第一章 白骨遺体④
叩かれた肩の方向に振り向いたらそこにいたのは舟木や松風とは違うタイプのイケメンだった。
短髪で塩顔、身長はさほど高くないが顔が小さいのでスタイルが悪い印象は受けない。
こちらに向けてくるにこやかな笑顔は自分を覚えてないかと愛花に伝えていた。
残念ながら愛花は彼のことを覚えていない。
そもそも、彼は本当に愛花のことを覚えているのか、あちらが人違いをしているのではないかと思った。
「やっほ!桃川久しぶり!」
自分の苗字がその口から聞こえたことで人違いではないことが判明し、自分だけが彼を覚えていないことに申し訳なさを感じた。
愛花はなるべく相手を傷つけないように下手に話す。
「あのー、どちら様でしょうか?」
彼の顔の笑みは崩れていないので気分を害することは避けれたのだなと感じた。
そして、その男は笑いながら自らの体に指を刺す。
「俺だよ!
そのひょうきんなリアクションを見ながら愛花はどこかで聞いた名前だと思った。
そしてその名前の正体を見つけるのに3秒ほど時間を要した。
先程、舟木の車内で聞いた苗字が陸治だ。
その時はピンと来なかったが高校時代の思い出話を話していくうちに彼のことは思い出した。
クラスのムードメーカーでイケメンというよりは面白担当の人物だ。見た目もぽっちゃりして、七福神にいても違和感のないような男だった。
頭の中の記憶と今、目の前に立っている男性の姿を照らし合わせても全くもって似つかない。
愛花は同じ苗字の人かなとも思ったがその優しい笑顔から面影が感じられ高校時代のクラスメイト、陸治泰昌なのだと確信した。
「り、陸治君?何があったの!」
少し声が裏返るほどの衝撃だ。
舟木からの話で起業し社長になったことは聞いていたがこんな塩顔イケメンになっているとは。
「なんもねぇよ!ちょっと痩せただけ!お前はー、そうだな。老けたな。」
話し方や纏う空気感で段々と高校時代の陸治の記憶が鮮明になっていく。デリカシーのなさも健在のようだ。
特に美容に気を遣っていないので愛花にキレる資格はないのだが面と向かって言われるとやはりかなりくるものがある。
「う、うん。そうだね。」
愛花が陸治との間に見えない薄い壁を作ったところで、舟木が会話に参戦してくる。
陸治と2人だと会話が弾まないので愛花は助かったと心の中で思った。
「おー!どこぞのイケメンかと思えば陸治じゃん!」
「おお!伸吾、久しぶり!社長に色々聞きたいことがあるんだよ〜。」
2人は再会早々ハイタッチを交わしナチュラルに会話に入る。お互い高校時代から仲が良く連絡はちょくちょくとっているらしい。
でも、面と向かって会うのはとても久しぶりっぽい。
愛花は彼らのコミュ力に圧倒され一瞬で蚊帳の外に弾き出されたことを自覚する。
「社長友達ができてよかったよ!俺は高校時代からお前はビッグになる気がしてたんだよー!」
舟木は口を大きく開けながら陸自の背中を叩く。
その言葉に陸治はえへへと誇らしげに笑い返す。
愛花はこの場に負の感情は存在しないのかと思い、自分は一生かかってもこの境地には辿り着けないのだと痛感した。
愛花は昔からなんでも理由をつけて逃げ、ひねくれた考えを持つ自分を嫌っているのだ。
松風に告白したのは元々好きだったこともあるが、そんな自分を少しでも変えたいと思ったからだ。
振られてもいい経験になるだろうと。
だから告白を承諾されたときは舞い上がったし、世界が今までとは比べ物にならないくらい明るくなった。生まれ変わった自分を好きになれた。
まあ、松風が失踪してからは全てが元に戻ったのだけれど。
「ああそうだ。なぁ、松風が今何してるかとか知ってる?」
舟木が陸治に投げかけたその質問は純粋に自分が気になっていることもあるが、会話から離脱してしまった愛花を引き戻す思惑もあった。
でも、愛花と舟木が期待している答えは案の定出てこなかった。
「あー、やっぱその話題かー。そんなの、俺が聞きたいよ!俺、結構松風と仲良い方だったんだけどなぁ。まじで、どこで何してるんだろうね。元気だといいな。」
「やっぱ陸治でもわかんないか。ごめんありがと。残念だったな、愛花。」
「ああ、いや、うん。」
やはり松風の安否を知る者はいないようだ。
陸治はその後、新米社長としてベテラン社長の舟木に辛いこと楽しいこと気をつけなければならないことを和気藹々と話し始め、愛花はとうとう居づらくなりお手洗いへ向かった。
誰も彼の居場所を知らない。生きているか死んでいるかも。
愛花は先程の陸治の言葉を思い出す。
『元気だといいな。』その通りだ。
どこか遠くの国で幸せな家庭を築いてくれていればそれでいい。隣にいるのが自分でなくとも。
それとも、自分磨きのために山奥で何かの修行でもしているのかな。髭を生やして高校時代の印象とは真逆のワイルドなマッチョになっているかもしれない。
トイレの個室で元カレの現在の様子を妄想する痛い女は少し長居しすぎてしまったなと自分だけの世界から出る。
女子トイレから出るとなかなか向こうが騒がしくなってきた。旧友が集まって感動の再会をしているのだろう。アルコールも回りみんなますます陽気に気持ちよくなっているのだと愛花は推察する。
人混みが得意な方では決してないので戻りたくないなと思っていたら会場の入り口のすぐそばに人影を見つける。
近くによるとその人影は男性だとわかり何かを考え込んでいる様子だ。
壁にもたれかかり少し憔悴した様子の彼に愛花は親近感を覚え、声をかけた。
「中に、入らないんですか?」
長い前髪で表情があまり読み取れないその男は愛花に気づくと少し驚いた様子だ。
「お、ああうん。俺、あんまこういう場所好きじゃないんだよね。」
彼は頭をポリポリと掻く。
隣に寄りかかり愛花は少し笑う。
「私もです。なんか、自分だけ取り残されてる気がして。」
普段男性に自ら話しかけることなんてないのだが彼は見た目は違えど自分を見ているかのようで愛花の体は勝手に動いていた。
それに、何か懐かしいものを感じたのだ。
その正体が何なのか、愛花にはわからない。
「あのー、お名前教えてもらっていいですか?」
前髪に隠れている瞳や表情を見ようと前屈みになって彼に聞く。
彼はその前髪を揺らす。
「
「桃川愛花です。あのー、」
愛花はまたもやどこかで聞いたことのある名前と遭遇した。ただ、肝心の名前の正体が分からない。
愛花は自分の記憶力のなさと人徳のなさを呪いたいと思った。
しかし当の本人は彼女のことを鮮明に覚えていた。未凪は聞こえた名前と今の姿を比較して、学生時代の真面目で清楚な面影を残したまま垢抜け、綺麗になった愛花に思わず見惚れてしまっていた。それが世を偲ぶ仮の姿だとは知らずに。
未凪がなぜ、愛花の名前を覚えているのか、それは彼が松風悠一の親友だったからだ。
松風が突如失踪する前の半年間、彼の隣で楽しそうに笑っていた愛花のことを未凪はこれまで忘れはしなかった。
未凪はすかさず愛花の両方を掴み顔を近づける。
「も、桃川さん!松風の、彼女だった人だよね?」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気から一変した未凪に愛花は固まってしまい、異性からのボディタッチにも反応できなかった。
なんとか思考を巡らせ意識を目の前の彼に集中させる。
「は、はい。そうですけど、、、。」
愛花の怯えた反応を見て未凪は今、自分が何をしているかを認識した。
思わずハッと肩から手を離し、呼吸を整える。
「あ、ごめん。高校時代の松風の彼女だよね?」
「は、はい。そうでした。」
返答に安堵した様子の未凪はさらに話を続ける。
「俺、松風と結構高校時代仲良くて。」
そこまできて愛花はやっと目の前にある彼が松風の親友であったことを思い出した。
松風が愛花と一緒に帰らなかった日は大体未凪との先約があったのだ。友達の友達的な関係だったが顔と名前ぐらいは覚えていた。
高校時代の眠っている記憶を掘り起こしていた愛花は再び未凪の話に集中する。
「覚えてない?何回か話したと思うんだけど。」
「ああ、うん。覚えてるよ。」
愛花は彼なら現在の松風を知っているかもしれないと思い会話のターンが自分に回ってきたら質問しようと決めた。
「松風の居場所知らない?」
ふと耳に入ったその言葉に愛花は自分の心の声が漏れてしまったのではないかと思った。
しかし、それは間違っていたとすぐさま気づく。
言葉の主は未凪だった。
「え?いや、その、、。」
思わずどもる愛花を未凪はじーっと見つめる。
ゆっくり落ち着いて彼女のタイミングで口を開くのを待つ。
愛花は彼も自分と同じ立場であることを理解し、動揺と失望を隠せなかった。
そして心が静まったところで未凪に返答する。
「ごめんなさい。私も、知らないの。しかもそれを今から未凪君に聞こうと思ってた。」
ゆっくり待っていても望んだ回答を得られなかった未凪もまた失望していた。
突如現れた希望の光はまた突如姿を消したのだ。
会場から聞こえる喧騒の声だけが大きくなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます