第13話「『はじめまして。』の季節(その3)」


 突然の再会。突然の邂逅。

 海東蓮汰郎は震えていた。そして戸惑っていた。

「……大丈夫? 泣いてるように見えるけど」

「えっ」

 鴇上叉奈に指摘されてから気が付いた。

 泣いていた。気が付かないうちに頬を涙が伝っていた。

「ご、ごめんなさい……! 男がそう簡単に泣いちゃうなんて恥ずかしい事ッ……えっと、これは」

「動かないで」

 慌てて片手で涙を拭おうとすると、鴇上叉奈は距離を詰めてくる。


 頬にそっと、ハンカチが当てられる。

 拭っている。叉奈は自身のハンカチで蓮汰郎の涙を拭っていた。

「……おかしなことじゃないよ。悲しい事があって、辛いと思った時は誰でも泣く。優しいのは悪い事じゃないよ、海東君」

「え、えっと……!」

 泣いたっていい。それだけじゃなく、褒めの言葉まで。

 蓮汰郎の頬が紅潮する。あまりに優しい言葉、そして綺麗すぎる可憐なその顔が近くに。あまりに突然の事が起きすぎて整理が追い付かないでいた。

「でも確かに。男がすぐ泣くのは情けなく感じるけれど」

「ぐあわああっ!?」

 直後、吐血してしまいそうな厳しい指摘。

『致命傷だな』

「だ、大丈夫。慣れてるから……」

 蓮汰郎の中にいるアポロは『ご愁傷様』と手を添える。情けない姿を女子の前で晒しただけでなく、当然の指摘すら貰う。蓮汰郎の心はズタボロだ。

「あ、ありがとうございます」

 蓮汰郎は心を強くもって立ち上がる。頬を拭ってくれた叉奈にお礼を言う。


「あっ、あとそれと! 昨日は凄かったですッ!」

 直後、蓮汰郎の瞳が星空のようにキラキラ輝き始める。

 新しいゲームを買ってもらった子供のように無邪気で愛らしい瞳だ。

「昨日の鴇上さん綺麗で強くて……とってもカッコよかったですッ!!」

 ここは廊下。周りには他の生徒もいるし、そう大声で叫べば注目も集める。しかし蓮汰郎は無邪気にはしゃぎながら続ける。両手もブンブン振り回して。

「黒い炎とか、影を操る力とか……ダークヒーローみたいなカッコよさで本当シビれましたッ! プラウダーの時の姿もクールビューティーで大人っぽいというか、対面にいて思わず見惚れてしまって……とにかくとてもカッコよかったんですッ!」

 カッコいいという言葉を何回使ったのか。語彙力のボキャブラリーの低さが伺える高評価の嵐を彼は人目気にせず熱唱し続ける。

 絶賛、賞賛、褒め言葉が続く。これはお世辞でも何でもない。

 心の底から感じた、鴇上叉奈への賛辞であった。


「……あ、ありがとう」

 叉奈はリアクションこそ薄かった。だが誤魔化せなどしない。

「ちょっと、嬉しいかも」

 いつもと変わらず大人っぽい落ち着いた表情。

 だがその一方。人差し指で髪を絡め、頬も薄くだが紅潮。落ち着きもなく体を小刻みに揺らしている。

 上機嫌。凄く上機嫌だ。 綺麗なうえにカッコいいとまっすぐすぎる褒め言葉。最初こそお世辞ではないかと思っていたが……この少年の、必死に何かを伝えようとしている姿を見てお世辞なんかではないと実感できる。

「蓮汰郎君もカッコ良かったよ? 正統派のヒーローみたいで」

「いやっ、僕はその、まだまだというか……負けちゃったし」

 彼もまたカッコ良いと言われて上機嫌になっていたが……同時に昨日の敗北を悔しそうに語っている。

「昨日の戦い。プラウダーってこんなに強いんだって知る機会にもなったし、力の使い方のペースとか、奥の手をギリギリまで隠し通す用心深さとか、いろいろ勉強になりました」

 蓮汰郎は自身の力不足を反省していた。昨日の敗北は相当悔しかったようで引きずっているのかもしれない。

「またいつかリベンジさせてくださいっ! 負けっぱなしというのも悔しいので! あっ、鴇上さんが良ければ、ですけどっ……!」

 だが昨日の敗北の反省はものの数秒で終えたかのように再びキラキラとした表情へと戻る。多少、恥じらいを浮かべながら。


 思春期という気難しい時期に入った少年にしては何処か幼子のように無邪気な少年だ。同年代の鴇上叉奈をまるでヒーローとして見ているような。頼りになる先輩として慕っているような。

 媚びている様子もない。これから共に勉強し競い合う仲として同じラインに立とうともしている。ビックリするほど純粋な少年だ。


「……うん、いいよ。次も負けないけどね」

 叉奈は「かかってこいっ」と悪戯気味な笑みで返答した。

 同年代の仲間として、戦士として彼女は受け応えてくれたのだった。


「そういえば叉奈さん。さっき教室にいませんでしたけど、どうしてです?」

「教師に呼ばれていた。プラウダーは入学後に軽いテストと手続きを行うんだって。順番的に蓮汰郎君も近いかも」

 軽く雑談でもしながら帰ることにする。

 もうすぐ授業が始まる。教師は鬼軍曹と名高いジャネッツだ。遅刻なんてしたらどのような説教が待っているか。

「だから準備だけして、おい、て……」

「?」

 途端、叉奈は頭に手を添えて瞳を閉じる。立ち止まり俯き始めたのだ。


「鴇上さん? どうし『蓮汰郎、ちょっと出るぞ』

 割って入ってきたのはアポロだった。突然蓮汰郎の中から姿を現し、そのまま鳩のように床に飛び降りた。

「アポロ? どうして出てきて、」

「うん、分かった」

 アポロに質問をしようとした途端、次に口を開いたのは叉奈であった。

 誰かの質問に応えたような。その場で喋っているのは蓮汰郎しかいないはずなのに……まるで別の誰かと会話をしているような反応だった。


「アポロ君、だっけ?」

 童子にも近い見た目の王に叉奈は視線を向ける。

『馴れ馴れしいぞ女。アポロ様か太陽王と呼べ』

「アポロォおおーーッ!」

 そんな不躾な返事があるものか!

 蓮汰郎は我が子を叱る母親のように覇気迫る表情で怒鳴りつける。

「ふふっ。ごめんなさい太陽王。どうか無礼をお許しください」

 ところが叉奈は特に不機嫌になることもなく、むしろ申し訳なさそうに笑いながら彼の事を太陽王と呼んだ。

『ふっ、物分かりの良い女だ。気にいったぞ』

 アポロは太陽王と呼ばれ上機嫌。腕を組んで威張り散らしていた。

 なんだろうか。風景だけ見ていると“王と崇拝する民”というよりは“保育園の先生とあやされる保育園児”の方がしっくりくる絵面に見える。


「あのね。貴方に会いたい人がいるんだけど。いいかな?」

『あぁ、俺もその気配を感じて出てきてやった。それに今日の俺は機嫌がいい! いいぞ、を許可してやる』

「じゃあ、ちょっと待ってて……【ニュクス】、いいよ」

 叉奈はその場で力を抜いてリラックスを始めると、ほんの一瞬だけだが体が黒く発光した。魔法を使うわけではない。

 叉奈の中から現れた黒い光は瞬く間に人の形に形成されていく。次第、光の中からその姿を現す。


 漆黒のスーツ姿。

 目にも鮮やかな黒い長髪のポニーテール。瞳を覆い隠す大きなサングラス。

 蓮汰郎よりも身長が10cm近く大きい美女が突如具現化したのである。


「……久しぶりだな、ニュクス」

 スーツ姿の女性の登場に、アポロは愉快気に笑みを浮かべる。

「久方ぶりだな、アポロ王子」

 スーツ姿の女性もまた、アポロの顔を見るなり頬を緩めていた。

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