第六話「獣人の国」

 獣人の国『ビースター』

 明らかに異常なほどまでに発達した身体能力と五感を持ち、その能力は一人で多種族の軍隊と渡り合える程の精鋭だ。

 同数で直接殴り合えばどの種族にも負けは無い程の戦闘能力を持つが、種族全体で魔力を有しておらず魔法は使えない。

 近づいてしまえば獣人に勝てる種族は居ない。だが逆に言えば近付かなければその能力を発揮する事は出来ない。

 魔法なんて遠距離攻撃手段が溢れている世界でその事実は非常に大きいだろう。


 そして付け加えると、見た目はケモミミに尻尾が着いた人族なのだとか。

 うん、是非ともお近付きになりたいもんだな。

『ビースター』は男の夢が詰まった国と言っても過言では無いだろう。

 ケモミミっ子、最高。


「という訳で『ビースター』に来てみた次第だ」

「……あんたやっぱり馬鹿じゃ無いのっ!?」


 隣で死ぬほど緊張していたスノウに小声で怒鳴られた。器用だなこいつ。


「だってケモミミっ子だぞ? 知り合って損は無いだろ?」

「あのね。人族だってバレたら一秒で殺されるわよあんた」

「バレたらな。だから変装してんだろ。それより声が大きいぞ」


 頭から被ったフードと顔面中に捲いた包帯を摘まみながら笑うと、スノウははっとした様子で自分の口を押えた。

 反応がいちいち可愛いんだよなこいつ。ついからかいたくなってしまう。


 視線を前に戻すと、そこには巨大な街が広がっていた。

 小高い丘の上から見えるのは綺麗に磨かれた赤い煉瓦で作られた外壁。

 その中央にある門から見えるのは獣人で溢れかえった活気のある街並みと、一際大きな城だ。

 人族の砦なんて比べ物にならない程立派な城は白色に輝いていて、どこからどう見ても偉い奴が住んでいる事は明らかだ。


 いやしかし『ビースター』の首都が砦から近くて助かったな。馬車走らせてたったの三日で着いたし。

 逆を言えば攻められたら一溜りも無い距離だが、今まで攻めて来てなかった事を考えると、やはり獣人たちは人族に対して全く興味が無いんだろうな。

 ありがたい事だ。流石にあのボロ砦で二方面からの攻勢を凌ぎ切れたとは思えないし。

 そもそも『エルフェイム』相手にあれだけ粘ってたのも奇跡と言って良い戦果だ。


「さて、それじゃあ街に入るぞ」

「あんた正気なの? 魔法の爆発で頭がおかしくなったんじゃない?」

「正気だよ、多分な」


 そんな顔すんなよ。罵倒されるより真剣に心配された方が地味にキツイ。

 良い奴すぎるんだよなぁ、スノウ。まぁ、そうじゃなかったら人族の為に命張ろうなんて思わないだろうけど。


「とりあえず行くぞ。フード被ってろよ?」

「本当に大丈夫かしら……あんたを人族の全権代理者にしたの、間違ってたかも」


 何気に酷い事を言いながら馬車を操作するスノウに苦笑する。

 ゆっくりと街が近付いて来る中で、内心では酷く緊張していた。

 ここから一手でも間違えれば、死ぬ。間違いなく殺される。

 戦時中の他種族の首都だ。警備も万全だろうし、俺達が人族だなんてことは一瞬でバレるだろう。

 スノウには変装しているから大丈夫と言ったが、勿論そんな訳が無い。

 頭からフードを被った明らかに妖しい奴をそのまま街の中に入れるくらい間抜けだったら話は別だが、さすがにそんな事態にはならないだろうし。

 かといってこっそり侵入しようにも街の造りが分からないし、仮に侵入できてもP目的地に辿り着く前に発見されたら即ゲームオーバーだ。

 であれば、俺が選ぶべき道は一つしか無い。非常にシンプルで結構。成功率が高ければもっと良かったんだがな。


 ところで、ここに来るまでの間に、スノウに頼んで召喚魔法に関する詳細を教えてもらった。

 千年以上昔から伝わる秘術で使用するには王族の血脈が必要不可欠。

 術者の魔力を使用して魔法陣を作成し、何処とも知れぬ異世界に繋がる門を作り上げる魔法だ。

 戦争が始まる前から年に一回必ず使用されていた魔法で、召喚されたものを新年の祭りで国民に披露する習慣があったらしい。

 事前情報があれば召喚対象はある程度選べるらしく、今回も過去に召喚された異世界人が残した手記を頼りに魔法を発動させたのだとか。

 過去の召喚事例は様々で、中には勇者と呼ばれる英雄も居たそうだ。

 しかし中にはタワシを召喚した例もあったらしいから、俺が召喚されたのはまだマシな部類だろう。

 試しに馬車内で召喚魔法を使ってもらったが、名前と形状を伝えただけでちゃんと指定の物を召喚できたので大満足だ。

 タワシで馬車内が埋まらなくて本当に良かった。


 そんな馬鹿なことを考えている間にも馬車はゆっくりと進んでいく。

 街門に近付いていくにつれて動悸が激しくなる。心臓の音が煩い。冷や汗が顔の包帯を濡らす。乾いた笑いが漏れそうになる、。

 でもそれは、隣に座っているスノウだって同じだ。今にも死にそうな顔色をしているし、宝石みたいな赤い目には涙を浮かべている。

 悪いな。ちょっと一緒に、地獄まで付き合ってくれ。

 お前だけは何があっても守って見せるから。


「そこの馬車、ちょっと待て」


 来た。こんな怪しい馬車だ、確実に声を掛けられるとは思っていた。

 ここまでは想定通り。そしてここからが、選択肢を一つ間違えれば終わりだ。

 気を引き締めろ、俺。


 伏せていた目線を上げると、革鎧を身に着けた犬耳の青年がこちらに歩み寄ってきていた。

 なるほど。確かにこれは獣人だな。頭の上に尖った茶色の犬耳が乗っている以外は、人族と大して変わらない容姿をしている。

 とは言え似ているのは見た目だけ。身体能力には雲泥の差があるし、争いになればまず確実に殺されるだろう。

 だが。


「どうも、お勤めご苦労さん」


 舐められないように声音を低くして、警戒されないように努めて軽く話す。

 慎重に、しかしそれを悟られないように。全神経を会話に集中する。


「貴様らどこの者だ? 他種族が『ビースター』に何の用だ?」


 疑念。関心。好奇心。様々な思惑が見て取れる表情で語り掛けて来る犬耳の青年。

 どうやらこちらの狙い通り興味を持ってくれたようだ。これで第一関門突破。さぁ、続いて第二関門と行こうか。


「ちょっとお偉いさんに繋いでほしいんだわ。良い話を持ってきたんでね」

「良い話だと?」

「――あぁそうだ。あんたら『ビースター』にとって最高の情報だよ」


 大胆不敵に見えるように、余裕の笑みを見せ付けた。

 そして人差し指を立て、最初の切り札を切って見せる。

 さぁ、戦いの始まりだ。


「『ビースター』がこの戦争に勝つ方法、知りたくないか?」 

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