第五話「勝利の代価」


 魔法の炎にやられて木炭みたいになっていた俺にスノウと爺さんが回復魔法を施してくれている間。

 その二日間は特にやれることも無いので、ついでとばかりに二人からこの世界の情勢を色々と教えてもらった。

 何はさておき情報が必要だ。少し聞いただけじゃ絶望的な局面にしか思えなかったけど、詳細を聞いたらどうにかなるかもしれない。

 と、思っていたんだが。詳しい話を聞いて余計絶望した。どうしたもんかね、これ。


 現在この世界では六つの勢力が戦争を行っている。


 魔法技術に優れており、世界最大規模を誇るエルフ達の国『エルフェイム』

 武具や鍛冶を通して様々な魔道具を作り上げている、ドワーフを始めとした精霊種の勢力『ドワーフ連合』

 驚異的な身体能力を宿し一騎当千の戦果を挙げる獣人の国『ビースター』

 世界創造時から最強の座を守り続けている神々『ゴッデス』

 多種多様な種族の集まりであり魔王が統治する国『デモニア』

 そして最後。最弱にして領土も最小、既に滅亡寸前まで追い詰められている人族の国『グロリア』


 これら六勢力がそれぞれが独自の文化を持ち、我こそは最優であると証明する為に戦争を行っている。

『グロリア』も開戦当初はかなりの兵力を誇っており、数だけで見れば多種族を圧倒していた。はずだったのだが。

『グロリア』の重鎮だった大臣を始めとした貴族たちが『デモニア』に寝返った事により、大攻勢に出た『グロリア』は『デモニア』の罠に嵌り大量の兵を失った。

 その事件を切っ掛けとして次々と兵力を削られていき、窮地に陥った『グロリア』は起死回生の策として王族だけが使える召喚魔法を使用した、という事らしい。

 ちなみにこの召喚魔法は異世界からのみ召喚を行えるようで、同世界の物体を召喚するのは不可能なんだとか。


 何ともまぁ、どこをどう見ても救いの無い話だ。 


 因みに現在『グロリア』と直接やりあっているのは『エルフェイム』だけだ。

 現状最強勢力の『ゴッデス』は二番手の『デモニア』と戦争中で、他の勢力はそれぞれの実力が拮抗している為に静観中らしい。

 相手からしたら放っておいても勝手に滅亡しそうな『グロリア』に構っている暇はないのだろう。

『エルフェイム』だって『グロリア』の隣国だから片手間に相手をしていただけのように思う。

 こちらは領土も国民も少ないし、勿論財産だってない。攻め込むメリットは殆ど無いのだから。


 人族が今までどうやって生き残っていたのか疑問だったが、こういう訳だ。

 つまりは他の連中の眼中に無いから見逃してもらっていたという事でしかない。


 そんな絶望に溢れた状況で一つだけ救いがあるとすれば、それは人族と他勢力で勝利条件が違う事だろう。

 人族は既に戦争で勝利する事を諦めている。仮に奇跡が起こって勝利したとしても、たかが百人程度で経済を回せるはずも無い。

 つまりこちらの勝利条件は「戦争終結まで生き残る事」だ。

 積極的に戦わなくて済むならまだ勝ち目はある。ように思う。思いたい。思わせてくれ。


「まぁいいわ。何にしても頼んでたことは無駄にはならないし」

「そうなの? あんな物集めても意味があるとは思えないんだけど……」

「意味はあるさ。俺達では無く、相手から見ればだけどな」


 スノウに頼んで集めてもらったのは、戦場に幾多も残されているエルフ達の物資だ。

 食料などは全て燃え尽きてしまったが、使っていた武具やよく分からん魔道具とやらは結構回収できている。

 ただこれらはエルフだから使える代物であって、人族には使用する事は出来ないらしい。

 正確には刻まれた魔法陣が緻密で複雑過ぎて使い方が分からないんだとか。いわゆるオーバーテクノロジーって奴だな。

 スノウの言う通り人族が持っていても場所を取るだけで何の意味も無い。わざわざ労力を割いてまで集める必要がない物だ。

 しかしそれは、視点を変えればちゃんと意味を成す。


「集めたエルフの物資、特に魔道具を『ドワーフ連合』に売り飛ばすんだよ」


『エルフェイム』の隣国、現在『ビースター』との戦争を続けている勢力『ドワーフ連合』

 奴らは魔道具の第一人者と言われているくらいだ。魔道具に関しては俺達よりも詳しいし、他国の情報を得ることが出来るチャンスを無駄にすることは無いだろう。

『グロリア』が手に入れるのは微々たる金だけだが、何もしないよりは余程マシだ。

 ただでさえ物資が足りない状況なんだし、先立つものは少しでも多い方が良いに決まっている。

 何せ食うものにも困ってるくらいだし。


「てな訳で爺さん、国家として動くんじゃなくて行商人を手配してくれ。出来るだけ顔が良い奴な」

「行商ですか? それは構いませんが、何故でしょう」

「いやいや、普通に考えてよその国が俺達から物を買う必要なんて無いだろ」


 何せこっちは今にも滅亡しそうな最弱国家だ。本当に欲しいものがあれば戦って奪えば良い。

 その程度の事は他国からしたら大した手間でも無いだろう。

 ならばどうするか。簡単な話だ。


「エルフに成りすまして魔道具を売る。そうすれば『ドワーフ連合』も下手なことは出来ない」


 大国『エルフェイム』から来た行商人を襲えば戦争の切っ掛けになる。

 現状『ビースター』と戦争を繰り広げている『ドワーフ連合』からしたら敵を増やすのは避けたい所だ。

 しかしいずれ敵になる国の情報、魔道具は喉から手が出るほど欲しいに決まっている。

 幸いなことに人族とエルフは耳以外の外見的特徴は見通っていた。

 顔立ちが整っている人族を選べば、フードを被っただけでも簡単に誤魔化せるだろう。

 そもそも人族が『ドワーフ連合』の街に来るなんて思いもしてないだろうし。


「あんた、そこまで考えて……」

「俺は馬鹿だからな。まともにやったって勝てっこない。だったら、まともにやらなければ良い」


 そうだ。俺は強くないし頭も良くない。更には切れる手札も最弱と来ている。

 ずる賢く逃げ延びる。俺にできるのはただそれだけだ。


「良いか? 俺達は見つかれば終わりだ。戦いになったらどの国相手でも確実に負ける。だから、逃げ続けるんだよ」


 虚勢を張り、笑う。こんな事をやったって大した時間稼ぎにもならない。滅亡までの期間が少し伸びるだけだ。

 だがそれでも出来る限りの事をやってやろう。

 助けたいと。そう思ってしまったのだから。


「あぁそうだ。爺さん、ついでに旅支度を整えてくれないか? 俺とスノウの分だけで良いから」

「ほう、旅支度ですか。この状況で一体どちらに向かわれるのですかな?」

「唯一の勝ち筋を取りに行く」


 そう、たった一つだけ。勝率は殆どゼロに近いが可能性がある勢力がある。

 そこに賭ける。ジリ貧の現状を打開できるかもしれない、たった一つの可能性に。

 ここでしくじれば本当の意味で終わりだ。人族の歴史は確実に終わってしまう。

 だが、やらなくても終わる。更にこの手を使えるのは今のタイミング以外に有り得ないのだ。

 だったらもう、やるしかない。死ぬほど怖いけど、これは俺にしかできないと思うから。


「ふむ……かしこまりました。早急に手配致します」

「留守の間にやる事は全部書き出しておくから、頼むわ」

「ちょっと、私も行くの? 何も聞いてないんだけど」


 不機嫌そうに眉根をひそめてスノウが文句を言ってくる。

 こいつもなぁ。せっかく可愛いんだから笑顔の一つくらい見せてくれても良いと思うんだが。

 そしたら俺もやる気が出るってもんだし。いや、それが無くても死ぬ気で頑張るけど。 


「そりゃ言ってないからな」


 両肩を竦め、敢えてふざけた様子で言葉を返す。

 その行動にスノウがイラっとしたのが目に見えて分かったが、ここで深刻ぶったって何も良い事は無い。

 むしろ、真面目にやっていない事を周囲にアピールする必要があるくらいだ。

 魔法なんてものがある以上、迂闊な情報伝達は出来ないからな。

 どこから作戦がもれるか分からない以上、慎重に慎重を重ねるくらいで丁度良い。


 それに作戦を思いついたのって昨晩だし、単純にスノウに伝えるタイミング無かったというのもある。

 ていうか時間が無い割に良く考え付いたなと自分をほめてやりたいくらいだ。

 俺は馬鹿だが、座して死を待つような間抜けではないつもりだ。

 出来る事を考えて、その先を読み、最高のタイミングで行動する。

 一手間違えれば負けが確定するが、怖がっていても仕方ない。


「悪いが付き合ってもらうぞ。お前がいないとそもそも作戦が成り立たないんだし」


 俺は、誰かさんの涙を見た瞬間に覚悟を決めた。ならばどんな無茶でもやるしかない。

 人族を守り抜く。その為に出来る事は何だってやるし、どんな侮蔑を受けようと構わない。


「大丈夫だ。守って見せるから」


 俺にできる最大限の作り笑顔を浮かべて堂々と勝利宣言を言い放つ。

 勿論こんなものは虚勢でしかない。それでも、少しでも彼女たちの不安を拭えるのであれば、この程度は何てことない。


「……ばか。信じてるからね」


 顔を真っ赤にして笑顔を浮かべているスノウの姿を見て、自分の鼓動が速まっていくのを感じながらも。

 やってやろう、と。単純な俺は、胸の中にある決意を再確認した。

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