第一章 白骨遺体③
4月30日の同窓会当日。久々の外出予定に胸中では気だるさと高揚が入り乱れていた。
会場までは舟木が車で一緒に送ってくれることになっていたので現在、家の中で舟木の車の到着を待っている。待ち合わせ時間は16時半。
16時25分を時計が差していることに気づき愛花の胸中には焦りが加わった。
人前に出ても恥ずかしくないように数日前から服装やメイク、髪型のプランを立てて準備をしていたのだが昨晩、テレビゲームを切り上げるのに早朝5時までかかり今日、大寝坊をかましたのだ。
起きた瞬間、1545という数字が瞳に映った時の血の気が引いていく感覚は今でも忘れられない。
古い友人とまた再会するので少しでも見栄を張りたいと、限られた時間で最大限の努力を尽くした。
むくみ取りのローラーをしながらヘアアイロンもこなそうとして少し火傷した時は猫の手も借りたいと心の底から思った。
不幸中の幸いだったのは親が仕事に出ていて由莉奈も友達の家に遊びに行っていたのでこの滑稽な姿を誰も見られずに済んだことだ。
なんとかメイクと着替えを間に合わせたのと同時に家のインターホンがなった。
愛花が荷物を持ち、ドアを開けるとそこにた舟木は一国の王子様と見間違えるほどのピシッと服装を決めてきていた。
黒のベストに藍色のタキシードがとても似合う。
ワンポイントのネクタイピンまでもが彼から溢れ出る明るいオーラによって輝いて見えた。
そんな舟木はドアが開いて出てきたその女性を見てくる家を間違えたかのような感覚に襲われる。
いつものボサボサの髪は綺麗にアイロンがけがされていて清純派女優のように美しかった。
脱力しきっていた目はカラーコンタクトによってぱっちりした印象を持たせ、ピンクを基調としたドレスは体全体にいい女オーラがまとわせている。
お互い普段とイメージが違う姿を見て思わず吹き出す。
「ぶっ、ははははは!伸吾、バチバチに決めてんじゃん!何?結婚相手でも探しに行こうとしてる?」
「特大ブーメランだろ!いつもみたいな感じで来いよ!惚れるだろうが!」
見た目は違えど2人の間に流れる空気はいつもとなんら変わりなかった。
舟木の後ろにある赤いポルシェはまさに彼を象徴しているかのように目立つ。
愛花は何度か乗せてもらったことがあるが性に合わずあまり落ち着かなかった。
やはり自分は根っからの庶民だと実感したのはその時だ。
それは今回も例外ではなくやはりソワソワしてしまう。華麗な服装をすればしっくりくるのかなと思ったのだがどれだけ外面を整えても根本は変わらないのだと愛花は心の中でため息をついたのだった。
まだ日が落ちていない街を真っ赤なポルシェが颯爽と走り抜けていく。
久々に出た外の景色を眺めていくうちにポルシェは都会に入っていた。
流れる景色も喫茶店や一軒家からいつのまにか高層ビルや大手企業の本社、スマホをいじりながら歩く人々へと変わっていた。
数年前から来ていない馴染みのなさすぎる世界に見惚れていたら舟木が片手をハンドルに置きながら話しかけてくる。
「どーせ、松風のことが気になるんだろ。」
目を丸くしていた愛花は聞こえてきたその声への反応が少し遅れた。
「ま、まあね。なんか分かることあるかなって。」
「今更あったところでどうすんだよ?よりを戻してくださいって頼むのか?」
呆れた声を発する舟木に愛花は慌てて否定する。
「そ、そんなわけないじゃん!」
予想より感情的になった愛花に少し驚き慌ててフォローする。
「そんなおこんなって。まああれだろ?生存確認したいんだろ。」
「まあ、そんな感じ。」
愛花の曖昧な答えは舟木の心を少しざらつかせた。
真っ直ぐになった口角をもう一度上げテンションを戻す。
「でもどうだ?来るかなー松風。」
舟木が目線を右側に移すと愛花は外の景色を見ていて表情が読み取れない。
そっとしておいた方がいいと思い目線を正面へ戻すと今度はあちらから声がかかった。
「でも、今消息不明なら招待状も出せないよね。やっぱ来ないのかな。」
愛花の小さなため息は舟木の鼓膜を少し揺らした。
思わず自分もため息をつきそうになるのを我慢して舟木は口を開く。
「まあ気にすんなって!松風いなくても仲良い同級生に会えるだけで楽しいだろ!」
その明るい言葉を舟木は励ましたつもりで言ったが火に油を注いでしまったかと思い慌てて更に会話続けようとした。
しかし、それは杞憂に終わった。
「そうだね。たしかに!」
愛花のその声が無理にテンションを上げていることぐらい幼なじみにはお見通しである。
でも、舟木はそれを指摘しなかった。
肝心の愛花は松風の存在も気になったがそれと同じぐらいこの前の母校で発見された白骨遺体が妙に気になっているのだ。
そんなことを知らない舟木は静寂が訪れてしまったので話題を変えた。
「あ!思い出した!同じクラスだった陸治覚えてる?
「うーんなんとなく。」
「あいつさ、起業して今社長なんだって!すごくね!」
日本経済を支える大企業の社長がそれを言うと少し嫌味に聞こえなくもないが愛花は舟木がそんなことを言うやつではないとわかっているのでそのままの意味で受け取る。
それから2人は懐かしい話に花を咲かせているとあっという間に同窓会の会場に着いた。
予定していたよりも少し早く、2人は余裕を持って車を降りる。
同窓会の会場はホテルの宴会場であった。
そこに入ると今まで自分がいた世界とは程遠いまるでシンデレラに出てくる舞踏会会場のような空間が広がっていた。
大きな会場に白いテーブルクロスが敷かれた丸机が等間隔に置いてある。
天井には大きなシャンデリアが吊るされていて場内を煌びやかに演出している。
会場全体から上品な雰囲気が漂っており愛花は自分がものすごく場違いなのではないかと心配してしまう。
普段引きこもっている愛花は目眩を覚えた。
伸吾は会場に着くや否や性別問わず沢山の人に話しかけられて一人一人に愛想良く対応している。
舟木は普段関わっていると何も感じないがこういう場やメディア露出しているところを見ると自分とは住む世界が全く違うのだろうと思い知らされる。
すでに人はたくさんいるが愛花から見るとぱっと見誰が誰だかわからない。皆の見た目が変わっているのもあるがそもそも友達が多い方ではない愛花は元々覚えている人も少なかった。
松風がいなくなってからというもの更に人と関わることは減っていき高校にはなんの未練も無くなっていた。
流石に松風は見ればわかると思い、まず会場内を一周するがそれらしき者は見当たらない。まあ元々期待していないが。まだ来ていない可能性も捨てきれないがもう諦めモードに入り早々に家に帰ろうとした。
舟木にはまだまだ会わなければいけない人がたくさんいそうなので帰りは電車だなと愛花は思いPASMOの残高がいくら残っているのかを思い出そうとしていると後ろから肩をポンポンと叩かれた。
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