=02章= 神帝學園戰線 邂逅編「Part,1 太陽と夜闇」

第10話「地球滅亡のカウントダウン」


 ---エルザード・ランド 王城 玉座の間。


「来たか」

 玉座に腰掛ける一人の女王が口を開く。

「神官プライヤ。報告に参った」

「神官エティスロン。ただいま」

「神官ファーヴーン。時刻通り」

 女王の前に現れたのは三人の神官だった。三人は膝を地につけ頭を下げる。

 時刻は朝刻の十時を迎えた直後の事だった。

「……サーリィはどうした?」

 本来ならば、ここにもう一人客人がいるはずだった。

「いつも通りです。そのまま予言の間で眠っています」

「予言は?」

「……そちらも、相も変わらず、です」

 老婆の神官、エティスロンは悲し気にそう呟いた。

 本来ならば一緒に来るはずだった客人の一人はワケあって来れないとの事。一つ女王に伝言を残して眠りについているようだ。

 本来ならば休眠なんかでブッキングなど許されるはずもないのだが。

「変わらぬまま、か……」

 致し方ない。しょうがないとの一言のみ呟き、責めはしない。

 ただ口惜しそうだった。頭を抱える女王の苦しそうな表情は。

「これでもう何度目になる?」

「回数などもう……二年前から、ずっとですから」

「もう、二年になるのか」

 肥満の老人。神官ファーヴーンもまた悲し気に呟いた。

「サーリィ殿の精神力の高さには頭が下がる。かれこれ同じ光景を、そう何度も見たくはない風景を十百ならず幾度も……彼女はまだ幼い。本当ならばあのような薄暗い部屋の中で隠居をするような歳ではないというのに」

「変われるものならば、変わってやりたいものだ……しかし、もうこの体では」

 エティスロンとファーヴーンの年齢は既に六十を超えている。

 この年齢は……魔法使いとして体が機能するにはもう衰弱しきっている。廃れ萎れ切ってしまっているのだ。

「滅びの未来はいまだ変わらず、か」

 滅びの予言。先に待つ滅びの未来。女王と神官の口から出てくる物騒なワード。

 嘆かわしい。そう言いたげな表情で一同は頭を悩ませるばかりだった。


「ファーヴーン。そちらはどうなっている」

「調査の者が帰って参りましたので、その報告を」

 エティスロンの報告は終わった。次は神官ファーヴーンの報告だ。

「……今も尚、一部では生贄の儀は行われているようです。選定なる儀式を行う場所も少なくはない……都では、より迫害と差別を推進するような法が次々と立案され、可決されるとのことで」

 ファーヴーンが口にするのは、世界各地で今起きている事。

 政治・国の状況・繰り返されるテロと処刑の数々。口が続けば続くほど、耳も痛くなる報告ばかりがファーヴーンの口から飛び出してくる。


「同じ人間。同胞を供物か家畜とみなす傾向が続く……」

 女王はやはり頭を抱えていた。もしかしなくても、ファーヴーンの報告は聞くに堪えないものだった。

「同じ人だというのに。何故ここまで残酷になれるのでしょうか……ごほっごほっ!」

 神官エティスロンは悲しみのあまり涙を流していた。感情が体を揺さぶるのか、老体に響き咳き込み始める。


「そんな馬鹿ばかりが生まれて。世界が滅ぶのも道理な気がしてならないナ」

 ただ一人、悲しみに明け暮れることはなく、むしろ呆れのあまり乾いた笑いがこみ上げた神官が一人。仮面の神官プライヤだ。

 これも若く、肌にも皺はない。面々の中でも一番の若年者であろう。

「プライヤ殿! 女王の前でそんな!」

「事実だロ」

 何処か濁った語尾。喋り方、抑揚に歪みがある。

 ファーヴーンの叱責に対し、プライヤは言い返す。自分は何も間違ったことは言っていないと。

「世界が変わるには、この世界全ての人間が考えを改める必要がある。そんな方法あるにはあるが……よくない方の選択をする奴があまりにも多すぎる。結果として反発を生み、より世界は引き返しようのない方向へと進み続ける」

 プライヤは神官が幾ら止めようが口を止めはしない。

 感情の赴くまま、思ったことを何度も呟き続ける。思いの丈を幾度も。

「『魔法は希望を生むモノじゃない。生命殺しの兵器だ』……このセリフを何度聞いて、何度呆れ悲しんだことカ」

「我々では力不足であることは間違いない。だが、私達は諦めはしな、」

「俺だって諦めてない」

 女王の許しもなく。立ち上がり玉座の間を去っていくプライヤ。

「諦めているならば、ここで長く勤めてなんていないサ」

 ただ一礼。女王に一礼。同胞の神官達に一礼。

 言葉上の態度はともかく、装いだけは取り繕っていた。


「……お前達はよくやっている。力不足などと思ったことはない」

「「勿体なきお言葉……!!」」

 女王からの慰めの賛辞に二人の神官は涙を流す。

 それは嬉事あってのことだったのか。それとも、自身への不甲斐なさの呪いだったのか。その言葉が二人にとって心のよりどころになったのかは、神のみぞ知る、だ。

「滅びの未来。それがいつなのかは」

「それもまだ分からぬまま。もしかしたら遠い先の話なのかもしれませんし、」

 神官エティスロンから真実は告げられる。

「明日。もしくは今日の話なのかもしれません……」

 滅びの未来はいつ訪れるのかは分からない。

 時間は残されているかどうかも分からない。

 ただ、人類はこのいつ来るかも分からない滅びの未来に怯えるしかないのだと。



「……今日は学園艇オデュセウスの入学式、でしたね。王候補の報告があったが」

「今、確認出来る限りでは、●●●、●●●……」

 神官ファーヴーンの口から、名が語られる。

 一人、また一人、そして、最後の一人。


「そして、太陽王を名乗る者」

「アポロ、だと?」

 女王の目の色が変わる。

「それは確か、なのか?」

「ええ。学園艇側からの話では」

「……確か予言に出ていた名前でしたね。神々の王・ゼウスの子。そして、」

 彼等の言う滅びの未来。その光景に現れた名であることを一同は思い出す。


「滅びに関わる要素となるかもしれない、と」

「……まだ決断をするには早い。今は見極める時が必要だ」

 その名は希望となるか、絶望となるか。


「これ以上間違った道を歩むわけには行かない。必ずや守ってみせる」

 今はまだ、見定める時。


「偉大なる神々が残したこの星を。絶対に----」

 

 この地球が滅ぶか否か。

 その全てを委ねるための……究極の選択となるのだから----





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ---それは、ある日の事。


「フザけるなっ、フザけるナッ……ふざけるナァアアッ……ッ!!」

 真冬の夜だった。しかし凍てついた空気は一切感じず、空も燃え盛る炎で真紅に染まる。星の一つ一つもルビーのような輝きを放っていた。

「どうしてヒドいことをしたんだッ……どうして! どうしてッ! どうしてッッ!!!」

 海東蓮汰郎は発狂した。

 その叫びは狼の咆哮のように余韻が長く。燃え盛る街の中で一人、憎しみの炎に包まれた彼は一歩ずつ地獄を彷徨う。

「どうしてそんなに悪い事が出来るんだッ……!」

 海東蓮汰郎は泣いていた。

 だが涙は頬を伝う事もない。瞳から溢れ出した瞬間に紅蓮の熱に耐えきれず蒸発する。ただただ歪んだ唇と震える拳が彼の悲哀を漂わせる。

 彼が泣くと炎が生まれる。彼が叫ぶと炎が滾る。彼が悲しみを訴えると炎もそれに応えて彼に集っていく。やがて炎は巨大な火柱となり街を包み込んでいく。

「許せないッ、許せないッ……ユルセナイッ……!!」

 むき出しの歯。吐き出される白い息。最早その姿は理性を失った獣そのもの。怒りで脳が焼き切れた少年にはもう“慈悲”などない。


「お前達のような奴ヲッ、全員殺してヤルッ……ッ!!」

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