第18話

翌日、目を覚ますと既に汐音の姿はなく、相変わらず、朝食と弁当だけが置いてあった。

いつもより、少し起床した時間が遅かったこともあって、悠希は朝食を勢いよくかき込んで弁当を鞄に入れ、家を飛び出した。

少し足早に通学路を歩いていると、目前に見慣れた人物が目に入った。

スポーツ万能イケメン、伏見諒真だ。

「伏見、おはよう」

背後から声をかけると、「おう、悠希おはようさん」とあいかわらず、少し変わった挨拶が返ってきた。

「最近、野球部は朝練ないのか?」

ここ最近、毎日のように諒真に会っている気がする。

海皇高校の中でも、特に野球部やサッカー部などの運動部は部活に本気で取り組んでいるらしく、朝練をしている部活が多いのだが。


「ああ、俺たち夏の大会がテスト期間にちょうどかぶってるらしくて、休めるうちに休みを上げるから、テスト勉強に早めにとりかかれってことらしい」

「なるほどな、それで勉強の調子はどうなんだ」

そう尋ねると、諒真の顔が絶望に染まった。

「悠希、俺、留年するかもしれない」

どうやら、勉強は捗っていないらしい。


「そうか、じゃあ伏見は来年、俺の後輩か……」

俺が感慨深く呟くと、諒真からすぐさま突っ込みが入った。

「いや、諦め早すぎだろ! 俺が留年しないように勉強教えてくれよ、頼む悠希」

「えっ、普通に嫌だけど」

少し頭を下げて頼み込んできた諒真の頼みを悠希は速攻、断った。


まさか、断れると思っていなかったのか、諒真が呆然として、固まった。

「悠希、俺に勉強教えてくれないのか?」

悠希の返答を聞き間違いだと思ったのか、諒真が再度聞いてくる。

その質問に悠希は「ああ、面倒だし」とだけ答えて、頷いた。


「というか、雪平に頼んだらどうだ、彼女なんだし」

確か、美月はクラスの中でも、結構上位にいたはず。

そう思って諒真に提案したのだが、諒真の目は遠い空を見上げていた。

「美月はだめだ」

「何でだよ、頭いいやつから習った方がいいだろ」

恐らく、悠希よりも美月の方が数段、頭がいい。

普通なら頭のいいやつから学んだ方が学習効果も高いはず。

もしかして、勉強を始めようと思ったら、いちゃいちゃしだしたりするんだろうか。

そう考えて、学年一を争う、このバカップルならやりそうだなと悠希は思った。


「美月は教え方が絶望的に下手なんだ」

「それは伏見が勉強の内容を全く理解できてないだけなんじゃ」

「俺も最初はそう思った、美月が教えてくれた場所が分からないのは俺が馬鹿なだけだって」

諒真の言葉に悠希は深く頷いた。

諒真から、俺はそんなにバカすぎる程でもないぞという視線が飛んだが、当然無視する。


「美月は教え方が変なんだ」

「どんな感じなんだ?」

少し興味が沸いて、諒真に尋ねる。

「なんというか、たぶん、美月は天才肌なんだと思う、数学の問題をこの前教えてもらったんだけど、『こうやってこうやってこんな感じ』って言われて、問題解き終わったら、答えはあってた、あと、なんかドンとかバンとかやたら擬音が多い」

話を聞く感じ美月はフィーリングで問題を解くタイプらしい。


「大変なんだな」

ポンと肩に手を置くと、その手を諒真に握られて、懇願された。

「頼む、悠希、俺に勉強を教えてくれ」

正直、悠希もそこまで勉強が得意な方ではない。

平均点を取れるかどうかのちょうど中間にいるぐらい。

それでも、一回目のテストで全教科赤点に近い点数をたたき出した諒真に比べれば全然ましな方だろう。


そう判断して、しつこく頼んできた諒真のお願いを悠希は渋々了承した。


諒真と別れて教室に入ったタイミングで携帯からメッセージを知らせる音が鳴った。

海皇高校は生徒の自主性を重んじているだけあって、校則の自由度も高い。

携帯の持ち込みが認められているのも、この高校の特徴だろう。

因みに、ゲームの持ち込みも特段禁止されておらず、昼休みなどの休憩時間にゲームをプレイしている者もちらほらだが、見かける。


携帯に送られてきたメッセージを見ると先程、別れた諒真からだった。

「日曜日に悠希の家、10時集合」と書かれている。

それに了解したとメッセージを送り返したところで、汐音が悠希の家に同居していることを思い出した。


やはり別の場所にしてもらおうかと考えたが、汐音に少しの間、外に出ていてもらえばいいかと悠希は考え直した。

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