。


汐音の誕生日のほうは分かるが、FIGHTのスタンプの意味が分からず、美月の方を見ると、悠希の視線に気づいた美月がいたずら好きな笑顔で親指をぐっと上につきあげるのが見えた。

俗にいうグッジョブのサイン。

それをされても悠希としては美月の考えていることはさっぱり分からなかったが。


今日は6月27日月曜日。

スマホのアプリでカレンダーを見ると汐音の誕生日である7月3日は日曜日にあたるらしい。

汐音の誕生日まで一週間を切っている。

プレゼントは前日までにそろえるとして、バースデイケーキもあったほうがいいだろう。

汐音はチョコが好きなようなので、ケーキはチョコレートケーキで決定として、問題はプレゼントを何にするかだ。

授業が始まってからもそれについて考えていたが、結局、答えはでなかった。


午後の授業が終わって、いつものように図書館に向かおうとしたところで、今日は月曜日で図書館が休館日であることを思い出す。

折角だし、汐音の誕生日プレゼントでも探すかと思い、近くにある商店街に足を運ぶ。

一応、汐音にも少し帰りが遅くなることをメッセージで伝えておく。

基本的に家の鍵は汐音が持つようになったので、そちらも大丈夫だろう。


今どき、商店街にくる若者など、めっきり減っているものだと思っていたが、そういうわけでもないらしい。

制服を着た男女のカップルや友達と遊びに来た小学生ぐらいの子供、講義おわりのリフレッシュに来た女子大生の集団など商店街は意外なほど盛り上がりを見せていてた。

人ごみの流れに任せて、気になる店に適当に足を運ぶ。


普段は足を運ばない商店街には今どきのスイーツショップ、おしゃれなフラワーショップ、駄菓子屋など、商店街には若者を引き寄せるための工夫がされているらしい。

途中、見つけた古本屋に悠希は興味を惹かれたが、今日の目的はそこじゃないと自分を律し汐音のプレゼント選びに精を出した。

結局、何も決まらなかったが。


帰宅後、悠希は汐音に欲しいものがないか聞くことにした。

この調子だと、汐音の誕生日までにプレゼントを決めることができそうにないそう思ったからだ。

ソファに寝転がってテレビをつけ、何気ない感じを装って、料理を作る汐音に声をかける。


「柏木、何か欲しいものとかあるか?」

「欲しいもの?」


悠希の質問にキョトンと汐音は首を傾げた。

脈絡もない、悠希の問いに真意を測りかねているそんな表情だ。


「今度の土曜日、ショッピングモールに買い出しに行くから欲しい物があるならついでに買ってこようと思ってな」


適当に言い訳を述べると、汐音が困ったように少し眉根を寄せた。

もしかしたらお金のことで遠慮しているのかもしれないと思い、言葉を付け足す。


「遠慮しなくていいぞ」

「……それなら、枕が欲しいわ」

「枕?」


少し予想外の返答が来て、悠希は困惑気味に声を上げた。


「ソファで寝る分には問題ないのだけど、たまに首が痛くなる時があるから」


女子高生らしく化粧品やらコスメやらを欲しいというのかと思ったが、律儀な汐音らしく欲しいものも控えめだった。

それに欲しい理由も汐音らしい現実的なものだ。


「他にはないのか?」


まだ、遠慮しているのではないかと悠希が続きを促すが汐音には特に思いつかなかったらしく、「特にないわ」と返答が来た。


「シャンプーとか石鹸とかそういうのは?」

「別にこの家にあるもので不満はないわ、香りも私の好みに近いものだし」


律儀と言うか無欲と言うか、もっと欲しいものを上げてくれると悠希としてはありがたかったのだが。

汐音にこれ以上聞いても怪しまれると思い、悠希はそこらで会話を切った。

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