川谷パルテノン

旅が始まる

 彼は大空を駆ける一羽の鷹であった。広げた翼はどこまでも青く雄大な空において確かな存在感を示し、まさしく空の王と呼ぶにふさわしい、そんな鷹だった。

 鷹はそう思われていることが本当は辛かった。まだ幼鳥の頃の彼の興味は空になく、また今日においても空になかったのである。しかしながら彼は鷹として生まれた鷹ゆえの鷹たる鷹像を見せねばならなかった。なぜなら鷹だから。日中の空、出来るだけ目立つように大きく羽をひろげ、ゆっくりと滑空した。今日も私は鷹でしたと言わんばかりのアピールをひとしきり終える頃には日も暮れかけるのであったが、そうなってくると彼はその日一番のスピードでとある場所へと向かうのである。我が家であった。なんとこの鷹、家を持っていた。巣などという代物ではない。両親より受け継いだ古風ながら立派な一軒家である。彼は今そこに一人で暮らしていた。親に先立たれ一羽鷹を背負う鷹である。そのプレッシャーはひとしおでそんな彼の苦労を他者は知らない。鷹は部屋に戻ると一番にPCの電源を入れる。とほぼ同時にコンビニで買ってきた弁当、これはたまに麺類だけの日もあるが、それを電子レンジで温め始めるのだった。その頃にはPCも起動されており、先ずは自身が配信している動画の再生数をチェックする。主にゲーム実況である。彼が幼鳥の頃、他の鷹には内緒だぞと父から買ってもらったプレイステーション。はじめてやったゲームのタイトルは『ミスタードリラー』これがすべての始まりだった。空の王と名を馳せる鷹が真に目指したのははるか奥の地中であったのだ。

 鷹の配信スタイルとして最新作には手を出さない。これはレトロゲー主義というわけではなく単に好みを追った結果だったがそこにフォロワーの期待が乗ったというわけである。現状一万人を超える登録者数を持つ大型配信者となった彼は空など飛んでいる場合ではなかった筈だがどこかで兼業家としてのプライドもないと言えば嘘になる。先日『ザ・キングオブファイターズ'96』の配信最終回を迎えた彼は初回時より遥かに上手くなったクラークの操作を多少なりと惜しんではいたものの、あくまで執着しすぎないという信条のもとに新たなタイトルに手をつけた。その初回となる今日。既に待機する多くの視聴者たちによるまだかまだかのコメント祭り。父との約束を守るべく鷹であることを隠したハンドルネーム、高須の名前が飛び交っていた。「高須の新作何?」「高須さんこんばんは!」「こんたかす〜」「他カスはょ」

 鷹もとい高須は父からもらったプレイステーションを起動する。配信が始まる。弁当はレンジに置き去りであったがこの初回配信はそれだけいつだって彼をワクワクさせたのだ。


「はいどもこんばんです。えー、高須のゲーム。今日からまた新作やってきますけどねえ。なんだと思いますかねー。Twitterで予想してるのとか見かけたんですけどありがたい話と言いますか……じゃあね、早速ですけど発表します。今回からやってくのはこちら」


 オープニングタイトルが表示される。ポポロクロイス物語。高須の旅がまた始まる。

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川谷パルテノン @pefnk

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