第四章 見える真実③
「!?」
愛花は浅い眠りから目を覚まし、上半身を跳ね起こした。光が網膜に届いた瞬間、ぼんやりとした眠気も一気に消えてなくなる。
途端に頭へ襲ってきた鈍痛が愛花の顔を歪ませた。頭に手を当て、愛花は少し唸る。
何か悪い夢を見ていた気がした。
愛花の中にある根底を覆しかねない何か。
頭痛がゆっくりと引いた後、愛花の中で過去の記憶が脳に投影された。
辛そうな舟木の表情。発せられた言葉。
「・・・!」
震え始めた手は次に開いた口を覆った。
そして、直面している事態が現実だと言うことを悟る。
いっそ悪夢の方がマシだったかもしれない。
松風は愛花のことが好きではない。
彼の狙いは愛花の隣にいる舟木。
愛花はそこにいくまでの手段でしかない。利用するための道具でしかない。
心の支えであり原動力だった松風のあの笑顔は、全て偽り。
愛花はベッドの上で項垂れた。
ただただ涙を流す。
そしてそのまま、二週間が経過しようとしていた9月上旬。
魂が抜けたようにぼーっとしていた愛花のスマホに通知が来た。
画面を確認すると、それは茅野からであった。そして、それまでに溜まっている通知の量は100を超えていた。ほとんど舟木からだ。
舟木のメッセージをチラッと確認しつつ茅野のメッセージを開く。
[もう一回うちに来てくれない?離さなきゃいけないことがある。]
愛花はそこでやっと茅野との間に起きたことを思い出した。
ここ最近は思考という行為をサボり、松風のことだけをぼんやりと頭に浮かべていたからだ。
一番最近で愛花が過去に行った経緯、それは茅野の夫からの殴打による気絶。
今考えるとなかなかにおかしな点がある。
茅野家の内情もそうなのだが、それよりも茅野の家で倒れてからのことだ。愛花は現在に戻ったとき、家のベッドで寝ていた。
誰かが運んでくれたのだろうか?
愛花は確認を取るために茅野へ承諾の連絡を返した。
現代へ来て2週間。今日が最終日のはずだ。ただ、今の愛花に過去を変える気はあまりなかった。
秋の香りが少しずつ街の中に漂い、気温はちょうどいい。
2週間ぶりに外に出る人からすればかなりありがたかった。愛花が茅野の家に訪れるのはこれで3回目。
インターホンを押す前に扉が開いた。
「早く入って。」
今にも折れてしまいそうなほど細い腕で茅野は愛花を引っ張った。
愛花はされるがままになる。綺麗な玄関と廊下を見て前回ここで何が起きたのかをもう一度思い出した。
「あのさ、私ってあの後どうやって帰ったっけ?」
まだ、ソファに座ってもいないのに愛花は話し出す。
「あー、舟木に私が連絡して持って帰ってもらったわ。邪魔だったから。」
「伸吾がきてくれたのか・・・。忙しいのに申し訳ないなあ。」
「聞かないの?」
「え?」
「私の夫のこと。」
「聞きたいけど、言いたくなさそうじゃん。」
「逆。今は言いたい。」
茅野は真剣な眼差しで愛花を見つめる。その後、自前の紅茶を出してくれた。
なかなか高そうだ。
二人はもはや定位置と化したポジションに座り、茅野は一口その紅茶を啜ってから話を始めた。
「私の夫、DVしてくるのよ。だから、お願い。私は別れたい。証拠集めを手伝ってほしい。」
「ん?」
愛花は飲もうとしていた紅茶を一度口から離して茅野をみた。
「桃川さん、頭良かったじゃない。だからさ、うちの弁護士と一緒に証拠集めしてほしいの。」
「へ?」
またもや腑抜けた声が出る。
愛花は気を落ち着かせるために紅茶を飲んだ。
「私に、茅野さんが頼み事をしてるの?今?」
純粋な疑問を愛花がぶつけると、茅野は少し下を向いた。口を結び、愛花の質問に答えようとしない。
「茅野さん?」
愛花が前屈みになって茅野の顔を見上げるとそこには、涙を浮かべている茅野の顔があった。
突如、視界が暗転する。平衡感覚が失われ、こめかみを机のかどに打ち付けた。
全身の筋肉が緩み始め、体に力が入らなくなる。
「・・・茅野・・・・・・さん?」
空気を多く含んだ声は茅野足元に発せられる。
頭がぼんやりしてきて、瞼は完全に閉じた。
愛花は意識を失った。
「こ、これでいいんでしょ?だから、もうやめて・・・ください。」
「まだだよ。そいつを殺して。」
「え・・・?できない!もう限界!」
「やってよ。」
「もう勘弁して!学生時代からのあなたの束縛はこれで終わりのはずでしょ?」
「だから、これで最後だって。」
「夫まで勝手に決められて、私はあなたの道具じゃない・・・!」
「過去を調べるものには報いを受けさせなきゃいけないの。」
「私には無理!」
「葬り去られた過去は、掘り返しちゃいけないんだよ。」
桃川愛花は殺された。
ゴツンと体に衝撃が走った。尻から波打って全身に広がる痛み。
数秒間フリーズしてから愛花が自分はベッドから落ちたのだと気づいた。
ということは。
愛花は視線を右往左往させる。その風景を見て愛花は察する。
「過去に戻ってきた・・・。」
そりゃそうだろう。愛花がどのような精神状態であろうとなかろうとこの法則は続いていく。2週間の周期でのタイムリープは変わらない。
携帯電話を確認すると、メッセージの未読はゼロになっている。
本当の過去の自分の人格がメッセージを返したんだろう。周りの人たちがその温度差に違和感を覚えていなければいいが。
時刻は朝7時。昨日までの自分は登校をしていたので今日また登校をしなくなるわけにはいかなかった。
浮かない気分で登校をした愛花は校内の様子を見て唖然とした。
グラウンドでカメラを持って撮影しているもの、野外でやぐらのようなものを作っているもの、生徒同士で真剣に話し込んでいるもの。
質素な雰囲気だった校内がカラフルに色づき、青春の香りを醸し出している。
テスト期間は勉強一色になるこの高校は、現在文化祭の準備で一色になっていた。ほとんどのみんながラフな文化祭のTシャツ姿でかっちりとした制服の愛花が若干浮いている。
普段だとこの時間はほぼ誰もいないのに、今はほとんどの人がいる状態だ。
愛花にとって文化祭は勝負の場になるはずだった。
当然橋村の火傷は必ず止める。それは心に決めているのだが、松風に関して今は何のやる気も出なかった。
活気付いた廊下を通り教室に入ると、ほぼ全てのクラスメイトが既に登校していた。いつも遅刻寸前の陸治までもが。
「おい、愛花おっせーぞ。」
頭にタオルを巻いている舟木が教室に入ったばかりの愛花に言った。
2週間前にあれだけメッセージを無視してしまったのに、今はもう打ち解けている様子だ。愛花は即興でその場の空気に合わせた。
「いやーごめんごめん!私もすぐ着替えるね。」
Tシャツがあると信じて更衣室のロッカーへ向かう。
自分のロッカーを開けると案の定畳まずに放り投げられた愛花のTシャツがあった。急いでそれに着替え、愛花は教室へ入った。
机は全て壁際によせられていて、皆は中央に集まっている。
「よーし!じゃあオーディション始めようか!」
舟木が皆に囲まれる形で場を仕切っている。
愛花は近くにいた陸治に聞いた。
「ねね。これって何のオーディションだっけ?」
「はあ?このクラスの出し物、演劇の主演女優のオーディションに決まってんじゃん!ジャジャーン。」
陸治はそういうとクラスのホワイトボードを指差した。セルフ効果音付きで。
ホワイトボードには大きな文字で[青春の白骨化 主演オーディション決勝戦!!]と書かれていた。
「青春の白骨化?」
「この演劇のタイトルだよ。」
そういえば、高校3年生の文化祭で演劇をやった記憶はうっすらある。自分は照明係だったが。
「これ、どういう内容?」
「えー?この前説明されたじゃん。しょうがないなあ。」
陸治はやれやれと言わんばかりの表情で内容を説明してくれた。内容はこうだ。
主人公の少女がある日、家の庭で白骨遺体を見つける。
そして、その遺体はもう骨でしかない手で大事そうに一つの瓶を抱えていた。
少女はその瓶を開ける。どうやらそれはタイムカプセルらしい。
タイムカプセルには古いおもちゃや牛乳瓶の蓋が入っていて、その中に一つ大正時代に書かれていた手紙が入っている。
「この手紙を見つけたものへ。
これは俺たち夕日探検隊の友情の証だ。俺たち5人は皆、この先学校を卒業してバラバラになる。大人になる。
だから、ここに皆の大切なものを入れ大人になるまで保管する。
皆がまた集結したときにこのタイムカプセルを開けてまた思いっきり遊ぼうや。
ただ、一つだけ俺たちには心残りがある。アツシの野郎のことだ。
アツシは俺たちを貶した。くだらないだの、しょーもないだの言って。
そして、大げんかをした次の日から、あいつはいなくなった。
でもな、知ってるぞ。お前は別れるのが辛いから、呼び止められるのが辛いから、わざとあんなこと言ったんだよな。
ごめんなアツシ。
この瓶は、俺たちとアツシを合わせた6人が揃ったときにあける。」
そしてその瓶を埋めた翌日だった。アツシは皆のことが忘れられず帰ってくる。
でも、皆既に別の道へ進んでいた。
その帰り一番の遊び場だった森の秘密基地に一人で向かうと不自然に土が柔らかいところを発見する。そこを掘ると、タイムカプセル、そして手紙を発見した。
アツシは泣く。自分との友情がまだ消えていないことに。
同じ場所に埋め直すと、雷雨が降ってきた。道が悪くなり、土砂で帰れなくなる。
この雨だと、埋めた場所は浸水してタイムカプセルが別の場所へ流れてしまう。
アツシは自分よりもタイムカプセルを守った。タイムカプセルを抱えたまま、森で死んだ。
その後、仲間たちが集うことはなかった。
時がたち、そこは住宅街になり主人公の少女が見つける。
そこから、少女はアツシの仲間がまだ生きているのではと思い、探す。
ようやく見つけたアツシの仲間の一人、103歳のおじいちゃんにタイムカプセルを渡す。すると、おじいちゃんがタイムカプセルの中から入れた覚えのない手紙を見つける。そこにはこう書いてあった。
「俺もみんなのことが大好きだぜ。 アツシ」
少女とおじいちゃんは泣き崩れる。
「アツシはわしたちの意志を守ってくれたんだなあ。」
おじいちゃんは数日後に死に、天国へ行くと6人の仲間が。
白骨化しても、青春は不滅なのだ。
なんだこの話。話自体のクオリティは素人の愛花に口出しできる問題ではないが学生の文化祭でやるにはなかなかターゲット層が違う気がしてしまう。
しかし、クラスのみんなは俄然やる気でその主役が今まさに決まるのだから当然興奮している。愛花はそれよりもアツシがなぜ皆から離れたかの理由が気になって仕方なかった。
皆の前に現れてきたのは二人の女子。どちらも愛花の見慣れた顔だった。
橋村と茅野。二人の主役候補は両手を合わせて祈っている。
そこでやっと愛花は自分が過去に戻ってきた経緯を思い出した。
そして脳裏に焼き付く、茅野の涙。
過去での問題が橋村の大火傷だとすると、現代での問題は茅野のことだろうか。自分が介入する筋合いのあるものではない気もするが。
愛花が登校する前に演技テストは終わったようだ。
二人の前に座る制作総指揮の舟木は難しい顔をしていた。
「えー、どちらもなかなか素晴らしかったです。甲乙つけ難いですねえ。」
芝居がかった喋り方で舟木は唸る。
そして皆が息を呑む中、舟木は言った。
「主役は、橋村かなえさんで!」
クラス中で拍手が起こる。祝福と慰め、そして二人を讃えるものだ。
橋村は茅野に気を使い小さくガッツポーズをして喜んだ。
茅野は悔しそうに笑った。場の空気を壊さないためだろう。てっきり機嫌が悪くなると思っていた愛花にとってはかなり意外だった。
通常授業はあるのだが、放課後まで文化祭の空気は全く抜けなかった。
愛花も演劇の照明確認のために残らなければいけなくなり、舞台のある体育館へ向かっている。
その途中に、会いたくない人と出くわした。
「おー桃川。まだ残り?」
「松風くん・・・。」
松風は意中の人に向ける笑顔をしていた。側から見ればこの二人は確実にいい雰囲気なのだ。
愛花は、松風の質問に反応できずにいる。
嘘で塗り固められた松風と、普通に話せる気がしなかった。簡単にいえば失恋をしたのだから。愛花は何とか笑顔を作りいう。
「い、今急いでるからまた後でね。」
うまく笑えていないし、喋れていないことも何となくわかった。でもこの場から愛花は一刻も早く逃げ出したかった。
小走りで松風の前を後にし、愛花は体育へ到着した。
「桃川!きて早々悪いんだけど、このマット片付けてきてくれね?」
アツシ役の陸治はアクション用に持ってきたがアクションシーンなんてなかったから使わないマットを指差す。体育館の隅でやけに行儀良く壁に立てかけられているそのマットには何とも言えない哀愁があった。
女子一人でも十分持ち上げられる軽さと大きさなので、愛花は返事をしてそのマットを持ち上げる。
そのまま一人で体育館裏にある倉庫へ向かった。
ここは体育祭で茅野と激突した因縁の場所だ。
少し顔をゆがませながら愛花はマットを倉庫へ置いた。すると、後ろから声をかけられる。
「桃川だっけ?」
薄暗い夕方にその姿を見ると幽霊だと勘違いしなくもない未凪がテープで巻かれた木材を持って後ろに立っていた。
「ああ、未凪君。」
未凪は相変わらずの気だるそうな表情でその木材を倉庫の上の棚に乗せる。
「松風とは別れたんでしょ?」
その名を聞いて愛花の方は少し揺れた。
「は、はい。そうです。」
「じゃあもうあきらめ」
その瞬間、後ろの扉がものすごい勢いでスライドされ閉まった。
あたりの光量が一気に少なくなる。
突然の出来事に二人は扉を見て一瞬硬直した。だが、その後すぐに顔を見合わせ急いでドアに手をかける。
開かない。
何度、勢いよく挑戦してもその扉は開かない。
だが愛花は外側から聞こえた一瞬の砂利の音を聞き逃さなかった。
「ねえ!そこにいるんでしょ誰か!」
「え?開けろ!何でこんなこと!」
扉を叩いても、外の人物は返事をしない。
そして、そいつは足速に去っていった。
「閉じ込められた・・・?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます