第一章 白骨遺体⑤

2人の間には葬式のような空気が流れていた。

いつもそうだ。愛花の周りには舟木や由莉奈のようなマシンガントークをしてくるものしかいないのでたいてい受け身になってしまう。

自分が話すターンになっても用意していたネタがなくなると一瞬にしてお通夜にしてしまうのだ。

そして今、自分の引き出しの中身は空っぽ。

愛花にとって会話の話題は突如舞い降りてくるものではない。事前の入念な下準備を怠ったことが結果として出ていた。

しかし、自分から話しかけたのでここはトークを回さないといけないなと思い頭の中から話題を絞り出す。でも、彼との共通の話題は松風しか思いつかなかった。

「未凪君も、松風君の現在を知るためにここにきたの?」

「うん。でも、やっぱ誰も知らなかった。そもそもみんなあいつのことなんかもう興味なかったし。残酷だよな。一大ブームを巻き起こしたトレンドも一年後には誰も覚えてない。結局、人なんてそんなもんだ。」

「そ、そんなことないよ!少なくとも私は松風君のこと気にかけてたし!」

すかさず否定する愛花の姿は未凪にとって滑稽に見えた。

「本当に?この前出た白骨遺体。あんなことがなけりゃ桃川も松風のことなんて思い出さなかっただろ?」

薄っぺらいフォローを未凪にすぐさま見破られ愛花は汗腺から冷たい水が噴き出るのを感じた。

図星を突かれた愛花にとって未凪の目は全身をじわじわと縛り付ける鎖のようだった。

その焦り顔をじーっと見つめていた未凪はフッと意味深な笑みを浮かべ一階の出口に向かうエレベーターへ向かっていく。

その場に置いて行かれた愛花の全身の筋肉は凝り固まっていた。緩んでいく鎖と共に呼吸も深く落ち着いていく。

愛花はエレベーターを待っている未凪の背中を見つめることしかできなかった。

今いる階の数字に光が灯ると扉がゆっくりと開いた。未凪が足を踏み入れる瞬間。

「ヤッベ!遅れた遅れた!うわっ!」

遅刻した様子の男が勢いよく中から飛び出してきて未凪とぶつかったのだ。

未凪は勢いよく尻餅をつき扉前に転げ落ちた。

未凪もその男もまさか目の前に人がいるとは思っていなかったのだろう。

その時、転げ落ちた彼のポケットから一つの手帳が落ちたのを愛花は見逃さなかった。

閉じておくフックが外れ、中のページが開く。

その手帳には沢山の付箋が貼ってありかなり使い古した様子だ。

未凪とぶつかった男は大丈夫ですか!と手を差し伸べる。未凪は声は発さないもの頭を縦に振りその男の手を取り立ち上がった。

男は未凪が大丈夫なことを確認すると、腕時計をチェックし足早に会場へ赴いた。

愛花は自分のスーツをはたいている未凪に駆け寄り落下した手帳を拾う。

未凪に渡す寸前、愛花は手帳の中身を少し見てしまった。

すかさず未凪が愛花の手から手帳を奪い取りまるで見られたくないもののようにまたポッケにしまう。

この階に停まっていたはずのエレベーターはまた一階へ戻ってしまっていた。

行き場を無くした未凪は目を泳がせる。

「未凪君、、、。すごいね。」

「は?」

愛花の言葉は心の底から出たものだった。でも、未凪はそんなものは予想していなくて反射的に声が出てしまった。

愛花が未凪の四角く膨らんだポッケを指差す。

「それ、何年かかって集めたの?」

未凪は指を刺されたところに手を触れる。

その手帳には松風の写真や謎が沢山に描かれていた。愛花がチラッと見たページだけでも文字が窮屈そうに並んでいた。そして、複数の箇所に赤線やハテナマークが付いている。

「10年。松風が居なくなってから今日まで。」

「なんで、そこまでして。」

それは純粋な疑問だった。家族でもない人間にそこまでするのか。愛花はもし自分の学生時代の親友の現在が分からなくてもそこまでのことをできる自信はなかった。

「きもいよな。10年間、1人の男を調べ上げるなんて。それでなんの成果も得られてない。」

未凪はそこに座り込む。手帳をポッケから出しパラパラとめくる。

愛花は何も話せないでいた。

「あいつは、ひとりぼっちだった俺に居場所をくれたんだ。あいつが机で突っ伏している俺に声をかけてくれなかったら俺の世界はまだ真っ黒だった。」

未凪が開いているページにはこれまで聞き込みをしてきた人の証言が沢山書かれていた。

しかし、その文に赤で書き加えられいることはハテナマークばかり。ところどころ紙もくしゃくしゃになっていた。

「松風は、俺にとって恩人なんだ。俺の救世主なんだ。だから逢いたい。何があったのか聞きたい。」

未凪はうなだれる。目に涙を浮かべて。

「俺は、気づいていた。松風が何かを抱えていることに。でも、何もしてやれなかった。松風からもらったものは沢山あるのに、俺は何も返してやれなかった。」

松風は1人でいる人間を放っておけないタイプだった。常に他人のことを考えていて自分を勘定に入れない。そんな性格に愛花も、未凪も沢山救われていたのだ。

でも、未凪は愛花よりよっぽどすごい。

愛花は松風が何かを抱えていることすら気づいていなかったのだから。何も気にかけず今地位に満足し、彼のことを気にかけられなかった。だから捨てられたのかもしれない。

自分の不甲斐なさを愛花は呪った。

何より松風が何か抱えていることをこの場で初めて聞いたことが悔しかった。自分に苛立った。

歯を食いしばり、手を握り締める愛花に未凪は腫れた顔を向ける。

「桃川、協力してくれないか?」

未凪は立ち上がり愛花の手を取る。

彼の眼に映る愛花の姿は化粧崩れしていて戸惑いと悲しみが交錯していた。

「俺と一緒に、松風を探してくれ。」

真っ直ぐな瞳を向けられた愛花はこくりと頷いた。


未凪は改めて手帳の中身を愛花に見せた。

そこには松風のことが赤裸々に書かれておりさらに松風のことを知っている人間のインタビューもある。ぱっと見、その内容は松風悠一オフィシャルファンブックのようだ。これを見れば松風のことが大体わかる。

でも、やはり肝心なことは何一つ掴めていないようだった。失踪した理由。現在の居場所。

そして巻末のページには今回の白骨遺体の新聞の切り抜きがあった。愛花は自分と同じ考えをしていた人間がいることに感動したと同時に自分とは格の違いすぎる行動力の未凪に感服した。

そしてその手帳を読み込んでいるといつの間にか会場内から人が溢れ出てくる。

しまったと2人は思った。読み込むことに熱中しすぎて時間の経過に気づかなかった。

顔が真っ赤な人や陽気に歌を歌っている人もいる。

同窓会はお開きになっていた。

「二次会行く人ー!」

迫りくる群れに2人は急いで立ち上がりその軌道から避けようとした。

しかし、愛花はポカポカしている舟木に捕まった。

「お前、どこいたんだよ〜。探したぞ!この!」

肩を組まれ頭をぐりぐりされる。飲酒をしていることは明らかなので結局電車で帰る以外選択肢なかったなとと愛花は思った。

そして舟木は愛花の隣にいる未凪に目を向ける。

「お?何?ナンパ〜?」

酒臭い舟木は愛花から離れ未凪に詰め寄る。

未凪は明らかに苦手なタイプに後ずさる。

「お前なぁ、俺のきょかなしにぃ、愛花とつきあうんじゃねーよ。愛花ほしけりやー、おれうぉとおしてからなぁ。」

よろけながら未凪の胸を指でこずく舟木を愛花は止める。ただでさえでかい体の舟木を愛花が受け止めるのはかなり力がいる。

「ちょっと飲み過ぎだよ。」

「のぉみすぎ?まだまだぁ!」

愛花はため息をつきながらこいつを放っておくと何か起こすに違いないと舟木を送る決心をする。

舟木は少々酒癖が悪いのだ。

未凪は事情を察し、詳しいことはまた今度と引き下がってくれた。未凪は名刺を渡してくれたが愛花は名刺なんて持っていないので電話番号を口頭で伝えて連絡先を交換した。

二次会に行きたがる舟木を同級生集団から引き剥がしなんとか落ち着かせた。

舟木を肩に乗せながら電話帳に「未凪くん」と登録し、未凪と愛花は別れた。

 

ホテルから出ると、外は随分と暗くなっていて綺麗で青白い半月が夜空に輝いていた。

街は眠る気配がなく、キラキラと光が照りつける。

キャッチやビラ配りする地下アイドル。こんなにさまざまな人間を久しぶりに見た愛花はどこか異世界にでもきてしまったのかとも思った。

それとも、今まで自分がいたところが異世界なのではないか。自分だけが外の世界から乖離していたのではないか。10年間1人の男を追い続けた人間を見た後だと自分がどれだけ怠惰な日常を送っていたのかを痛感した。


愛花は運転免許を持っていないので舟木の車は駐車場に置きっぱなしにし、私鉄で2人は帰った。

電車内でも愛花はずっと松風と未凪のことを考えていた。肩に寄りかかる舟木に何度か集中力を削がれたが。未凪からの名刺をもう一度見て、丁寧に財布にしまった。

電車からおり最寄駅に着いた頃には舟木の意識は少し回復していた。そして、愛花の耳元で囁いた。

「ラーメンが食べてえ。」

その言葉と同時に愛花のお腹がなる。なんとか今まで誤魔化していたが舟木の一言によりお腹は空腹に気がついたようだ。

陽気な鼻歌を唄う舟木を横目に愛花はまたため息をつく。時刻は12時を回っていた。

そして2人は小さい頃から行きつけのラーメン屋に入った。中に入ると頭にバンダナを巻き、無精髭を生やした陽気な店長が2人に気づく。

「おお!おはようさん!何食ってく?」

この人もまた光属性の人間だ。

店長が話すだけでこの空間は一色に塗り替えられ活気が湧く。

愛花は基本家から出ないがたまに外出する。その理由の大体はこの店の味に恋しくなるからだ。

舟木は親指をグッと立て、みそを頼んだ。

愛花は暴飲暴食をしたい気分だったので特製ラーメン硬め濃いめ多めプラス餃子を頼んだ。

舟木は常設してあるお冷を2つのコップに注ぎ、片方を愛花に渡す。コップに注がれている水はちょくちょくはみ出しているのだが。

「でもよぉ、愛花あーいうタイプが好きなんだっけ?」

普通に話しているつもりだろうがまだところどころ呂律が回ってない。

周りの客は大体一人でワイシャツを腕まくりし、無心にラーメンを啜っている。

「だから、そーいうんじゃないって。」

「嘘つけぇ。仲よさそぉにしてぇたじゃん。」

肩を組んでくる舟木の口からは酒の匂いが漂ってくる。一刻も早いラーメンの到着を願っている愛花は軽く舟木をあしらう。

愛花の願いが通じたのか二つのラーメンが机に届くも、舟木は疲れ果ててほぼ寝ている状態だった。

店長が舟木のおでこを軽く叩き意識を取り戻した舟木は一心不乱にラーメンにありついた。

愛花もその様子を見てから蓮華でスープを掬う。

口いっぱいに広がる油とニンニクに体は理性を保てなくなっていた。

舟木の前なのでいまさら女子を見せる必要もない。

割り箸を割ってからは本能に従った。


気がつけば隣の舟木はスープのみ残ったラーメンを前にして意識がとだえていた。

そして愛花の前にはスープも綺麗に飲み干した器と餃子のなっていた皿。さらに無料で盛り付けられるご飯茶碗も並んでいた。

愛花の体には高揚感と満足感が支配しており後悔など微塵もなかった。

酒臭い男とニンニク臭い女は店を出て帰路につきそのまま倒れるように眠った。






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