第八話「決闘」
この世界『ヘクサゴーノン』では六の勢力が戦争を繰り広げているが、全ての戦力が均一という訳ではない。
現状最強は神の国『ゴッデス』だ。
神族という種族で形成された『ゴッデス』は全ての個体が生殖能力を持たない代わりに不老不死。戦闘能力も高く物資も無限に生み出せるというチートっぷり。
それぞれが司る「権能」を持っており、火の神なら火を自在に操ることが出来る。
そしてその『ゴッデス』と戦っているのが、魔王が率いる『デモニア』だ。
魔物は魔族と呼ばれる多種多様な種族の集まる勢力で、戦闘力だけでいうなら『ゴッデス』と同等だ。
こちらは物資が有限だが神族より数が多い。その差異を利用して拮抗した戦争を続けている。
一方残りの四勢力の内、人族『グロリア』を除いた奴らは休戦中だ。
つい一か月ほど前に人族が魔王に叩き潰されて滅亡の危機に陥ったのを見て、三つ巴で終わりが見えなかった戦争を一時停戦しているらしい。
エルフの国『エルフェイム』は遠距離から連射できる魔道具を駆使する『ドワーフ連合』を苦手としていて、『ドワーフ連合』は魔道具の有効射程を一瞬で詰めて来る『ビースター』を不得意としている。
そして『ビースター』は魔法陣で罠を張って遠距離戦に徹底する『エルフェイム』と不得意としている、という具合に勢力図が拮抗しているのだ。
いずれかの勢力が新たな戦略を生み出したら盤面が動くのだろうが、そう易々と開発されるようなものでもない。
なので今の所は『ゴッデス』と『デモニア』の戦争が終結するのを待っているような状態だ。
だからこそ、そこに付け入るスキが生まれる訳だ。
「という訳だから、戦争を仕掛けよう」
人差し指を立て、ニヤニヤと笑う。不敵に、自信ありげに、確かな勝算があるかのように。
「はあっ!?」
「ほう? どういう意味かね?」
そんな様子を見てスノウはテーブルを叩いて立ち上がり、ラオウは再び腕を組んで興味深そうに俺を見詰めてきた。
肉食獣特有の細められた瞳に見られただけで肝が冷える想いだが、ここで怯む訳にはいかない。
攻めるならここだ。
旅路の馬車内でスノウに召喚してもらった異世界のアイテムを懐から取り出す。
右手にずっしりと感じる現実感の無い重み。
映画でしか見たことが無い代物だが、触れたグリップの冷たさが現実感を与えて来る。
生き物を殺傷する為だけに生まれた兵器。日本以外の国では携帯すら許されている凶器。
真っ直ぐと斜め上に突き出すと、そのフォルムは不思議とリアリティが増して見えた。
グロック19。地球上でかなり有名な拳銃だ。
「なるほど、その魔道具を売りつけようという心持かね? しかし我々に魔道具は――」
「――使えない。もちろん知っているさ。だがこいつを使用するのに魔力は必要ない」
ゆっくりとソファーから立ち上がり、開け放たれたままの窓へと近づく。
窓の外には城下町。赤色煉瓦で彩られた街並みは鮮やかで、多くの獣人立ちが所狭しと動き回っている。
ここからでも聞こえる程活気に溢れていて、子ども達が遊んでいる姿を見ると微笑ましさを感じた。
良い国だな。こんな状況でも無ければ観光してみたいところだ。
なんて考えながら、再度懐から取り出した林檎のような果物を取り出し、豪華な装飾を施された窓枠にそっと置いた。
ソファーに戻ってどかりと座り込むとグロック19の銃口を林檎のほうに向ける。
「こうして、こうだ」
思いのほか軽い引き金を引く。簡素な破裂音、跳ねあがる右腕。果物の欠片が飛散し、甘い香りと硝煙の香りが風に乗って漂って来た。
道中で試し撃ちはしていたが、やっぱり破壊力は折り紙付きだ。さすが人気モデルの拳銃。いや他の拳銃何て触った事も無いけど。
「……魔法には見えなかったが、何をしたのかね?」
「鉛弾を飛ばせる武器だよ。有効射程は最長二キロメートルで、子どもでも老人でも簡単に扱える」
「なるほど。それが真実であれば、確かにその武器を手に入れれば我々は戦争に勝利できるかもしれないな」
そう。彼ら獣人は身体能力が異常に高いが魔法は使えない。遠距離戦闘ともなれば他種族に比べて圧倒的に不利だ。
しかし、銃はその常識を根底から覆す。
拳銃の有効射程距離は五十メートル程。対して弓矢の平均射程距離が約四百メートルと、攻撃できる距離は拳銃の方が遥かに狭い。
だが利便性は比べ物にならないだろう。
簡単に持ち歩くことができ、大して動きの妨げにもならない。その上敵が矢を一本撃つ間に弾丸は三発発射できる。
破壊力に関しては言うまでもない。拳銃から撃ち出された弾丸はこの世界の文明水準の鎧なんて容易く貫通することが出来てしまう。
過去に日本で起こった「長篠の戦い」で織田信長の火縄銃部隊が武田の騎馬隊を蹂躙したように、銃の存在は圧倒的な武力差を手に入れることが出来るのだ。
特筆すべきは扱いの簡単さ。何の訓練もしていない民間人でも引き金を引きさえすれば敵を殺すことが出来る。
更に聞きかじりの知識ではあるが、スナイパーライフルと呼ばれる銃は有効射程が二キロを超える。この距離からの狙撃であれば確実に戦いの先手を取ることが可能だろう。
一部誇張をしているが嘘は言っていない。一流の詐欺師が使う話術だ。
全てを嘘で固めるより一握りの真実を混ぜた方が説得力が増す。俺も嘘を吐いているという認識は無いし、如何に五感が優れた獣人でもこの情報の真偽を見抜くことは不可能だ。
銃器。それは『ビースター』のみならず、どの勢力が手に入れても異常なまでの戦闘力を手に入れる事が出来る武器だ。
人族以外は、だが。幾ら銃器が優れた平気だろうとたかが百人程度の勢力が万を超える勢力に太刀打ちできるはずも無い。
爆弾でも召喚できれば話は別だろうが、残念ながら俺にそんな知識は無い。せいぜいが映画で見た事のあるグロック19が関の山だ。
そして、さすがにそこまでは理解できずとも。少し頭が回る奴なら前半部分は理解できるだろう。
つまり。
「もしやとは思っていたが、まさか君たちが人族だったとはな」
面白そうに、楽しそうに。獣が得物を追うかのように。
獅子は、俺を見て笑っていた。
滅亡寸前とまで言われている人族が敵国の首都に押し入って交渉を仕掛けている。
その事実は彼らにとって予想外の出来事であり、しかし彼らにとって何の脅威にもならない。
あらゆる点で獣人に劣る人族が立った二人で何が出来るというのかと、そう思っているのだろう。
それも、予想の範疇だ。
「なぁ王様。俺とゲームしようぜ」
言いながら安全装置を作動させた拳銃をラオウに放り投げる。
慌てる事無く冷静に拳銃を受け取った獣王に対し、うちの姫様はこの世の終わりみたいな顔で俺を見上げてきた。
最近よく涙目になっているスノウを見ているような気がする。今度しっかり謝っておこう。
しかし拳銃を一丁渡したところで大勢に変わりはない。拳銃があろうが無かろうが、俺達はラオウの気分次第で瞬殺されるのだ。
だからこれも交渉の一環。興味を引き取引に応じさせる為のデモンストレーション。
この程度の物なんて惜しくは無い。つまり、まだ隠し玉があるのだと。
そう理解させることで俺達の命を繋ぐ。
「俺達が勝ったら『ビースター』は『グロリア』と同盟を結んで食料を分けてくれ。そっちが勝ったらこの武器を全て提供しよう」
さぁここからが本題だ。問題無いと確信しているが、やはり冷や汗が滲む。
絶対強者を前に無謀な物言い。敵が癇癪持ちなら即死ルートだ。だが今回はそうならない。
何故なら俺を殺してしまえば自国の勝機を逃す事になると、この賢王は理解してしまっている。
ならば彼はこちらの話を聞くしかない。
「ほう。君たちには勝算があると、そういう事かね?」
「試合内容は……そうだな、分かりやすく決闘ってのはどうだ? 互いの額に捲いたハチマキを取った方が勝ちってゲームだ」
「……決闘だと?」
全種族の中でも身体能力に優れた獣人相手に、身体能力が物を言う形式での対戦提案。
これにはさすがに驚いたようで、ラオウはこちらの意図を探るべく眉根をひそめて睨みつけてきた。
理解できない異質なものを見る目。負けるのを前提で話を持ち掛けているのか、はたまた他の目的があるのか。そう考えているのだろう。
そうだ、それで良い。
「俺さ、ケモミミと追いかけっこするのが夢だったんだよなぁ。夢が叶って良かったわ」
ニヤニヤと楽し気に嗤う俺の姿に、スノウとラオウは怪訝そうな目を向けて来ていた。
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