第四章 見える真実①
起床して、愛花は足早に登校の支度をした。
高校生に戻ったということは茅野の夫ともみくちゃになった後、気絶という名の眠りについたことは明らかだ。
現代の茅野は、明らかに様子がおかしかった。
愛花の中には新たな謎が追加される。
頭の中がパンクしそうなほど、さまざまな問題が愛花の中で起きている。しかし、愛花はなぜかそれが全て一つにつながる気がしてならないのだ。
確信できることは一つもない。一人でどうにかできることではないのかもしれない。それでも愛花は動く。
今日は夏休みの補講最終日だ。
愛花は前半の数日とこの最終日しか受けていないので、あまり辛い記憶は残っていない。周りの生徒を見渡すと、今日で補講が終わるという安堵感の中にこれまで蓄積していた疲労がどっと出てきて複雑な表情をしているものが多かった。
彼らを見ると、少しの罪悪感が心に生まれる。
少し気になったのは舟木が来ていなかったことだ。前半だけの手伝いだったのか?
現代にいる間の日記を確認したところ、松風と愛花の関係性もあまり変わっていない。前ほどのギクシャクは解消されたものの復縁には至っていないようだ。
そして愛花は思い出した。明後日には大事なイベントがあることに。それは松風の誕生日。
これまでの日記では松風の誕生日で別れを切り出されると書かれていたが、既に恋人ではない以上その心配はない。
「松風君!」
いつものように下駄箱で松風を呼び止める。
「ん?」
「明後日ひま?」
松風は少し驚いた様子だった。
もう愛花に迷いはない。少しも、声をつっかえることなく愛花は切り出した。
「・・・うん。まあ。」
「松風君の誕生日会したい。」
さらに松風は驚く。声は出ていないが見開いた目を見る限り間違いない。あと、頬が少し赤く染まっているような気がした。
反応に困っている松風に愛花はさらなる攻撃を仕掛ける。
「二人で!」
松風は咄嗟に愛花を見た。
空いた口が塞がらないようだ。
「松風君の家で!」
ここで完全にノックアウトだった。
「は!?」
ついに声を出した松風の反応は愛花の予想通りだ。
「でも、うちばあちゃんいるし・・・。」
「だからだよ!鶴子さんと一緒にお祝いしたい!」
少々図々しい気もしたが、まあそこには目を瞑ろう。
愛花がこの場所を指定したのは、他でもない鶴子さんから話を聞くためだった。もちろん、松風の誕生日を祝いたい気持ちもある。
「・・・うん。わかった。」
松風はかなり考え込んだのちに承諾した。
「やった!ありがとう!ご飯とお菓子もいっぱい買ってくるね!」
「うん。」
松風は少し微笑んだ。
2日後、愛花は大量の食料を持って松風の家へ向かった。
インターホンを押すと、10秒ほどして松風が引き戸を開けた。かなりラフな格好だ。
「いらっしゃい。今日は、ありがと。」
「ううん!こっちこそごめんね。無理言って。」
愛花が松風の家にお邪魔すると、家の中からは古い民家特有のヒノキの匂いが香ってきた。
松風の家に入るのは2回目だが、緊張がほぐれることはなさそうだ。
「いらっしゃい。よく来たねぇ。」
リビングに入ると穏やかな優しい笑顔で鶴子さんが出迎えてくれた。
「こんにちは!今日はありがとうございます!」
鶴子さんはあははと柔らかく笑い、キッチンから湯呑みを出そうとする。
「あーいいよ、ばあちゃんは座ってて。」
「うん、ありがとね。」
鶴子さんは、椅子に座り久しぶりのお客である愛花を嬉しそうに見つめている。
「これ、お菓子とか色々買ってきたよ。」
「うん。ありがと。皿に出すわ。」
「私も手伝う。」
「おお、ありがと。」
それから2人は食事の準備を始めた。
誕生日パーティというのは名ばかりで、食事の内容は普段のものとあまり変わらない。かなり質素な和食がメニューである。これは鶴子さんの体を気遣ってのことだ。
愛花は松風と2人でお味噌汁を作っている時になんか夫婦みたいだなと心の隅で思った。
「よし、食べるか。」
「美味しそうだねぇ。」
「じゃあ、松風君!お誕生日おめでとう!」
湯呑みとマグカップと紙コップがぶつかった。
それから、3人は朗らかな会話をしながらその会を楽しむ。
決して豪華なわけではなかったが、その楽しさは何者にも変えがたかった。
パーティが始まって1時間。食事はすでに終わり、3人はテレビ番組を見ていた。
そんな中、愛花は深く息を吸い込んでその言葉を口に出す。
「ちょっとお手洗い借ります。」
「ああ、うん。そこ出て左ね。」
ゆっくりと腰を上げ、リビングから出る。
愛花の足取りは驚くほど、重かった。
それはこれからやろうとしていることがあまりにも大胆なものだったから。
リビングを飛び出し、愛花は左にあるトイレを無視し、右の部屋に入った。
軋んだ扉の音と共にその部屋へ入る。
暗く、どんよりした空気。その先には、一つの写真。
以前も見た、松風の母親だ。
相変わらず、うっとりしてしまうほど綺麗だった。
そして、愛花は以前きた時に見逃さなかった。
この仏壇の隣にある棚に飾られている一枚の封筒を。
部屋に入ったのはこれが目的だ。
その封筒は大切に保管されている割に、かなりくしゃくしゃにされている跡がある。そこに愛花はこの前、強烈な違和感を覚えた。
ゆっくりとその封筒を待ち上げ、中身を確認する。
中には文が書かれている一枚の紙があり、それも封筒同様しわくちゃにされた跡があった。
愛花は達筆で書かれていた文面を慎重に読み始めた。
悠一へ
まず最初にごめんね。今までたくさん不自由な思いをさせて。
もっと、お金持ちの家に生まれたかったよね。
私はもうすぐ死にます。でもこれは決して、あなたを見捨てたいわけじゃない。
あなたから離れたいわけじゃない。
あなたを守るため。
私の勤めている会社は経営不振で、お金のやりくりがうまく行っていませんでした。経営不振になった理由はありもしないネットのデマです。
しかし、世論はそれを鵜呑みにして、株価が暴落しました。
そしてある日、私は会社が違法なルートでお金を巻き上げ、なんとか生計を立てていることを知ってしまったのです。
すぐに私は上司に抗議をしました。
これが最大の過ちです。この時、もっと慎重な行動をしていれば。
上司は私に悪びれることなく言いました。
だったらお前がこの会社をやめろ、と。
シングルマザーの私はお金のためにやめれるわけがありません。
すると、次に上司は言いました。
お前がもしこれを告発したら社長がお前の息子ごと消し去るからな、と。
それから会社は私個人に執拗な嫌がらせを始めました。
無賃残業は当たり前。最近、ご飯が作れなかったのはこういうことです。本当にごめんなさい。
暴言や罵声もたくさん浴びせられた。ひどい時には手をあげられました。
寝たいこと以外、何も考えられなくなりました。
この世界から、解放されたくなりました。
本当に本当にごめんなさい。
自分勝手でごめんなさい。
いつか、あなたは幸せになれるから。
世界で一番大好きな悠一。
たくさん笑って。あなたを幸せにしてくれる人と出会って。
私の分まで、強く生きて。
愛花は手の震え、動悸が止まらなかった。
遺書の最後の行に目を進めるのが怖かったからだ。
今まで追い求めてきた事実が、帰結することに怯えていたからだ。
ゆっくりと、視線を最後の行に運んだ。
そして、私の勤めていた舟木製菓には絶対に関わらないで。
早くなりすぎた鼓動が一瞬止まった。
思わず、その紙から手を離す。ヒラヒラと無機質に落ちていく一枚の用紙が、愛花にとっては想像を絶するほどの恐ろしいものに感じた。
一瞬ホワイトアウトしたその脳を、もう一度動かす。
口から出た言葉はあまりにも平凡な言葉。
「なんで・・・。」
そのたった一行の意味がわからなかった。
いつの間にか震えは足まで伝播する。
舟木製菓の経営不振は知っている。
初めて過去に戻ってきた時も張間と舟木はその話をしていた。
でも、それが松風とつながっているなんて。
この部屋に入ってから5分が経過した。
愛花はハッとして、後ろを振り向く。
幸いそこには誰もいなくて、愛花は駆け足で遺書を元の場所に戻し一旦部屋を出た。
明るい空間に戻っても、リビングへ向かう気にはなれなかった。
すると、リビングと廊下を結ぶ扉が開く。
「大丈夫?」
松風が心配して見にきくれたようだ。
あと数秒部屋を出るのが遅かったら、また松風を落ち込ませていたかもしれない。
愛花は額の汗を拭って、答えた。
「うん。大丈夫!でも、あんまり遅くなっちゃうと迷惑だから今日はもう帰るね。」
「え?ああ、そうか。」
「うん!」
愛花は鶴子さんに挨拶をして、松風の家から急いで出て行った。
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