第四話「開戦?」

 スノウの部屋を出てすぐ、シュバルツさんを探し出して事の経緯を伝えた。

 かなり渋られたが結果的に許可をもらい、ちょっとした下準備をしてもらう。

 対物理攻撃の魔法と対魔法攻撃の魔法とやらをかけてもらい、ついでに声をデカくする魔法も使ってもらった。

 これで良し。後はちょっとした細工を済ませて準備完了だ。

 もう怯えている余裕なんて無い。やると決めたからには全力でやってやろう。

 作戦とも呼べない作戦だが、勝率は低くないはずだ。

 人族の国『グロリア』で一番偉いお姫様の許可も貰ってある。後は、やるだけだ。


 目の前で砦の門がギシギシ音を立てながらゆっくりと開いていく。

 人が一人通れる隙間を作ってもらった後、そこを通り抜けるとすぐに扉は閉まってしまった。

 よく分からないが閉じるときは自動だと聞かされていたので、迷うことなく渓谷を進んでいく。

 やがて、数分もしない内に敵軍の姿が見えてきた。

 狭い渓谷にこれでもかと言わんばかりに敷き詰められた兵隊たち。

 その耳の長い人影は一目で人族ではない事が分かる。

 エルフ。弓と魔法に長けた種族で、気位が高く人族を見下す傾向にあるんだとか。

 まぁそんな事はどうでもいいかと捨て置いて、思いっきり息を吸う。

 そして、始まりの言葉を投げかけた。


「エルフに告げる! 俺は人族の全権代理者だ!」


 俺の言葉が、拡声魔法の効果で渓谷内に馬鹿みたいに響いた。

 便利だな、魔法。声量には自信が無いから助かった。

 堂々と胸を張り、精々舐められないように恰好付けて見せる。

 ここからが本番だ。気合を入れろよ、俺。


「もはやこちらに勝ち目は無い! しかしそちらも無駄に兵力を減らしたくはないだろう!」


 自信満々に告げる。勝ち目どころか打つ手も無い。もはや滅ぼされるのを待つだけの種族。その全権代理者が何かを提案している。

 ならば話だけでも聞いてやろうと、そう思ったのだろう。

 敵軍は構えていた武器を下げ、少しざわつき出した。

 ありがたい事だ。最悪の場合、瞬時に殺される可能性もあったんだがな。

 敵軍が理性的で助かった。これで何とかなるかもしれない。


「なので『グロリア』は『エルフェイム』に降伏する! 俺とスノウ姫が奴隷となり、命を保証してくれる事が条件だ!」


 白旗。降伏宣言。参りました、と。

 そう大々的に告げながら、静まり返った戦場をゆっくりと歩いていく。

 エルフ達は警戒していたが、俺が武装もしていないのを見るとそのまま通してくれた。

 そこにもはや敵意も戦意も無い。

 嘲笑。侮蔑。そして憐れみ。そんな表情を向けられるが、まぁそれも当たり前の話だろう。

 俺は自分たちの命と引き換えに人族全員の命を売ったのだ。

 元々あいつらがスノウの命を勝手に賭けチップとして利用しようとしていたんだ。逆のことをしても誰にも文句は言わせない。

 エルフ達もそれが分かっているようで、むしろ同情的な目で見て来る奴もいる。

 もしかしたら根は良い奴らなのかもしれない。

 もっとも、今となっては何の意味も無い情報だが。


 奥に進むにつれて敵軍の数は増していき、やがて辿り着いたのは一人のイケメンの前だった。

 ピカピカの鎧を着こんだ美丈夫。背が高くスマートで耳が長い。なるほど、想像通りのエルフだな。

 鎧の上から着こんだマントには草花を象った紋章。おそらくエルフの国『エルフェイム』の国章だろう。

 それを背負っているという事は、それなりの地位にある奴だという事だ。


「貴様、何者だ? 昨日まで司令官は人族の姫だったはずだが」


 他のエルフとは違い訝しむように俺を観察してくる。

 それはそうだろう。いきなり見知らぬ人物が全権代理者だなんて頭がどうかしているとしか思えない。

 俺だってそう思う。マジでイカレてんだろこの状況。

 俺もこの世界も、全部イカレてる。

 でもこうしないと人族は、スノウは殺されて終わるだけだ。

 ならば少しでも生存確率が高い方を選ぶに決まっている。


「俺はさっき異世界から召喚されたばかりだからな。知らなくて当たり前だ」

「異世界だと? まさか人族の召喚魔法か……?」


 なるほど。召喚魔法は人族の秘術だとか言っていたがその情報はエルフ側に漏れていたようだ。

 戦争で間者が働いているのはよくある事だし、もしかしたら裏切り者が居たのかもしれない。

 何にせよ、これも今となってはどうでも良い話だ。数が少ない現在の人族の軍内に間者が居るとは思えないし。


「詳しくは俺も知らない。ただ一つだけ言えるのは、死にたくないって事だ。俺と姫さえ無事なら、他の連中は好きにしてくれて構わない」


 当然だろう。何が悲しくて異世界に来てまで死にかけきゃならないんだ。

 誰だって死ぬのは怖い。死にたくなんて無い。そして、知り合いに死んでほしくない。

 知らない人の命よりも自分や知り合いの命の方が大事に決まってるだろう。

 それに加えてスノウは、あんなに追い詰められてたんだ。ただの女の子が周りの連中の為に死のうとしていたなんて、馬鹿らしいにも程がある。

 本当なら人族全員の命を保証してほしいところだけど、それは無理な相談だろう。何せ戦争、本物の殺し合いだ。

 だったら優先順位を付けるのは仕方ないだろう。

 俺はヒーローなんかじゃ無いんだ。出来る範囲で、出来る事をやるだけだ。


「なるほど。それで降伏宣言という訳か。まぁ、賢明だろうな」

「話が速くて助かる。それで、俺はどうしたら良い?」

「そのまま砦に戻って武装解除した人族を連れてこい。こちらも無駄な消耗を避けたいからな」

「そうか、分かった」


 本当に話が速くて助かる。無駄なやり取りをせずに済んだ。


 理解した。理解できた。理解できてしまった。


 人族の国『グロリア』の全権代理者である俺の要求を呑み、その後の展開を指示できる者。

 それはつまり。


 こいつがこの軍の親玉だって事だ。


「ありがとさん。そして、さようなら、だ」


 腰から下げた紐を全力で引く。

 羽織った半袖のブラウス。その中に大量に仕込んであった火を起こす魔法陣が一斉に起動、暴走する。

 身体の周囲に浮かび上がる半透明な白い魔法陣の群れを見て、さすがファンタジーだな、なんて場違いな感想を抱いた。

 通常利用時にすら人に危害を加える可能性がある魔道具。その出力を意図的に最大まで高めた場合、どうなるか。


 この身を以て試してやろう。 


 覚悟を決めた次の瞬間。

 俺を中心に、逃げ場のない渓谷で盛大な爆発が巻き起こった。


 エルフの軍隊を真後ろから襲う爆風。ファンタジーらしく、まるでドラゴンのブレスのようだ、と言えば良いだろうか。

 背後からの奇襲なんて警戒もしてなかったようで、面白いようにエルフが焼け死んでいく。

 その様を、打ち付けられた岩壁に寄りかかりながら見ていた。


 このままでは炎に囲まれて焼死だろう。まぁそれ以前に俺の身体は殆どが炭化しているが。

 事前に仕込んでもらった対魔法攻撃用の魔法を施してもらっていてこれだ。何の備えも無ければまず死んだだろう。

 つまりこの場に居たエルフ達は全滅したと思って良い。


 そして俺も。このままだと間違いなく死ぬ。

 そんな事はやる前から分かっていたし、人族の奴らもちゃんと理解させて来た。


 だから、大丈夫だ。


 爆発から五分もしない内に、砦の方から何かが飛んでくるのが霞む目でも見えた。

 あれは多分スノウだろう。ギリギリまで砦に避難してろって言ったんだけど、早めに迎えに来てくれたのは素直にありがたい。

 何せ全身の感覚が無いからな。本当にヤバい時は痛みがなくなるって聞いたことあったけど、それを体験する日が来るとは思わなかったわ。

 ともあれ、これで一安心。

 即死じゃ無ければ怪我はスノウと爺さんが魔法で治せるって言ってたし、大丈夫なはずだ。事前に確認も取ったしな。

 死ななきゃ安い、とは日本で良く聞いた言葉だが。正にその通りだなと痛感する。

 本当に、死ななくて良かった。二度とやりたくないわこんな事。


「バカ! 本当にやるだなんて……!」


 スノウの震え声と同時に視界がぐらりと傾く。

 感覚は無いがどうやら抱きしめられているらしい。

 くそ。こんな状況なのに何も感触が無いとかどうなってんだよ。

 匂いも感じないし、報酬というにはちょっとお粗末すぎるんじゃないだろうか。


 ……でもまぁ、仕方ないか。

 やっぱり俺はヒーローなんかじゃない。ただの一般人でしか無いみたいだ。


 それでも、守りたいと思ったものを始めて守れた。

 その事実だけで充分だ。

 でも欲を言えば、スノウには笑っていて欲しいな。笑顔を見たこと無いし。

 もう眠すぎて意識を保ってられないから、起きたら頼んでみるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る