第12話「『はじめまして。』の季節(その2)」
何はともあれ朝のホームルーム終了。
これから三十分の休憩の後、最初の一時間目が始まるのだ。
戦闘訓練が主となる特殊な学園と言っても、受ける座学の授業は国語数学とごく一般的な義務教育も含まれている。空気自体はそこらの高校と全く変わらないと言っても良い。そんな学園だ。
「見てたぜー、昨日の練習試合。惜しかったよなぁ~」
「ホントホント! 俺なんかビックリこいて腰抜かしたよ! 生で初めて見たぜ、神人レベルと契約を交わした男のプラウダーなんてさ! しかも女子に後れを取らない強さと来た!」
登校初日! 気が付けば、蓮汰郎の席の周りには同じクラスの男性陣が集合。
今朝の一件がありつつも、やはり特別な彼には興味の一つでも湧いたのか。
「え、えーと。いやそのっ、僕なんかまだまだで。昨日も結局負けちゃったし、惜しいかどうかも分からなかったし……えへへ」
蓮汰郎、安堵。そして同時に人差し指同士で突きながら照れ笑い。
男たるもの『強い』と言われることは人によっては誉れとなる。蓮汰郎は謙遜こそしているがその表情からはうっすらと喜びが零れていた。
「これからも仲良くやろうぜッ!」
男性陣達からの熱い友情の約束。
(や、やった……僕にも友達が出来るんだ……!)
蓮汰郎は安堵の果てに涙を流していた。
初めてやってきた学校で独りぼっちにならないようにコミュニケーションのシミュレーションをしてきたが……どうやら、ぼっち生活にならずに済みそうだ。
(いいな! ここにいる民共が俺の威光を崇拝している! もっと崇めろ、もっと讃えろ! 今日の俺は実に機嫌がいい! ハーハッハッ!)
照れ笑いをしている蓮汰郎の体の中。身を潜めているアポロの上機嫌な笑い声が聞こえてくる。
昨日の戦いですっかり虜になってしまった男子生徒達の態度を前に、王らしく振舞っているつもりのようだ。
(アポロ、君はまた……)
(蓮汰郎も胸を張れ~。王として当然の振る舞いをしておくんだぜ)
その見た目、その幼稚な笑い。それだけ見ると王とは程遠い。アポロの態度には頭を悩ませる。
「しっかし安心したぜ。これで……」
新しい学園生活が始まる。蓮汰郎は安堵で胸を撫でおろす。
そんな中……男子生徒の一人が言葉を漏らす。
「女に舐められなくて済む」
「……っ!」
歪む。教室の空気が一瞬にして凍り付く。
「格差社会の波とやらはココにまで来てるって言うけど本当だな……男を役立たずの駒だとか産業廃棄物だとか言いやがってよぉ。貴族にでもなったつもりかよ。俺達と変わらない実力の奴もいる癖にさ」
「まぁ昨日の一件もあるし早々デカい顔は出来ないだろ。コイツの実力は相当なものだぜ! コイツを鍛えさえすれば、あっという間に女共をギャフンと言わせる瞬間は来るかもなッ!」
「脱負け組、脱落ちこぼれ! ワッショイワッショイ!」
大盛り上がりの男性陣の言葉の中、耳を澄ませると微かに聞こえてくる。
“あれが噂の……厄介ね”
“なんか勝手に盛り上がっちゃって。おめでたい奴ら”
“どうであれ負け犬であることに変わりはないわ。今のうちに希望を持たせておきましょ”
“私達なんかと比べれば、何も出来ない役立たずの癖に”
罵倒。罵倒、罵倒。
じっくり空気を吸ってみる。じっくり教室を観察すると分かる……まるで国境線でも敷かれたようなこの亀裂。
真っ二つだ。男性陣と女性陣見事に距離を取って割れている。
仲良くする気なんて更々ない。あまりに冷たい空気がこの教室を支配していた。
「海東って言ったっけ? 俺達の意地を見せてやろうぜ。不愉快極まりない女共に俺達のすげーところを見せつけてやるんだ」
男子生徒の一人が大笑いしながら蓮汰郎の背後に回り、肩に手を近づける。
「今から時代が変わ、」
「ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」
突然の起立。避けるように立ち上がるが肩と手は激突する。
男子生徒の口から『痛ぇえ!』と耳も割れるような叫びが聞こえてきた。突き指だ。男子生徒は人差し指と中指を抑えながら嗚咽を漏らしている。
……しかし、蓮汰郎は謝らなかった。
物大人しそうで礼儀正しい優しい男の子という印象が強い蓮汰郎らしくない行為。何の詫びの言葉もなく蓮汰郎は足取り早く教室を飛び出したのである。
(友達、欲しいんじゃなかったのか?)
蓮汰郎の脳裏にアポロの問いがやってくる。
「この力は、意味のない戦いの為に使うものじゃないから……ッ!」
不機嫌だった。
蓮汰郎の表情はあまりに酷く歪んでいた。怒りという最悪の感情によって----
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
勿論、トイレというのは嘘である。
あの男子生徒達の顔を見たくなかった。あの教室の空気を吸いたくなかった。ただ時間潰しの為に廊下を散歩したかっただけの事。
「……本当に学校が。街そのものが空を飛んでるんだ」
窓から外を見ると、改めて凄い景色だと感想を漏らす。
このオデュセウス号には学園施設以外にもショッピングモールやスポーツジムにエリア、レジャー施設やらレストランもあったりと……まさしく街そのものが空を飛んでいる。
「……ここも。下の世界と変わらないんだ」
地上から隔離された天空の街。選ばれた人間という不思議な気分が味わえるこの空間。蓮汰郎は彼方まで続く青空を飛行するオデュセウス号の景色を楽しんでいた。
「嫌なんだ。僕は壊すために強くなりたいんじゃない」
拳を強く握り、歯をかみしめ蓮汰郎は呟いた。
「大切なものを守る力が欲しい。そのために、僕はココへ……ッ!」
(矛盾だな、蓮汰郎)
呟く蓮汰郎に対し、アポロは口でこそ発さずに心内で返答していた。
(俺は別にいいんだがな。そういう気持ちの問題については)
相棒である彼の言葉を戯言と哀れんでいるかのように。
口に出してしまえばどのように面倒な事となるか。そう感じたアポロはやれやれと首を横に振り、アクビをした。
「そろそろ、戻ろうかな----」
気分転換は出来た。蓮汰郎はそっと振り返る。
「海東、蓮汰郎君?」
一人、空を睨みつけていた蓮汰郎へとかかる声。
「えっ……」
とても透明で、何処か儚くて。
風鈴のように涼し気で、心を落ち着かせる声に、蓮汰郎が反応する。
「昨日ぶり、だね?」
いつの日か出会ったプラウダーの少女。
「……鴇上叉奈さん?」
あの日の心優しい少女が、曇った蓮汰郎の表情を覗き込んでいた。
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