第四章 見える真実②

高校2年生の春。舞い散る桜を背景に、桃川愛花は松風悠一に告白した。

「わ、私と!付き合って・・・くれません・・・・・・か?」

表情が変化しない松風を見れなくなり、愛花は少しづつ俯いた。出したはずの勇気もいつの間にか桜と共に飛んでいく。

スカートを軽く握り、返事を待つ。

愛花が松風に告白して10秒が経過した。

まだ返事はない。飲み込む空気もなく、愛花はただ待つ。

さらに10秒経過。

きっと松風はなるべく傷つかないような断り方を模索しているのだ。

変に気を遣われるくらいなら、こっぴどく振られる方がいい。

元々ダメもとだ。勝ち目のない試合だ。

橋村に背中を押されて勢いでここまできちゃった。

ネガティブな妄想が脳内を蝕んでいく。

一滴の汗が路上のアスファルトに滴り落ちる。その言ってのみが色を変え、だんだんと広がった。

とうとう30秒が経過した。

「いいよ。」

耳に届いたその言葉を一番信じれなかったのは愛花本人だ。

たった三文字で体が熱くなり目の前が開ける。

ゆっくりと顔をあげ、松風に言う。

「き、聞き間違えじゃないですね?」

ぎこちない質問を聞くと、松風はくしゃっと笑った。

「ははっ!うん!聞き間違いじゃない。付き合おっか。桃川。」


松風の誕生日会の翌日、愛花は起床すると一目散に舟木の自宅へ駆け出した。

これは電話越しに話して解決する内容じゃない。

夏特有のもわっとした空気が身を包みこむ。湿気で浮き出たおでこの汗に前髪が張り付いた。

立派すぎる一軒家のインターホンを押して数秒、大きな門が開き舟木が出てきた。

「どしたよ愛花?俺に告白でもしにきたのか?」

「伸吾!」

「おおなんだよ。そんなに俺に会いたかったのか。」

「教えて!」

「主語を言えよ。」

舟木はなんとなく察しながらも愛花の頭をポンと叩いて訊いた。

愛花はそこでやっと呼吸をととのえる。

「松風君と伸吾の関係。」

一息吐いて放ったその言葉は舟木の予想を的中させた。

舟木は不必要にうなじを触ってなんとか表情をこわばらないようにする。

「・・・とりあえず上がれよ。」


「ビーチでのこと、話して。」

洋風で煌びやかな内装、そしてどこまでも続きそうな天井の下で愛花は舟木に言う。

愛花は真相を掴みかけていることと決戦の文化祭が迫っていることが相まって焦っていた。

「・・・なんで?」

舟木はぶっきらぼうに返事をした。

「なんでも!早く!」

「待てって。おい、どうした?変な夢でも見たか?」

「茶化さないで。」

にやけづらでこちらの顔を覗き込んでくる舟木に愛花は苛立つ。顔をつっぱねて愛花は冷たくあしらった。

舟木はその様子を見て今はそういう空気じゃないことを自覚する。

いつにも増して愛花の顔に余裕がなかった。

「・・・じゃあなんで俺が松風とのビーチでの会話を愛花に話さなきゃいけないのか教えて?」

舟木も日頃から松風に執着する愛花へのだんだんと溜まっていたフラストレーションが漏れ出した。

質問を質問で返されて愛花は口ごもる。

「それは・・・だってあの時すごい怒ってたよね?なんかあったんでしょ?」

「答えになってねーって。」

舟木は頭を乱雑にかきむしる。

「じゃあなんで話さないの?やましいことでもあんの?」

さらに苦し紛れの質問してきた愛花に舟木はため息をつく。

そして、愛花の目を見て答えた。

「そーだよ。やましいことだ。お前に教えたところで松風も俺もお前も得しない。」

核を突く舟木の論述に愛花は完全に負かされた。

舟木は両手を合わせて叩いて場の空気を入れ替える。

「わかったならもうこの話はおしまい。お前夏休みの課題やったか?なんなら俺が教えてやっても」

「松風君のお母さん。」

「・・・」

愛花は切り札を出した。

舟木の動きが止まり、明らかに動揺し始める。

目線が泳ぎ始め、愛花は確信した。

「その反応は松風君のお母さんに何が起こったか知ってそうだね。」

舟木はまだ答えない。形勢は傾き始める。

「ビーチで言われたんじゃないの?松風君の母親が舟木製菓に勤めてたって。」

愛花は容赦無く切り込んでいく。

「それで、舟木製菓の嫌がらせによって松風君のお母さんが自ら命をたったことも。」

逃げ場を完全に削られた舟木はうつむいた。

いつもの覇気が萎れていく。

「・・・そうだよ。あいつは舟木製菓を恨んでた。」

小さな声で舟木は白状した。顔はこちらを向かない。

「でも、わかんない。なんで伸吾はあそこまで怒ってたの?」

愛花は何も躊躇うことなく1番の疑問を投げかけた。舟木はチラッと愛花を見てはまた下を向く。

「それは・・・言わねえ。」

ここまできて全てを言わない舟木。完全に立場が上な愛花は遠慮しなかった。

「松風君からの勝手な逆恨みに起こったとか?」

「あのなぁ!推測で物事を進めてんじゃねえよ。ちょっと黙れ。」

珍しく声を荒げた舟木は見たこともないほど怒っていた。目をギロリとこちらに向け、冷たい声音で抑圧する。

幼なじみの滅多に見せない姿に愛花は気圧された。

それでも、愛花はここで逃げることはできない。

「・・・どうしても言わない?」

思わず震えた愛花の声を聞いて舟木はハッと我に帰った。怯えさせる気は舟木にはない。一度深呼吸をして頭の血を下げる。

「言わない。いや、言えない。」

気を落ち着かせて舟木は答えた。

愛花はその苦虫を潰したような舟木の表情を見て、下唇を噛んだ。胸の奥が少し痛む。

愛花は決意を固めて目を閉じた。

床に膝と手をつき、腰を軸に体をゆっくりと折りたたむ。頭が床に到達し、愛花は懇願する。

「お願いします。おしえて、伸吾。」

その必死さに舟木は困惑の色が隠せず、慌てて床につきそうな愛花の両肩を掴んだ。

「おいやめろって。」

愛花の肩をいくら揺すっても、体を起こそうとしても愛花は動かない。

「私は、松風君を助けたい。」

おでこを冷たいフローリングつけて愛花は言った。

心の底からの願い。

今の生きる目的。

「・・・」

舟木は両肩から手を離した。そして、愛花の前に座り込む。

「・・・わーったよ。」

愛花はゆっくりと顔をあげ、舟木を見つめた。

大きく空気を吸って吐く。それはため息ではなく覚悟を決めたものだ。

「あの日、松風は俺にいった。自分の母親のこと。それで息子の俺まで恨んでいることも。」

「うん。」

愛花は息を呑んだ。聞きたいのはこの先だ。

なぜ舟木があそこまで憤慨していたのか。

愛花の心臓の音は舟木に聞こえそうなぐらい大きくなっていく。そして、それは舟木も同じだった。

行き場をなくしていた舟木の目線がとうとうこちらを向く。

「・・・あいつはお前のことが好きじゃない。」

冷静に、どこか心苦しそうな舟木はそう言った。

「・・・え?」

重苦しい空気のなか、愛花はその一言しか出てこない。戸惑っている愛花に構うことなく舟木は続けた。

いちいち区切るなんてできない。一気に話さないと舟木が怒りでどうにかなってしまいそうだった。

「松風がお前と付き合ったのは俺のことを調べるため。舟木製菓に復讐するため。俺に近しい愛花が都合よく告白してきたから、それに乗っかったんだ!」

今度は愛花が固まる番だった。

話しているうちに結局苛立ってしまった舟木は立ち上がり、机に拳を打ち付ける。舟木は愛花の顔を見れなかった。

すっとこぼれた一筋の涙は頬をつたい、首筋を撫でる。愛花は自分の体から力が抜け落ちていくのを感じた。まぶたがピクピクと動いて目の表面に水が溜まっていく。

舟木は愛花に背を向けたままつぶやいた。

「だから俺はキレた。愛花の好意を利用したから。」

愛花の肩が震え出す。聞こえてきた言葉を受け止めることは到底できなかった。今まで動いてきた原動力の源が覆されたからだ。

肩が震えてその場に崩れ落ちる。

声なんて出ない。

ただひたすらに涙を流すしなかった。

すると、突如目の前が真っ暗になる。

体にじんわりと馴染んでいく柔らかい感覚。

フワッと香るいい匂いは全てを包み込み、愛花の体の震えを微弱ながらも緩ませた。

耳元で聞こえてくる、優しくて辛そうな声。

「なあ、愛花。あいつともう関わんなよ。」

体を抱く力は強くなる。

「俺と付き合おう。」


それから数日。愛花は家から一歩も出ず、何も行動を起こさず過去での日々を過ごした。

自分の部屋に閉じこもり、残り数日だった夏休みを浪費し、始業式にも出席しなかった。

暗い部屋で1人、ベッドに横たわる。

携帯を開くと舟木と橋村、そして松風からの連絡が来ていた。

舟木の家で告白された時、愛花は答えを出せなかった。そして、今返事をされることを舟木も望んでいなかった。

だからその日はその後すぐに帰宅したのだ。それからは舟木と連絡を取れていない。

舟木からのメールはいつものテンションでのくだらない内容だったが、向こうも無理をしているのが分かる。

橋村からは始業式を休んだことの心配メールだった。

そして、松風からも学校に来ていないことへの心配メールだ。

返事をする気にはなれなかった。

そもそも松風と愛花は今付き合ってない。

松風が自分のことを好きじゃなくてもおかしくないはずなのだ。

でも、あまりにもショックだった。

最初から、全てが嘘だった。


愛花は携帯とまぶたを閉じて、入眠する。

現代へ逃避するために。

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