最終章 白骨遺体の正体
夜風ともに舟木は松風の前に姿を現した。
「ちょっと来て。話したい。」
「ん?」
愛花とキャンプファイヤーの周りで踊る約束をしていたので、松風は少し躊躇したが舟木の神妙な顔見るとついて行かざるを得なかった。
人が集っているグラウンドから少し離れた校舎の裏。舟木と松風は向き合っている。
「それで?」
松風が問いを投げかけると同時に舟木の姿は視界から下に消えていった。あまりに突然のできことに困惑し、ワンテンポ遅れて舌を向く松風。
舟木は土下座をしていた。
おでこを凹凸のある地面に擦り付け、両手を震わせながら。
「頼む・・・!愛花から、離れてくれ!」
心の底から振り絞ったような懇願は松風をさらに困惑させる。
「・・・え?ちょ、何?」
舟木は頭を上げない。それどころかどんどん地面にめり込んでいってるようにも見える。松風は手をあたふたさせてなんとか舟木の姿勢を崩そうとした。
こんなところを誰かに見られたら何か良からぬ勘違いをされるのではないかと松風は危惧する。
それでも舟木は微動だにせず、さらに頼みを続けた。
「愛花はお前と一緒にいると不幸になる・・・!お前のことが好きな女から危害を加えられる。お前の嘘一つで、これからも愛花は傷つくかもしれない。そんなの俺が耐えられない。」
「・・・。」
気迫があった声は段々と泣き声に変化していった。その姿を松風は驚いたように見つめる。そしてその内容にも。
「俺はさっき愛花に告白した。」
「え?」
松風の声がやっと出たのはこの時だった。脈絡のない告白に感情が追いついていない。
「振られたよ。振られるつもりで告った。俺はもう愛花の気持ちに踏ん切りをつけたつもりだ。」
舟木は自嘲まじりに笑う。でも舟木の中では一人の女子のことしか頭にないようだ。これまでも、これからも。
「これは愛花のことが好きな舟木伸吾からの願いじゃない。幼なじみとしてずっと見守ってきた舟木伸吾からの頼みだ。」
舟木は地面の砂利を掴むかのように手のひらを握った。甲からは青い血管が浮き出ている。
「桃川は俺と一緒にいると不幸になる・・・。」
松風はその意味を確かめるように復唱した。
一度歪んだ関係を修復することは不可能なのかもしれない。
愛花と松風はそもそものきっかけが悪すぎた。二人が愛し合うことで続くのは茨の道しかないのか。
「母親の件は本当に悪かった。俺にできることならなんでもする。」
松風の中で家族と恋人という天秤が大きく揺れ動く。
「桃川と離れるって、舟木君はどこまでのことを想定してるの?」
「今日、高校をやめてほしい。」
「・・・。」
「全てのバックアップは俺がする。ただ今日で愛花と会うのを最後にしてほしい。」
舟木は初めて顔を上げた。おでこには赤みがかった凸凹の跡。
「お願いします・・・。もう二度と愛花に近づ」
「何やってんの、伸吾。」
舟木と松風は同じ瞬間に同じ方向を見た。
そこに立っているのは絶望の顔をした愛花。
夜風は一層涼しくなる。
「愛花・・・。」
「松風君に、何をしようとしてたの?」
愛花の左頬がピクッと動いた。舟木は体勢を崩すことができない。
「・・・。」
「松風君。なんて言われたの?」
松風も何も話せない。
「松風君が学校を辞めたのは伸吾が頼んだから・・・?」
愛花は最悪の想定を口に出した。橋村の時は出せなかったことを。
「・・・なんで。」
悲しみを冷たさが包んだ声。舟木は目を逸らした。
「伸吾だったの?」
橋村の大火傷も。松風の失踪も。
「過去の事件は全部、伸吾・・・。」
改めて口に出して、愛花は初めてこれが現実なんだと自覚した。
浮かんでくる現代での伸吾の姿。橋村に火傷を負わせ、松風を失踪させた。
行なったことを隠し、今の今まで自分の隣にいた。
いつも向けてきた偽りの笑顔。
とうとう足が震え出し愛花はその場にへたり込んだ。
音を立てて倒れた愛花に舟木が駆け寄ろうとする。
「来ないで!」
舟木は固まって目から光を無くした。
そしてゆっくりと自分の服についた砂埃を払いその場を去った。
松風も自分の中にある天秤を考えるようにその場から消えようとする。
「・・・松風君。」
冷たい手が冷たい手を掴んだ。
「いなく・・・ならないで・・・。」
松風はその手を少し握りしめた後、その場から消える。
キャンプファイヤーは真っ赤に燃え盛っていた。
家に帰ってきた愛花は死んだかのようにベッドへ倒れ込む。
今日眠りについたら次は現代だ。
愛花の頭の中を回るのは松風と舟木の顔。
橋村の大火傷は止めた。茅野の未来も変わっていると願う。
でも、松風の失踪は。
なんだか今回のタイムリープは1ヶ月ぐらいに感じた。
気がつくと愛花はもう眠ってしまっていた。
空は快晴。そこに伸びていくような高層ビル。
汗ばんだ肌をハンカチで拭いながら、桃川由莉奈は突如かかってきた電話に出た。
「え?」
告げられた言葉の意味を理解した途端、体の温度は上がっていく。
「はい!ありがとうございます!」
その後の詳細を聞いたのち由莉奈は電話を切った
人目も気にせずに大きくガッツポーズをする。
長すぎる半年間の就活がとうとう終わった。内定の2文字を得るのにここまで時間がかかるとは。
込み上げてきた嬉しさをそのままに由莉奈はある人物の家に直行した。
電話をかけるよりも直接一番に伝えたいのだ。
マンションのインターホンを鳴らしてもその人は出なかった。
そりゃそうだ。普通の大人は大体この時間仕事をしている。うちの姉でもない限り。
でも姉も最近どこかに出かけることが多くなった。
何かやりたいことでも見つけたのだろうか。そうならいいな。
諦めようとしたその時。
「あ、ちょっと待って。」
その人の声がインターホンから聞こえてきた。しかしその後ろからガタンと大きな音がする。
「え?何?大丈夫?」
「大丈夫だから、ちょい待ち!」
しかし、由莉奈はいてもたってもいられなく地団駄を踏んだ。ちょうどいいタイミングで出てきた住民の隙を見て、ガラス張りのスライドドアを越え、マンションに入った。
一目散にその人の号室へ向かう。扉を叩くも返事はない。
「ねぇ!大丈夫?」
由莉奈はドアノブに手を掛けた。すると不用心にも鍵はかかっていない。
ゆっくりと扉を開けようとする。しかし扉を開いて5センチほどでその動きは止まった。ドアチェーンがかかっているのだ。
由莉奈はその5センチから見えた景色に目を見張った。先ほどまでは通っていた血が引いていく。
すると次の瞬間、部屋の中から黒い影が迫ってきた。それはみるみるこちらに近づいて来てとうとう自分の体に到達した。
下腹部から強烈な痛みが伝播してくる。声も出ず、血管は脈打ち、歯を食いしばることしかできない。
突如視界はぼやけ始めて、由莉奈は床に赤黒い血を流しながら倒れた。
「・・・ん。」
小さな唸り声を上げながら愛花は目を覚ました。目のピントは合わず、脳は痛い気がした。
枕元にあったスマートフォンで日付を確認する。
2022年 10月1日 am10時30分
愛花はスマートフォンを閉じ、ため息をついた。
ノロノロと立ち上がり、机の引き出しから日記帳を出す。
パラパラとめくり目当てのページに辿り着いた。
2012年 10月1日
今日は文化祭の片付けの日。
でも、私は途中で早退してしまった。
伸吾も来ないしいいや。
橋村さんが親の都合で転校したらしい。
・
・
・
松風君がいなくなった。
愛花は松風の失踪を止められなかった。
莫大な時間があるにもかかわらずそれを驕り、浪費した。
自分はばかで、間抜けで、無力だ。
何も考えずに特攻して、裏の事情を知ったらすぐに心が折れる。
そして、次に愛花が調べたのは白骨遺体の記事。
これも何も変わっていなかった。
愛花は自分の机の上にあるものを全て思いっきり床へ落とした。
滅多に使わないメイク用具、勉強しようと思って買ったが三日でやめた検定の教材、ビーチでの写真。全てが床に散乱しまばらな音を立てる。
そして、愛花は思いっきり日記を掴み破った。破れた紙片もくしゃくしゃに丸めて部屋にばら撒く。
頑丈な表紙も机の角に叩きつけ、破壊する。
愛花の動きを止めたのは一本の着信だった。
ベッドでスマートフォンが揺れている。
母からだった。
荒い息のまま愛花は電話に出た。
「由莉奈が刺されて入院した。意識が戻らない。」
「・・・え?」
愛花は急いで身支度をし、部屋を片付けないまま家を飛び出した。
タクシーを拾い、言われた病院へ向かう。
愛花は迷った末に舟木に電話をかけた。緊急事態だ。今は自分との関係を気にしている場合ではない。
文化祭の翌日以降、日記の内容は書かれていないのだ。
そこから舟木との関係がどう変化したのかはわからない。
愛花にとっては昨日の出来事なので気持ちを整理できる気はないのだが。
何度かのコール音ののち、留守番電話の音声が流れた。
「こんな時に・・・!」
愛花は次に陸治に電話をかけた。
こちらは2コール後に電話に出た。
「はいはーい。どした?」
「陸治君!伸吾の居場所って知らない?」
「うお!すげー焦ってんな。伸吾?わかんない。多分会社っ・・・。」
突如、陸治は通信が切れたかのように言葉を発するのをやめた。
愛花はすぐさま画面を見たが、しっかり電話は繋がってる。
「陸治君?」
荒い息継ぎが耳に届く。
「おい・・・。桃川?ニュース見ろ。」
ちょうどその時、タクシーは都会の電光掲示板の前に止まっていた。
「すみません!ここで下ろして!」
ドアが開くと、人々が皆その大きな電光掲示板を見上げていることに気づいた。
女性アナウンサーが速報のテロップと共に原稿を読み上げる。
「半年前に発見された白骨化した遺体の身元が判明しました。遺体の身元は10年前に行方不明になっていた高校教師の張間尚志さん−」
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