第四章 光明②
松風の失踪。校庭に埋められた白骨遺体。橋村の大火傷。未凪を殺した犯人。
橋村の件は、当日に防げばいいと思うのだが、その全ての問題を、愛花は何一つ解決できていなかった。
ただし、確実に事態は動いている。
今、愛花が持っている最大の手がかりは松風の母親が何者かに殺されたこと。そして、そのことで松風はまだ隠していることがあると言うことだ。
問題を解決するために現代の愛花が最初に起こした行動は舟木への電話だった。
自室のベッドに座り、舟木が電話に出るのを待つ。3コール耳に響いたところで、舟木は応答した。
「もしもしどした?俺の声が聞きたくなったー?」
「伸吾さ、10年前に4人で海行ったの覚えてる?」
のっけからの舟木節を華麗にスルーし、愛花は早速本題に入った。
「ん?あーなんかそんな時もあったな。ってかまた松風かよ。」
舟木の呆れ笑いが電話越しに響く。
「うん。それでさ、その時松風君と何話したの?」
「はあ?どの時。」
電話に出てからまだ数秒しか経っていないのに舟木のテンションは声だけで伝わるほどに低下していった。
「だから、二人で話してた時。その後伸吾、怒ってたじゃん。」
焦りが心を蝕んで、愛花の語気は思わず強まった。
「ん?ごめん全然覚えてないわ。」
「じゃあ思い出して!」
愛花は一人、部屋の中で地団駄を踏む。
「無茶言うな。10年前のことなんて覚えてるわけねーだろ。だいたいな、俺は大企業の社長でめっちゃ忙しいんだよ。」
「うん。それはごめん。でも」
「わーったって。次に家行く時にでも話聞いてやるから。今は切るぞ?」
「・・・うん。」
愛花はスマホを耳に当てたまま、口をへの字に曲げ、ベッドに横たわった。
「はあ。そんなに松風が好きか?10年前の恋人だろ。」
「ち、違う!私はただ、現在のことが知れたらいいだけ。」
ため息と共に聞こえてきた舟木の問いを愛花は慌てて否定した。
誰も見ていないのに一生懸命身振り手振りをする。
「あっそ。人探しは協力できないけど、なんか他に困ってることがあるなら言えよ?」
最後の最後まで呆れ声の舟木によって会話はピリオドを打たれた。
「うん。ありがと。」
スマホからの声は止んだ。舟木のハキハキした声が消えた途端、この部屋の空気は澱む。一人取り残された愛花は通話終了ボタンを押そうとした。
「待って愛花!」
空気を切り裂いた舟木の一言が、愛花の指の動きを止めた。画面に触れる寸前で細い指はフリーズしている。
「え?なに?」
「あのさ」
舟木は一拍置いて、息を整えた。深刻そうな声色だったので愛花は少し心配になりながら舟木の言葉を待つ。
舟木から聞こえてきた言葉は予想外のものだった。
「俺じゃダメか?」
たっぷり5秒は経過してから愛花は「ん?」と聞き返した。
大きく息を吸う音が鼓膜に届く。
「今の俺でも、高校生の松風に勝てないのか?」
またもや、愛花は反応できなかった。
「え?」
ようやく揺れた声帯は頭に浮かんだはてなをそのまま吐き出す。
「伸吾?」
この空気に耐えられなくなったのは舟木だった。
「いや、ごめん。なんでもない忘れて。」
そういうと舟木は間髪入れずに通話を遮断する。
「いや、ちょ」
ピーピーと言う音が部屋中にこだましていた。
愛花はひとり首をかしげる。今の言葉がどういう意味だったのか、頭を回らせていると手に持っていたスマホがまた振動し出す。
きっと舟木からに違いない。愛花はさっきの心意を聞くために素早く通話に応答した。
「さっきのってどうい」
「おい!すげえことがわかったぞ!」
「・・・うん?なに?」
「白骨遺体の年齢!」
耳に直撃してきた声は舟木よりも少し低く、それでいてボリュームがデカかった。その声が陸治だと認識するのに愛花はまた5秒を消費した。
「え?あ!陸治くん!」
「え?そーだよ!」
相手が自分のペースについていけてないことに陸治は気づく。
そして、愛花は話し相手が陸治であることに脳の働きを使っていたので彼が話している内容は全く頭に残っていなかった。
「ごめんもう一回言って。」
「だから、埋められた当時の白骨遺体の年齢がわかったんだって!」
改めて告げられたその言葉に愛花は驚いた。その後すぐに愛花の心には聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちが混在し出す。
この年齢を知ってしまったら確実に人数は絞られる。ここで中年や老人の年齢を告げられれば、その瞬間に松風の可能性は排除され最悪の仮説は否定されることになる。ただし、ここで高校生などと言われたものなら愛花の仮説は現実味を帯びてしまう。
一呼吸置いてから愛花は問いかけた。
「何歳?」
「15〜30!」
食い気味に答えられたその年齢を聞いて愛花の表情はこわばった。
唇の震えをなんとか抑え、愛花は「ありがと。」と礼を言う。
そんな愛花の様子を知る由もなく陸治は会話を続けた。
「桃川は何か進展あったのか?」
スマホの向こうで聞こえてくるやけに明るい声に無理やり波長を合わせ、愛花は答える。
「何もないよ。ごめん。」
大袈裟なため息が聞こえてくる。
「いや。まあそんなもんだ普通。」
陸治は励ましを添えて通話を切った。愛花はまた部屋に一人取り残される。
それから数日後愛花は現在、茅野の家に来ていた。
ちなみに今日は現代で15日目である。
それは橋村のことを聞くためだ。
電話で連絡し要件を伝えた時、愛花は口頭で話を聞ければよかったのだが驚くことに茅野側から直接来いと言うお達しがあった。
体育祭での本来あった過去では経験していなかった攻防は愛花の勝利で幕を閉じた。愛花が過去に戻って出来事を少し改変したことで、茅野も何か変わったのではないかと期待していたが、どうやら何も変わっていないようだ。
「それで?今度は何だっけ?」
相変わらず、過去のやんちゃな姿とはかけ離れている茅野は可憐だった。
スカートをできるだけ短くし、最大限の露出をしていたあの頃とは違い、今はとにかく清楚な服装だ。
「橋村さんって覚えてる?あの全身大火傷で学校に復帰できなかった。」
茅野の体の動きが一瞬止まり、瞼が少し上下した。
「・・・まあなんとなく。」
茅野の曖昧な返事を聞く限りあまり有益な情報は期待できそうにないが、愛花はダメもとで質問を繰り出した。
「それでさ、橋村さんの居場所とか知らない?」
「は?知るわけないじゃない。」
「そっか。」
予想通りに会話が運び、愛花の方は落ちる。しかし心の中のため息を一度押し殺した。
もうひとつ聞きたいことがあったのだ。
「あと、聞きたいんだけど、なんで今日直接会って欲しかったの?」
その問いを聞いた途端、茅野の目線は泳ぎ出す。
「・・・それは、その」
高校生の時から変わらない刺々しい口調が一点、茅野はしどろもどろになる。
茅野からの返事をじっと待っていると、この家の玄関がガチャっと開いた。
その無機質な音は茅野の目を震えさせる。
今まで見たことのない表情をしている茅野は慌てて立ち上がり愛花の両肩を掴んだ。
「・・・っ!隠れて!」
「え?」
急変した事態を飲み込めず、愛花は茅野の手の赴くままになる。
しかし、玄関から聞こえてくる重い足音は止まることなくこちらにやってきた。
「誰だお前。」
その一言で、この部屋の空気は戦慄した。
その男の目には押し入れに半分入っている間抜けな愛花の様子が写っていた。
ガタイのいい男は冷たい視線をこちらに向けてくる。敵意が剥き出しだ。
「えっと・・・。」
「違うの!これは!」
茅野が必死に声を絞り出す。かつてないほど不安そうな顔で。
愛花を掴んでいるては震え、どんどん力が強くなっていく。
「何が?」
愛花はひどく怯えた茅野の姿と、苛立ちを隠そう推していない男の姿を交互に見た。でも、何もできなかった。
「私の、お友達。」
茅野の掠れた声を聞くと、男は急ににっこりと笑った。気味が悪い。
「そうでしたか。ではこれから僕たちは用事がありますので、お引き取りお願いします。」
先ほどとは打って変わった優しい声で男は愛花を玄関へ案内した。
その態度が本性ではないことぐらい誰でもわかる。
「え?いやでも」
男は茅野の腰に手を回し、愛花にお辞儀をする。
「桃川さん。」
茅野は覇気のない声で最後に言った。
「さようなら。」
リビングに茅野が連れて行かれる。ドアが閉じる寸前まで、その姿から目を離せない。男が茅野の手を引っ張った。
その時、綺麗な白いブラウスの袖が捲れる。
茅野の腕には、目を覆いたくなるほどの痣が残っていた。
白い肌とあいまって、とてつもなく目だつのそ赤黒いものを見た瞬間、愛花は無意識に閉じる扉を止める。
「待って・・・ください。」
男の足は止まった。
「あ?」
また最初の空気に戻る。その目力と覇気で、愛花は思わず一歩引いた。。
「茅野さん・・・怯えてますよね?」
愛花は腰に力を入れる。人の秘密に踏み込むことは、もう慣れっこだ。
男が茅野の姿をチラッと見る。すると、またあの笑顔を作った。
「いやいや、なんでもないですよ。」
「その手を離して!」
彼が今、嘘を言っていることは明白だ。何か隠していることも明白だ。
もう下手に出ても意味がない。
「あの、何か勘違いしてません?僕はただの夫ですよ。」
「じゃあその痣はなんですか・・・?」
愛花が茅野を指さすと、男の眉が少し動いた。
怯えてしゃがみ込んだ茅野を男は見下ろす。
「・・・ん?転んだだけですよ。な?彩華。」
無言の圧力が、茅野に浴びせられた。
「そんなわけないですよね?」
愛花は距離を詰める。靴を脱がずに家へ上がり込み、男と茅野の間に立った。
「茅野さんに何をしてるんですか!」
「人の家の事情に勝手に踏み込んで来んなよ。」
そう言って男は拳を振り上げた。
「け、警察呼びますよ!」
「うるせえな!」
鈍い音が上品な家にこだまする。
愛花の頬には今まで感じたことのないほどの痛みが襲う。
頭がぐらついて、目の焦点が合わなくなる。
愛花は冷たいフローリングに倒れ込み、気を失った。
目をさますと、そこは見慣れた制服が掛かっている自分の部屋だった。
愛花は全てを察した。
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