第三章 謎①

「殺されたんだ。」

重く、苦しいその言葉が愛花の中に色濃く残っていた。

体育祭は無事終わり、茅野とのいざこざも一応解決した。しかし、なぜだろう。

とても、晴れた気分になれない。

何も解決した気がしない。

体育倉庫裏で見た松風の今まで愛花に見せたことのない表情。

愛花は昨日の体育祭の優勝クラスはどこだったっけなんて思いながら通学路を歩いていた。

頭の中で考え事をしていると、時間の進みは速くなる。気がついた時には、校門の前に到着していた。

門を通ると昨日までの熱気は空に消え、普段通りの日常が広がっている。あれだけ人がいたはずのグラウンドには誰もいない。

愛花は下駄箱にちゃんとある上履きに履き替え、階段を登った。

一段目に足を乗せた時、愛花は先で広がっている何かを感じとった。この階段を登った先で何かが待ち構えている。微かに聞こえるざわめき声に引き寄せられ、愛花はそそくさと階段を上がる。

最後の段を登り終えると予想通りの人だかりができていた。全員が一つの何かを見ている。愛花はゆっくりと人の群れをかき分け足を進めた。

皆の目線の先に君臨しているのは一枚の紙だ。

部活の勧誘や、大学のイベントが雑に貼られている掲示板のど真ん中。一際目を引くその紙切れに愛花は吸い寄せられる。

段々とピントが合い、印刷されているフルカラーの写真が網膜に焼き付いた時にはもう遅かった。

「当事者登場ーーー!!」

「フー!」

「熱いねぇー!」

人だかりの原因は愛花にとって予想外であった。

写真に写っている男女。

肩を貸している松風とそれに甘える愛花。

体育祭での一連の出来事を切り取った号外の学校新聞のようだ。

その写真の上には大袈裟にドデカく

[学校一の有名カップル!群衆の前で堂々イチャイチャ!!]

と記されている。

学校一の有名カップルになったつもりもないし、堂々とイチャイチャしたつもりもない。

すでに周りの群衆とやらは新聞の前に立つ愛花を囲み冷やかしを始めていく。

学生時代にカップルが冷やかされるのはあるあるだよねなんて人ごとに思いただ立ち止まりながら事態の収束を待っていると、人が邪魔で見えなくなった階段からさらに事態を悪化させる人物が現れた。

「彼氏さんの登場ーー!」

混乱しながら腕を引っ張られ階段を上がってくる松風を見て、愛花は心の中で項垂れた。

松風は円の内側へ押し出され、その新聞を目にした。先ほどの愛花と同じように彼も新聞の前で固まる。

しばらくそれを眺めてから松風は愛花の方へ目線を流した。

松風の秘密を知ってからの初対面は最悪の形で行われた。

次第に指笛や拍手が巻き起こり辺りは一層騒がしくなる。

昨日の体育祭と同じだ。学校は一つの社会。少しでも流れは生まれたら、皆が順応していく。置いていかれないように。

当事者の二人を置いていく形で空気が一体になっていく。愛花は誰よりも松風の近くにいるのに、顔が見れなかった。

何も言葉を交わさず、注目の的になりながら二人は事態が収まるのを待った。

「おい!もうすぐ先生来る!教室入った方がいい!」

新たな流れを作るのに十分な声が全員の耳に届く。階段から慌てて駆け上がってきたのは舟木だ。

「やばいって!生活指導の山崎だぞ!早く戻れ!」

舟木は身振り手振りを使い、たかっていた同級生たちを分散させる。

一人が動き出すとまた一人、さらに二人、三人、五人と消えていく生徒たちは肥大化していく。結局、舟木が来て20秒もしないうちにその場にいたものたちは跡形もなく姿を消していくのだった。

もやついていた空気が一気に循環し、新鮮な風が鼻の奥を通り抜ける。

囲い込みから解放された愛花と松風そして舟木、さらに無責任な新聞のみがその場に取り残された。

「はあーん。馬鹿なやつら。いるわけねえだろ。」

ケラケラと笑い舟木はポッケに手を突っ込み新聞を見た。

「すげーな。お前ら。有名人じゃん。」

「伸吾、、、、、、。」

「はあ、どうせなら俺のかっこいい走り姿を貼ってもらいたいもんだ。」

作り笑顔の舟木の横に松風が並んだ。

すると松風は新聞に手をかけ、壁から引き剥がした。

画鋲が刺してあった四隅のみが壁に残され、下に貼ってあった大学の説明会のお知らせが日を浴びる。ビリビリと破られた大部分は松風の手中に収まり、二人のツーショットはしわくちゃになった。

「ありがとう。舟木君。」

そう一言言って松風は自分の教室へ帰っていった。

新聞は握りしめられながら松風と共に進んでいく。

「お、おう。」

舟木が声を出したのは既に松風が教室に入った後のことだった。

「何?喧嘩中?」

滅多に見せない困り眉で舟木は愛花に聞いてくる。

「わ、わかんない。」


その日の帰りに愛花はなんとか松風といつも通り帰る約束を取り付け、できるだけ普段のトーンで会話を広げた。

しかし、こんな時に普段の会話があまり思い出せず愛花の会話はあからさまに空回りしていた。

そして愛花の努力虚しく松風の様子は朝の時から変わっていない。

「そ、それでね!」

「あのさ」

とてつもなくどうでもいい1人話をついに松風は遮った。

「ん?あ、ごめん喋りすぎだよね!」

「いや、そうじゃなくて。」

愛花は普段の5倍ぐらいの口数だったので異様に喉が渇いていた。

「舟木君のこと、どう思ってる?」

一瞬の静寂。

「へ?」

重苦しい口から出てきた予想外すぎる質問に愛花は腑抜けた声が飛び出てしまう。

「えーと、うん?え?どういう?」

用意していた話のネタは全て吹っ飛び、普段の語彙力のなさがどんどんと姿を表していく。笑みを見せない松風からの圧が愛花に全て降りかかった。

頭の中で出てきたことを整理もせず、言葉にする。

「伸吾は、、、、本当に大事な友達かな。」

松風の表情は変わらない。一体なぜいまこのタイミングでその質問をしたのか愛花には全く真意がわからなかった。

「ふーん。」

聞いたくせにかなりそっけない反応。

「やっぱ女子って金持ちの男が良かったりすんの?」

またもやよくわからない質問。なんというか今の松風からはいつものような柔らかさが感じない。どこかトゲトゲしい。やはり、母親のことを聞いてしまったからかな?

愛花は過去を改ざんする前だったら体育祭後はラブラブだったのにななんてすこし残念がった。

「いや、それは人それぞれだよ。私は少なくともお金で人は選ばない。」

「そっか。」

先ほどから松風の表情筋が全くと言っていいほど動いていない。ずっと浮かない顔だ。

愛花の精一杯の答えも正解なのか不正解なのか判断できなかった。

「あの」

「ごめん。今日はここで帰らせて。」

愛花の中で謎を最大限に大きくさせて松風は無責任にも帰ってしまった。

今日は取り残されることが多い。


そして、その日以降松風のガードは硬くなり何もできないまま愛花は現代へと戻ってしまうのだった。


朝起きて一番に愛花は日記を開いた。

案の定、過去は何も変わっていない。

と、思ったのだがある日を境に日記の内容は大幅に変わっていた。悪い方向に。

まず松風の失踪、橋村の火傷、白骨遺体には何一つ変化がない。今回のタイムスリップで解決したのは主に茅野の問題なのだ。そりゃ、過去が変わるわけもない。

ただ、問題は夏休み中に起きた出来事にあった。

夏休み中盤には一大イベントがあるのだ。

それは松風の誕生日。以前の過去だと体育祭後からさらに愛を深めた2人は最高に楽しい誕生日会を行ったと記されていた。

しかし、今の日記には書かれていた。

松風の誕生日会で愛花は別れを告げられると。

危惧していたことが起こってしまったことを知り、冷や汗がただただ垂れる。

体育祭で母親のことを聞いた後から、関係が修復することはなかった。悪化していく一方。

愛花は一度、大きなため息を吐いたのち両頬をパチンと叩いた。

これは変えられる過去だ。凹んでる暇なんて自分にはない。

そして、まず愛花はホームボタンがないスマホで電話帳を開いた。陸治の名前を見つけタップをする。3回の呼びベルがなってから陸治は電話に応答した。

「もしもし。桃川か?」

「うん。」

「今、大丈夫?」

「お、おう。返事だよな?」

まず、過去に行っている間に自分がまだ返事をしていないことに安堵した。

「うん。」

愛花には強い意志があった。手段を選んでいる暇はない。

「協力させてください。私は、松風君の真実が知りたい。」

「おっけ。じゃあ今すぐ会社に来てくれ。」


そこからの展開は早かった。

相変わらず大袈裟な本社ビルに入った愛花はまたもやあの最上階へ。そして、向かい合った陸治の前で契約書にじっくりと目を通してサインをした。

「さっそくだけど、桃川の知ってる情報を教えてくれる?」

「先に、陸治くんの方から教えてほしい。」

「まあいいけど。聞いたらすぐ逃げるなんてことしないでね?もしそうなったら」

「しないよ。その防止のための契約書でしょ?」

「まあそうだね。」

「あと、私の情報の信憑性は低いはずだよね?そんなものにお金を使って大丈夫なの?」

「そこら辺は大丈夫だよ。日本人ってのは考察好きなんだ。信憑性が低くても新たな情報というのはPV数が稼げる。それに、その情報が間違ってるってわかったら削除すればいいだけだし。」

「そういうもんなんだ。」

「俺は桃川を信頼してるんだよ?でっちあげた情報を渡して金をもらおうとしているとは考えたくないな。」

「もちろん、そのつもりはない。」

昨日まで接していた陸治とあまりに違うこの雰囲気はやはり慣れない。陸治の顔はビジネスマンそのものだ。

「じゃあ、俺からね。」

陸治は一拍置いてから言った。

「白骨遺体が埋められたのは2013年の春。つまり、俺たちが高校2年生から3年生に上がるタイミングだ。」

「、、、、。」

何も、反応することはできなかった

「なんで、報道されてもないことがわかるの?」

「うちには警察からも垂れ込みが来る。欲に生きる人間からね。」

「、、、、、。」

「じゃあ、桃川の知っていることは?」

頭の情報処理が追いついていないことなどお構いなしに陸治は愛花は畳み掛ける。

「えーっとね。」

一度肺に空気を巡らせた。

「松風君の母親は死んでいる。彼が高一の時に。」

殺されたということはあえて伏せた。

まだ、あまり信じれていないというのもあるのかもしれない。

「ふーん。それでおしまい?」

「うん。そうだ、、よ。」

見透かすような目に一瞬気圧されたが、愛花はなんとか堪えた。

「そっか。ありがとう。参考にしてみるよ。」

陸治はそう言って笑う。

しかし、学生時代のような純粋さはないように思えた。


愛花が次に過去に戻ると思われるのはこれから15日後でそれは奇しくも期末テスト最終日だった。そしてその後、夏休みを挟んで勝負の日、文化祭。

愛花のタイムリミットはあと約2ヶ月半。

それまでに真実を全て明らかにする。

問題を全て解決する。


愛花はとりあえず目先の問題である期末試験最終日に備えるために帰り道の本屋で参考書を買い、ざっと目を通した。


そして、愛花はまた高校生になるのだった。

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