第19話
授業が終わって、図書館に行こうと少し足早に校門の方に向かっていると、校門の横に汐音が立っているのが見えた。
誰かを待っているらしく、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
一瞬、目が合った気がしたが、悠希は視線を逸らして、汐音の横を通り過ぎようとしたところで、汐音から「矢城君」と呼び止められた。
振り向いて「何だ?」と汐音に要件を聞く。
学校で汐音に話しかけられるのは珍しい。
と言うか、初めてじゃないか?
軽く記憶をたどってみるが汐音と校内で会話した記憶は全然、出てこなかった。
「今日、図書館に行くでしょう」
「そうだが」
「家の鍵をできれば、預けてほしいのだけど」
そういえば昨日、鍵がなくて汐音を家の外で待たしてしまったな。
季節が夏に近づいているとはいえ、家の外で待たせるわけにもいかないか。
家の鍵を取り出して、汐音に渡すと、意外そうな表情を浮かべられた。
「どうした?」
「いえ、こんなに簡単に鍵を他人に渡していいのかしらと思っただけ」
「別に柏木は何もしないだろう」
特に疑う様子もなく言った言葉に汐音がくすぐったそうに顔を少しほころばせた。
汐音の態度の意味が分からず、首を傾げるが、悠希は気にしないことにした。
鍵を遠慮がちに差し出された汐音の手に乗せて、図書館に向かおうと家に向かうのと真逆の方向に一歩踏み出して、思い出したように一言付け加えた。
「柏木の料理楽しみにしてる」
一瞬、呆けたような表情を汐音が見せたが、すぐに淡い笑顔を浮かべて、「分かったわ」と気のいい返事が返ってきた。
図書館で本を読み、その後、数冊本を借りた悠希は家の方に向かってゆっくり歩いていた。
今日の汐音のご飯は何だろう。
悠希の頭の中に浮かぶのはそんな考えで、珍しくワクワクしているのが自分でも分かった。
汐音が家で一緒に暮らすようになるまでは基本的にレトルトの料理かカップ麺の二択だった。
たまにスーパーの総菜を買うくらい。
別にレトルトの料理でも不味くはなかったし、特に不満はなかった。
それでも、汐音の料理を食べるようになってから少しだけ、レトルト料理には満足できないようになっている気がする。
きっと汐音の料理から優しい味がするからなんだろう。
健康に気遣っているようなそんな味。
数回、食べただけなのに悠希を楽しみにさせるくらいには汐音は料理の腕がたつ。
汐音の料理をまずいと言う人間なんかいないだろうと思えるくらいには。
もし、そんなことを言うやつがいたら、ぶっとばすと少し過激なことを考えるくらいには悠希は汐音の料理の虜になっていた。
家に帰る前に少しスーパーで何か買っていこうと考えて、悠希は近所のスーパーに立ち寄った。
先日、汐音と二人で買い物に来た場所だ。
もちろん、今日は総菜が目当てではない。
お菓子とコーヒーの補充をするための軽い買い物だ。
店内には夕食を何にしようかと考えた人々がいっぱいいた。
仕事終わりのスーツに身を包んだサラリーマン、小さい子供の手を引く母親。
部活終わりの高校生。
この時間帯はやはり人が多い。
ひとまず、お菓子コーナーに足を運ぶと、見知った人物が遠目に目に飛び込んできた。
汐音がいた。
レジの会計を終えて袋に買った商品を詰めているのか、長椅子の置かれたスペースに汐音が立っている。
荷物を詰めているのかと思ったが、汐音の視線は少し上に張ってある張り紙を向いているように見えた。
また、スーパーの安売りのチラシでも見ているのかと思ったが、そうな感じでもない。
遠目でよくわからなかったが、悠希には汐音の表情が何かを羨望するような眩しいものを見るようなそんな表情に見えた。
悠希が買いたいものをかごに入れて戻る頃には汐音の姿はもうなくなっていた。
既に家の方に帰ったのだろう。
会計を終えた悠希が購入したお菓子やらを鞄にいれようと購入した商品を詰めるために設けられたスペースに向かうと、偶然、そこは先程まで汐音がいた場所だった。
汐音が先程まで見ていたものが気になって正面に張ってある張り紙に目を向けると、そこには色々な種類のケーキの写真が載ったチラシがあった。
近所にある、ケーキ屋さんだろうか。
知らない名前の店だったが、このスーパーにわざわざチラシを張っているということはきっと近くにあるんだろう。
そう考えて、ぼーっとチラシを見ているとチラシの見出しがふと気になった。
チラシの上部にでかでかとBirthday Cakeと金の文字で書かれている。
もしかして柏木はこれを見ていたのだろうか。
きっとそうだろう。
そんな確信が悠希にはあった。
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