ブレンダ ~あたしゃ一匹のつもりだったんだよ?~
柳生潤兵衛
『 花と火亭 』
カストポルクスという星。エンデランス王国某子爵領の町ダイセン。
町の中心広場から一本路地に入った場所にある宿屋兼食堂『 花と火亭 』
***
「おーいブレンダぁ。今、手が離せないからよぉ、裏から野菜持って来ちゃくんねぇか?」
旦那のダンが、アタシの方を見もせずに頼んでくる。
「もうっ! こっちだって忙しいんだよ? まったくしょうがないねぇ……」
「いいじゃねぇか! 今のお前は結婚当初と違って、俺よりいい体格になったんだからよぉー」
「ダンッ! 女に向かって二度とそんな事を言うんじゃないよっ! ったく! 自分の妻によくそんな事が言えるもんだ」
このダイセンの町で、宿屋兼食堂を継いだばかりのダンに嫁いでウン十年。
子宝には恵まれなかったけど、夫婦二人でここを切り盛りしてきた。
まぁ、前の国王が無能で、国が乱れて
でもある日、国がひっくり返った。
国王の亡くなったお兄さん? に子供がいて、その人が国王から国を奪い返したんだってさ!
またその新しい王様が善政を敷いてさ、景気も良くなってこんな小さな町にも人が大勢出入りするようになった。
「アタシら二人じゃ、宿も食堂も手が回らなくなってきたねぇ」なんてダンと話してたところさ。
アタシが野菜箱を取りに裏に出たら、野良の猫がいた。
「ニャ~オ。ニャ~」
その猫がアタシに擦り寄ってくる。
足を四本地面についたまま、160cmはあるアタシの腰に頭を擦り付けてくる。
猫にしちゃちっちゃい方だね。大きいのは体高でオタシの胸くらいまでくるからね。
「何だい? ご飯でも欲しいのかい?」
「ニャ」
「そうかい、お腹空いたかい。よし! あそこの野菜箱をこっちのドアの前まで運んでくれたら、駄賃でご飯をあげるよ?」
言葉なんて分かるはずないか、なんて思っていたら……
なんと! その猫ちゃんが頭で野菜箱を押して来るじゃないかい!
そして、猫ちゃんはアタシを見て「ニャオ」なんて言う。
「よ、良くできたじゃないかい。駄賃だよ、これを食べてお行き」
猫ちゃんにご飯をあげてさ、ダンにこの話をしたら「んな事あるかい。俺を担ごうってんじゃないだろうな?」って、信じてもらえなかったさ。
それで終わりだと思ったらさぁ、今日また来たんだよ。しかも一匹連れて二匹でさ!
「確かにアタシは忙しいけどさ? 猫ちゃんにできる仕事なんて無いよ~? 店先の掃除でもできりゃいいんだろうけどねぇ?」
「ニャ~ゴ」
軽い冗談で言ったらさ、二匹で表に回ってさ、ビューなんて風なんか出したりしてさ、ゴミを一ヵ所に集めてくれて後は捨てるだけにまでしてくれたんだよ!
「本当にやってくれたんだね。ありがとうね~。これ、食べていきな」
そんな感じでさ、猫ちゃんが毎日来るようになったのよ。
しかも一匹ずつ増えてさぁ~。十匹で打ち止めだったから、まあ良かったっちゃあ良かったね。
それも! どんどん器用になってさぁ!
食堂の仕込やら宿の掃除洗濯まで出来るようになっちゃったんだよ~。
それでさ、猫ちゃん達は仕事を終えるとご飯をお腹一杯食べて、ウチの屋根でおねんねさ。
「やっと『 花と火亭 』に来られたぜっ。ここの評判を聞いてから、ずっと来たかったんだよ。なあ? ユフラ?」
「うん。ティグリスったら、なかなか連れてきてくれないんだからっ!」
「済まなかったな。でも、これでやっと新婚旅行らしくなったな」
「へぇ、そうなのかい? ありがとうね。ゆっくりしていきな」
猫ちゃんがウチで働くようになってから、獣人の――特に
なんでも、猫虎族の人達はさ、獣人領にいない猫ちゃんを自分たちの祖先のように思っているらしくてさ、ウチの噂が口コミで広がったみたいなのさ。
前の国王の時は差別とかでさ、なかなか獣人の人とか見かけなかったから、本当に今の国王はいい政治をしていらっしゃるよ。
このお客さんなんて、新婚旅行でわざわざ獣人領から来てくれたんだよ?
旦那は旅の道具を担いでいるけど、奥さんは大きな大きな斧を背負っててさ、重くないのかねぇ?
「ほらっ! 早くお部屋に行こうティグリス! 猫ちゃんにもご挨拶したいね」
「お、おう!」
「お~い! ブレンダぁ? 宿のお客さんがきたぞ~」
「はいよ~!」
またお客さんだ! 今日も忙しくなるねぇ。猫ちゃん達も大忙しさね。
……最初は一匹のつもりだったんだよ?
随分大所帯になって、おかげで宿も繁盛させてもらってるよ!
(了)
ブレンダ ~あたしゃ一匹のつもりだったんだよ?~ 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee
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