最終章 決戦の文化祭

頭に映し出されるのは、家のテレビで映し出された白骨遺体のニュース。

愛花が過去にもどるタイムリープに巻き込まれてから約5ヶ月がたった。

そして、今日から始まる二日間に愛花が解決しようとしていた問題のほぼ全てが詰まっている。

今まで何度過去に戻っても、変えられなかった未来。

一度は揺らぐこともあったがもう迷わない。

このままだと松風は二日目が終わったその夜に姿を消す。

過去を変えて、より良い未来へ。

これが最後のチャンス。


愛花はいつもより少し早く登校した。しかしそれでも校内にはたくさんの生徒がいて、これから始まる祭りに向けて最終調整をしている。

演劇の直前リハーサルがあるから早めの登校ということもあるのだが、緊張して早く起きてしまったことの方が理由としては大きい。

教室に入るとそこには誰もいない。周りのクラスは既にかなり賑わっているのにこのクラスだけやけに物静かだ。

それは愛花のクラスが教室の出し物や屋台ではなく体育館の演劇だからである。

愛花はスクールバッグを机に置いて更衣室でTシャツに着替えると、足早に体育館へと向かった。

体育館には橋村や、舟木、陸治を含めた10人ほどの面々が集まっていた。

広い空間を持て余すように隅っこで何やら話し合いをしている。

「お、桃川きたか。」

「きたかじゃねーよ、陸治。お前のせいで昨日愛花大変な目にあったんだぞ。」

「ごめんって伸吾。何で本人より、伸吾が怒ってんだよ。」

ついて早々陸治が愛花に近寄ってきた。

「いやーすまん!この通り!許してください。」

「いや、うん。大丈夫だよ陸治くん。」

勢いよく土下座をしてくる陸治を愛花は若干引きながら許す。

「大丈夫か?」

「うん。」

舟木は安心した笑顔で愛花の頭を撫でた。

「でもよ、何であんなところに閉じ込められたんだ?」

土下座の体制は崩さずに陸治が言った。

「あーそれ私も気になってた!」

真剣な顔で台本を読みこんでいた橋村も会話に参戦してくる。

3人に顔を見つめられ愛花は言った。

「あの時、外に誰かいた。」

「「怖!」」

陸治の軽い声と橋村の高い声が重なる。

「お前また誰かに恨まれてんの?」

舟木が呆れたようにいう。

「わかんないけど、もういいよ。今は演劇の成功に集中しよう!ほら、陸治くんも立って!」

一瞬沈んだ空気を愛花は軽妙に切り替える。

それから愛花たちは時間が許すぎりぎりまで段取りの打ち合わせとリハーサルを行った。時間に追われながらも、有意義な時間を過ごしていると全員が感じていたことは確かだ。

まだ予鈴前だというのにクラスの人間は一人を除いて全員が集まっていた。

その一人というのは茅野だ。

「おーいもう時間だぞ。一旦教室戻れー。朝礼するぞ。」

張間のあまり通らない声は数人にしか届かなかったが、その数人から波及して皆は教室へと戻っていく。愛花も戻ろうとしたとき、Tシャツの袖を誰かに掴まれた。愛花は動きを止め後ろを振り返る。

舟木が真剣な顔でこちらを見ていた。

「ん?伸吾?」

「二日目の夜。俺に時間をください。」

愛花は頬を赤らめた舟木を瞳に宿したまま固まった。

「伝えたいことがあります。」

「え?」

「・・・」

舟木は真剣な眼差しで目を逸らさない。

体育館に残ったのは二人だけだ。

「いや、でもごめん。明日は予定が詰まってて。」

明日の夜は松風の失踪を何とかして阻止しなければならない任務があるのだ。

「5分でいい。」

袖を強く握る舟木に押され、愛花は首を縦に振った。


「はい、じゃあごーれい。」

張間がそう言い終わるタイングに教室の後ろの扉が開く。

乾いた音がみんなの耳に届き一斉に振り返った。

「茅野、遅刻だぞ。」

茅野は何だかしょんぼりした顔で教室に入ってくる。

愛花は茅野が気合が入っているクラスの空気から一人浮いているように感じた。

「すみません。」

トボトボと歩きながら茅野は自分の席へ着いた。

視線が徐々に張間へと戻る。

「はい、じゃあ今日は文化祭です。くれぐれもハメを外さないように。ごーれい。」

秒数にして10秒にも満たない挨拶を張間は済ませ、日直にその後を一任する。

こんな時でも彼は平常運転だ。


文化祭1日目。

「一回目の講演、成功させるぞ!」

体育館の舞台裏で、愛花のクラスは円陣を組んでいた。

男女問わず、がっしりと肩を組み文字通り結束力を高めていく。

張り上げられた舟木の男らしい声と共に一同は、右足を「おー!」という掛け声ととに前へ踏み込む。

約30人の気合がいつもとは装いが違う体育館を揺らした。

愛花のクラスの劇は、午前中に1公演、午後に2公演の合計3公演だ。それを二日間続けるので全てで6公演。愛花はちょっとした照明係なのであまり負担はないが、主要キャストの方々はなかなか体力がいるだろう。

舞台用に彩られた体育館の内装は皆の緊張感をグッと引き締める。

公演15分前。チラホラと人が中に集まり始め、みんなはそわそわし始める。

舞台袖から頭をチラリと出し、橋村は愛花に聞こえるほどおおきな深呼吸をした。

「緊張してる?橋村さん。」

この場にいる誰よりも緊張しているのは愛花だろう。その事実を誤魔化すために橋村へ問いかける。

「そりゃするよ!」

若干震えた声で橋村は愛花の肩をもんだ。こちらも自分の緊張をほぐすためだろう。

愛花が緊張している理由は劇ではない。明日のことを考えて今から緊張しているのだ。明日のお昼、橋村は大火傷を負う。明日の夜、松風は自分の前に最後の姿を表す。そして突然やってきたイベント、舟木からのお話もある。

今までの過去なら今日1日は何も起こらないはずなのだが、念には念をだ。橋村と松風のことは気をつけておく。

体育館の人口密度は上がっていき、所々で聞こえる話し声が集まって大きなざわめきを産んでいた。

「そろそろみんな定位置についてー。」

座長である橋村は頬をパンと叩いて、皆に声をかけた。一人一人が慌ただしく自分の位置へついていく。

愛花も舞台裏の二階に上がろうとすると、「愛花!」と橋村に呼び止められた。

「頑張ろうね!」

橋村がグーの形にした両手を胸前へ掲げる。

学生時代の親友、橋村かなえ。原因不明の大火傷ののち、学業復帰できずにそれっきり。

五ヶ月も定期的にこちらの世界に来ているから愛花は忘れていた。

当たり前じゃない。今、橋村と会話していることは。今、一緒に笑い合い、一緒に青春を過ごしていることは。

愛花は無意識に橋村の方へ向かっていた。そして、涙をこらえ思いっきり橋村を抱きしめた。愛おしすぎる事実を愛花は噛み締めた。

橋村の体温を感じる。橋村のこわばったからだも、不思議とほぐれたように愛花は感じた。


公演開始のブザーが鳴り、幕は上がる。

「物語は、とある一家の庭から始まります。」

体育祭で愛花にアンカーを押し付けた立花のナレーションとともに、主演の橋村が舞台袖から姿を表す。

「なんで私が草むしりをしなくちゃいけないのよー。」

渾身の演技をかます橋村に愛花は照明をじっくりと合わせる。照らされた一点に観客の視線は自然と運ばれた。

物語は動き出し、その世界観に全員が飲み込まれていく。

「な、何だこれ!?人の骨?」

愛花とは別の照明担当が白骨遺体にスポットを合わせる。

新聞紙と発泡スチロールで作られたガイコツは近くで見るとお粗末だが、遠目から見る分にはなかなか完成度が高い。

タイムカプセルを開くと舞台袖からスモークがたかれる。舞台上がみるみる白くなっていき、劇は過去パートへと突入した。

「ふう。」と愛花は額に滲んだ汗を拭い安堵の表情を浮かべた。大きな照明に至近距離でいると流石に暑い。過去パートはまた別の種類のライトを使うので次の照明係にバトンタッチだ。

一旦休憩の照明から手を離し、愛花は劇を俯瞰して見れるところへ移動した。

ふと、体育館の二階、舞台裏の階段から上がらなければいけない場所からの視線を感じる。愛花がそちらを見ると、舟木が一番の特等席から手を振ってきた。

薄暗い空間でもその無駄にうるさい動きで舟木だとすぐにわかる。

制作総指揮の舟木は何も障害物のない見やすい席でやすやすとこの劇を拝見足ているのだ。でも、その隣には張間を含めたたくさんの教師陣。

あの中に一人いることを考えると愛花はゾッとしてしまう。

面倒臭い教師たちの対応を一身に舟木が背負っているのでそういう意味でも彼はなかなか功労者だ。

じっくりと愛花が集中して劇を見ていると、すぐに自分の番が舞い戻ってきた。

回想から帰ってきて過去と現在がつながり始める一番の盛り上がりシーンだ。

現在に戻るときにもスモークがたかれる。愛花はチラッとそちらをみると、スモークをたいているのが茅野であることに気づいた。

主役のオーディションに落選したのち、彼女はスモーク班に配属されたのだ。愛花はぼんやりと現代の茅野の様子を思い浮かべる。

茅野も苦しんでいた。愛花に助けを求めた。そもそも愛花は自分が今回過去に戻ってきた経緯をぼんやりとしか覚えていなかった。

茅野の家で茅野から助けを求めれたのが最後の記憶だ。

まあいい。今は他に集中すべきことがある。茅野は現代に帰ってきてからでいい。

そして愛花はしっかりと自分の仕事をする。

みんなで一つのものを作っているんだ。愛花の惰性で足を引っ張るわけにはいかない。それに、愛花は心の奥底でまた学生時代の文化祭を体験できていることに少し浮かれていた。

愛花の口の両端が少しずつ上がっていると、あっという間に劇はクライマックスへ向かっていった。

「アツシ・・・ありがとうな。」

老人に扮したクラスメイトの迫真の亡き演技が観客の感受性を刺激する。流石にプロが作る映画ほど感動することはできないが素人の劇にしてはかなりの完成度だ。

「どれだけ時を経ても、友情は、青春は、不滅なのです。」

立花の締めの言葉が終わると、幕が下がり始める。会場内から徐々に拍手が増えていき、それは大きな賞賛になった。

20秒ほど拍手は鳴り止まず、幕の裏でそれを噛み締めていた橋村は涙ぐんでいる。

愛花のクラスが作った劇は大成功と言えるものになった。

体育館が明るくなり、だんだんと観客がはけていく中で皆が入ったいをして喜んでいた。ひとまずやり遂げたその達成感は何者にも変え難い。

「うぉー!すげーよ!感動した!」

舟木が二階から降りてきてその波に入る。

その場にいる全員のアドレナリンは上昇していった。

「よし!まだまだこれから!みんな午後もがんばろー!おー!」

橋村に続いてたくさんの拳が掲げられる。

それから皆は次の公演までの時間を屋台やお化け屋敷で楽しみ、文化祭を謳歌していった。愛花は橋村と二人で校内を周り、時間を忘れるほど楽しんだ。こんなに幸せな思いをしていいのだろうか。

そして午後の2公演は評判もあってかさらに客足が増し、大満員での公演となった。その様子を見て、皆のやる気はさらにみなぎっていく。

結果的に1日目の劇は大成功となり、3公演が終わった途端クラス全員の疲労感はとんでもないものになっていた。でもそれがとても清々しく気持ちいい。

でも、愛花はまだ知らなかった。これから始まる大波乱の二日目のことを。


1日目の夜のこと。

愛花は誰もいない教室で、松風と二人きりになっていた。

「伸吾の話は聞いたよ。松風君が、私のことを好きじゃないのも。」



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