第33話
誰かに揺すられている感覚に意識が引っ張られる。
「……くん、……て」
起きたくないと訴えてくる身体に逆らって目を開ける。
「矢城君! やっと起きた、そろそろ支度しないと学校に遅刻するわよ」
寝ぼけた頭で汐音の言葉の意味を何とか理解して時計を見ると汐音の言う通り、時刻は8時を回るところだった。
悠希が欠伸を噛み殺しながら起き上がるのを確認すると、既に準備を終えていたのか、汐音が鞄をからったのが見えた。
「時間がないから私、先に行っているわ」
そう言って、汐音がそそくさと登校していくのを悠希は寝ぼけてぼんやりとした視界で認識した。
立ち上がって汐音が作った朝ご飯を食べ終わったところで悠希は昨日汐音にしたことを思い出して、悠希は独りで悶えた。
朝の様子を見る感じ汐音はいつも通りだった。
昨日の出来事は夢だったのかと思うほどに。
特に照れた様子もなかったし、料理もいつも通り美味しい。
もしかして昨日、汐音を抱きしめたのは本当に夢だったのだろうか。
その割には汐音の身体の感触、香りまであって中々リアルな夢だったが。
汐音の態度がいつも通り過ぎて釈然としなかったが、登校の時間が迫ってきているのに気づいて、汐音のことを考えるのはいったん保留することにした。
通学路を歩いていると爽やかイケメン、諒真に会った。
野球部の朝練がないせいか、ほとんど毎日、諒真と顔を合わせている気がする。
この特に欠点もないイケメン、諒真と同じ行動パターンを取っていると思うと、何だか気が重くなる。
ただ、授業開始、直前に登校する生徒が多いのはどこの高校でも同じなのでそちらが原因と考えることもできるが。
そう言えば、何か諒真に聞きたいことがあったなと寝起きでぼーっとする頭を何とか回転させて要件を思い出す。
「伏見、聞きたいことがあるんだが」
「何だ?」
悠希から話題を振るなんて珍しいなとでも言いたげに少し諒真の目が見開かれるのが分かった。
「異性に贈るプレゼントって何が無難だと思う」
一瞬、ポカンと口を開けて固まった諒真が質問の意味を理解したのかポンと肩に手を置いてきた。
「何だよ」
何か憐れむような目で見られて悠希はムッとして諒真を軽くにらんだ。
「悠希、お前が異性に興味を持ってくれたのは大変喜ばしいことだ、友人としてもな……だけどいくら本が好きだと言っても本にはプレゼントは送れないぞ」
何言ってるんだこいつ。
どう考えても本にプレゼントを贈るなんて頭がおかしいだろう。
そもそも、諒真には悠希が本を異性として見ているように思ったのだろうか。
確かに、本は好きだが、そこまで悠希も変態じゃない。
「別に普通の女性なんだが」
「……悠希、二次元の女性にもプレゼントは送れないんだ」
諒真の頭の中では悠希が現実の女性にプレゼントを贈るという選択肢はないらしい。
「俺がプレゼントを贈りたいのは現実にいる異性の友達だ」
そうはっきり告げると諒真が呆然とした様子で悠希の言葉を反復した。
「悠希に異性の友達?」
正確には汐音のことを友達と表現していいのか分からないが。
ただのクラスメイトと言えないくらいには汐音と距離を縮めたと悠希は思っているし、恋人と言うわけでもない。
この場合の表現で正しいのは恐らく友達、この言葉に尽きるだろう。
「はっ、まさか」
何かに気づいたように声を上げる諒真に絶対ろくなことを考えていないなと思ったが、諒真の言葉を待つ。
「悠希の友達で俺が知る女性と言えば、美月だけ、つまり悠希もついに美月の魅力に気づいたのか!」
「それはない」
諒真の言葉を食い気味に否定する。
「美月は俺の彼女なんだけど」
「すまん、本音が漏れた」
「本音かよ!なおさら悪いわ」
ノリよく反応しながらも諒真の顔はどこかほっといた様子だ。
友達と今、付き合っている彼女を取り合わなくてすむからだろう。
正直、美月の反応を見ている限り、どう見ても諒真にベタ惚れなので、ライバルが現れたとしても勝ち目はなさそうだが。
因みに諒真と美月は学校公認のバカップルと言っても過言ではないが、未だにお互い他の生徒に告白されているらしい。
その度に毎回、「美月が他の男に告白されたらしい、ど、ど、ど、どうしよう捨てられたら」とか「悠希~大変だよ、りょ、諒真が可愛い子に告白されちゃったって、その子と付き合うなんて言われたらどうしよう」などと二人が悠希のところにやってくるので悠希としてはうんざりした気分に毎回なっていた。
もうお前ら結婚すればと心の中で何度、思ったか。
ただ、口に出したことはないが。
口に出したら、「えっ、私たちそんなにお似合いかな、やっぱりそう思っちゃう」などと美月が言いだしてイチャイチャし始めるのが目に見えているからだ。
二人のイチャイチャを見て癒されている生徒も中にはいるようだが、悠希としては目の前で友達の二人がイチャイチャし始めると居たたまれない気分になるので、目の前でいちゃつくのは止めてほしいというのが本音だ。
悠希の思惑とは別に二人はいつもイチャイチャしているが。
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