第四章 光明①

「「海だあー!」」

海パン姿の舟木とビキニ姿の由莉奈が一斉に海へ走りだした。

水面にキラキラと反射する日光が人々の目を輝かせ、水平線まで続く広大な大海原を色づける。等間隔で押し寄せる波は澄んだ水色をしていて美しい。

海開きから少し日にちが経過しているにもかかわらず、このビーチはかなりの人がいた。

愛花が遅れてビーチに足を踏み入れると一歩目で足の裏いっぱいに灼熱の感覚が広がる。おかげで海に入りたい気持ちが急かされた。

「おーい!愛花!早く来いよ!」

もうすでに全身に水が滴っている舟木が手をこまねく。

「隙あり!」

「ぶっはあ!馬鹿野郎てめえ!」

全身がら空きの舟木に由莉奈が両手いっぱいにすくった海水をお見舞いし舟木は大ダメージを受けた。その場に倒れ込み水飛沫を上げる。

由莉奈が舟木の筋肉の隙間に流れ込む水滴に目を奪われていると、下方から大量の海水が襲ってきた。顔面に直撃した由莉奈は、目や口に入った塩と目一杯出そうとする。その姿を見て舟木はにやついた。

「お前も隙あり。」

「もー!」

愛花はいつも通りの二人を見て羨ましく思った。

自分も松風とあんなふうに接することができたらと。やはり松風の前に立つと緊張が抜けない。

「ふー。今日は頑張らなくちゃ。」

「海、入らないの?」

「ひゃあ!」

突如右耳から聞こえた声に愛花はどこから出たかわからない声が出る。その後、顔全体が赤面しだし足場を見るしかなくなる。

「松風、、、君。」

「いっつもその反応。」

「いや、その、今日は来てくれてありがとう。」

「こちらこそ、誘ってくれてありがとう。その、今まで結構ひどい態度とかしちゃって、、、ごめん。」

「いやいや!全然。私が厚かましかったよね!」

「そんなことないよ。今まで、俺のことこんなふうにしてくれる人初めてだったからさ。」

「ああ、、、そう、、、。」

二人の間にあるぎこちなさは抜けない。そもそも今の二人の関係はなんなのだろうか。付き合ってはいないだろうし、だからと言って友達というわけでもないのだろう。これが俗にいう友達以上恋人未満というやつか。いや、それも違う気がする。

愛花が思考を巡らせていると、松風はいった。

「でも、それも全部。今日で終わりにするから。」

透き通った海を見つめながら松風はいった。そして、愛花を置いて海へ歩き出す。

愛花は一瞬何を言われたのかわからなかった。

何を言われたのかわかった後も、その意味が理解できなかった。たくさんの意味で取れるからだ。

小さくなっていく松風の背中を追いかけて愛花も海へ走りだした。

「おー!松風決まってんじゃん。結構いい体してんのな。まあ、俺には負けるけど!」

「お、おう。ありがと。」

「松風先輩、初めまして!愛花の妹の由莉奈です!」

「どうも、初めまして。松風悠一です。」

「よーし!自己紹介も済んだところで、って愛花!早く入ってこいよ!」

「う、うん。」

愛花はまた、松風に悩まされる。四六時中彼のことばかり考えて、もがき苦しむ。でもそれが青春なのかもしれない。

ぎこちない足取りで愛花は海に足を浸けた。

くるぶしまで達した海水は先ほどまでの焼けるような足元を冷却する。

ひんやりとした感覚は全身に巡っていく。

すると突如横ばらのあたりに一点の衝撃が走る。

「いた!」

衝撃を受けた箇所には一本の水流が当たっており、一枚着ていた薄いTシャツの色がその一点から段々と変色していく。その源を辿ると舟木の持っていた水鉄砲に行き着いた。

「ボケっとしてると撃ち抜くぞ。」

舟木はもう一度その水鉄砲を構えこちらに向ける。銃口が向けられ、愛花は反射的に両手を上げた。

しかし、次の瞬間に足を振り上げ舟木に大きな水飛沫を食らわせる。

舟木は予想外の攻撃によろめき、その場で尻餅をついた。

戦いのゴングは鳴った。舟木はシュコシュコと水鉄砲に空気を入れ、威力を溜め出す。その隙に愛花は移動し、由莉奈の後ろに隠れる。

「ちょっと!おねーちゃん?」

綺麗な背中の影に隠れて、舟木を迎えうった。

由莉奈も持っていた水鉄砲を構え、迫り来る船木に銃口を向ける。

そして一度銃口を上にむけ、そこに息を吹きかけて芝居がかったセリフを放った。

「おねーちゃんと戦うのは私を倒してからにしなさい。」

そこからは銃撃戦だった。1対2であるが愛花はほぼ足手まといなので勝負は互角だ。由莉奈と舟木が正面でやり合っている間に愛花は横へ回り込み、思いっきり水を浴びせた。ただ、視野が広い舟木にはそれが見えていて思いっきりかわされ舟木の照準は愛花に合わさる。

舟木が不敵に笑い、水を発射するとその瞬間別方向からの攻撃が炸裂する。

「よそ見すんな。」

囮は愛花で本命は由莉奈だったのだ。

右のこめかみに直撃した攻撃は舟木のバランス感覚を失わさせる。舟木が後ろによろめくと、誰かに当たりそれを巻き込み倒れた。大きな水飛沫が上がる。

舟木はそれを下敷きにして倒れてしまい、後ろの人はかなりの衝撃だろう。

「やっべ!」

舟木はすぐに起き上がり、後ろの人の安否を確かめた。

「大丈夫っすか!?」

その人は海に倒れ込み、全身が海水に浸されている。反応はない。

すると次の瞬間、そこから噴水のように水が噴き出た。全てが舟木にかかる。すでにびしょ濡れなのにさらに体温が下がっていく。

「隙あり。」

海から体を起こし、前髪をかき上げる松風。

「やったな!松風ー!」

巻き込んだのが松風だとわかると舟木は個人的なライバル心で松風に襲い掛かかった。水を互いに掛け合い、もみくちゃになる。

「私も入れてよ!」

愛花と由莉奈も参戦し、さらに当たりは賑やかになる。

視界は白と水色に支配された。無数の粒が体に打ち付け、潮の匂いが鼻腔をつつく。皆が笑い、幸福を感じた。

気がつくと時間は風のように過ぎていた。この夏の興奮を二度と忘れないと愛花は心に誓った。


一通り遊びえた四人はビーチパラソルの日陰のもとでくつろいでいた。

「お腹すいたよな!俺ちょっと食べ物買ってくるわ!」

「あ、まって!私もいく!」

舟木と由莉奈が海の家に食べ物を買いに向かい、愛花と松風は二人きりになった。向かう途中で由莉奈が愛花に向けて頑張れ!とサインを送った。

愛花はその気遣いに困惑しながらも感謝した。ちらりと横を向くと、松風は物寂しげに海を眺めている。きれいな鼻筋、シャープな顎のライン、どこを切り取っても雑誌の表紙にできそうなほど松風の横顔は美しかった。

愛花が目を離せないでいると、突如松風が後ろに寝転がった。仰向けの状態で、少し目をつむる。

愛花も寝転がった。背中にじわりと感じる砂の熱は冷えた体にどこか気持ちよかった。目に照りつけるはずの日差しは全てパラソルが遮ってくれた。

「桃川。」

右側から聞こえてくるいつもより低い声。心臓がキュッと高鳴った。

「あの時の質問。」

あの時とはどの時だろう。

「下駄箱で言ってくれた時。自分でもわからなかった。なんで体育祭で桃川に母親のことを話したのか。」

愛花はじっと答えを待った。

「桃川だから、話したかったんだ。今まで誰にも話したことがなかったことを。」

松風の深く息を吸う音が耳元にダイレクトで響いた。

「勝手な事情で一度傷つけてごめん。」

松風の体がこちらを向いた。つられて愛花もこちらを向く。

「でもやっぱり俺は」

「ホットドッグ買ってきたぞー!」

突然視界が眩しくなり、反射的に目を閉じた。

「あれ?」

次に目を開けた時にはパラソルを持った由莉奈と大量のホットドッグを手に抱えた舟木が気まずそうにこちらを見下ろしていた。


「い、いやー!うまいな!」

「うん。美味しい。」

舟木と由莉奈が場の空気を入れ替えようと必死で大声の食リポをする。しかし、二人の額には大量の汗が垂れていた。その言葉の最後にも(汗)が入っていそうだ。

当の松風と愛花はというとこちらもなかなかばつが悪そうな表情をしている。

無言で脂の乗ったホットドッグを食し、たまにちらりとお互いの様子を確認するだけ。

「そ、そのーこれ食べ終わってあとひと泳ぎぐらいしたら海は終わろうか!なんかボーリングとか行こうぜ!」

「う、うん。そうだね。おねーちゃんたちもだよ!」

由莉奈が愛花の背中をポンと叩いた。

「俺食べ終わったから、ちょっとトイレ行ってくるわ!」

「あ、待って。じゃあ俺も。」

最後の一口を食べ終わり松風がつぶやいた。

「え?おう。わかった。」

舟木は一瞬怪訝な顔つきになったが何かを理解したような顔になる。

「行ってらっしゃーい。」

由莉奈からの送り出しと共に二人は砂の上を歩く。

お互いの間に会話はない。そして、二人は愛花と由莉奈からかなり離れた建物の裏で立ち止まった。

「あれだろ?」

「うん。」

この前の下駄箱で松風は舟木にも話があると言っていた。

「で、話したいことって?」


「おねーちゃんはさ、ずるい。」

由莉奈がホットドッグを頬張りながらいじけたように言った。

「ん?なんで?」

「なんでも。」

今度は呆れたような口調だ。

「私は、伸吾が好き。」

「ん!?」

愛花は突然の告白に思わず口の中のものが出そうになった。

「はは。気づいてなかったんだ。」

愛花はしっかり食べたものを飲み込んでからもう一度しっかり驚いた。

「ええ!?」

由莉奈の方をがっしり掴みながら愛花は距離を詰めた。

「いつから!?」

「いつからって昔からだよ。子供の時。」

「まじか!?でも、由莉奈彼氏いた時あったじゃん!」

「それは、だって。伸吾を諦めようとしてた時。」

「えー!?そうなのか!ごめん気づかなくて。」

「別にいいよ。おねーちゃんは鈍ちんだもん。ってえ?」

由莉奈の困惑の声は遠くからくる一人に向けられていた。

愛花もそちらに視線が動く。

「伸吾?」

舟木が鬼気迫る表情でこちらに歩いてくる。その踏み込みは強く、明らかにいつもと様子が違っていた。

帰ってきた舟木の眉間には深い皺が刻まれ、苛立ちが隠せていない。

「愛花、由莉奈。帰るぞ。」

乱雑に荷物を持ち、パラソルを閉じる舟木。

「いや、ちょっと待ってよ。どういうこと?」

「うん。それに松風君は?」

愛花の疑問に舟木の頬がピクっと動く。その後、こちらを睨みつけてきた。

「あいつはもういいよ。」

今まで見たことのない舟木に二人はただただ怯えていた。

「ほら、いくぞ。」

舟木が二人を引っ張る。

「わ、わかったから。引っ張らないで伸吾。」

由莉奈も少し苛立った。

そして愛花と由莉奈は舟木に引っ張られるままに帰りの道へ向かった。


「今日の伸吾なんだったんだろう?」

家に帰り、部屋着姿の由莉奈が歯磨きをしながらつぶやく。

「わかんない。何かあったんだよ多分。」

「松風先輩は?」

「おばあちゃんの調子が悪くなってタクシーで帰ったって。」

「うーん。」

由莉奈が腕を組みながら唸る。

愛花は今日できたたくさんの疑問点を日記に書き込みながらベットに入った。

しかし、そこで思い出した。

「今日、最終日だ、、、、。」

今日は15日間の周期の最終日。愛花はこの後眠りにつくと、現代に戻るのだ。

色々とくやしさを残しながらも愛花は眠りについた。

何かが変わっているかもしれない。


朝起きて、愛花は自分の体を確認した。

「うん。戻ってきたな。」

たるんだ二の腕とお腹を見る限り間違い無いだろう。

その後、例の如く自分の日記を確認したところ、まだ過去は何も変わっていなかった。

「はぁ。」

新鮮味のないため息が部屋に生まれ落ち、愛花はその場にうなだれた。

しかし、すぐにやらなければいけないことを思い出す。

愛花は海での松風との出来事を聞くために舟木に電話をかけた。

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