第33話 永久中立の国
「小僧、どんな具合だ。」
「さっきよりはいいけどもう少し全体の反応、良く出来ないかな。」
「我が儘な小僧だ、だがそれでこそというやつだな。」
ユーリはおやっさんと一緒に自分のファフニールの調整を行っていた。
普段はしなくてはいけない仕事に追われ(後、ティナの地獄の自己啓発セミナーから逃げる事も含め)忙しいが今日は別である。
現在エーデルワイスがいるのはクリエント民主国という国である。
この国家は永久中立を宣言しており実際この三十年間いかなる国にも侵略されておらず、また逆にいかなる国にも侵攻もしていない国である。
その背景にはこの国がオリハルコンの採掘においてトップクラスであることが要因である。
大量のオリハルコンを所有しているものの軍事力が乏しいこの国はひたすら大国にオリハルコンの輸出を行った。
その積み重ねの結果、小国が手を出せば大国であるガスアやユースティアを敵に回すことは必須。
大国も現在の軍事的なバランスを狂わせかねず、うかつに手を出せない国家となった。
またクリエントは自然豊かなリゾート地でもある。
その為様々な国の人間が集まる事が出来る国でもある。
そのような国になぜ居るのか、一言で言えば休暇である。
厳密に言えば次の任務までクリエントにて待機をスコットに命じられたのだが平たく言えばやはり休暇である。
滅多に来れないリゾート地での休暇ということもあり皆もテンションは上がっていた。
ティナ、ドロシー、オリビア、パメラの四人は女子だけで買い物に出かけた。
ドロシーがかなり渋々といった様子であったが結局は引きずられるように連れていかれた。
アドルファス、テリーの二人は数人を連れて飲みに出かけた。
例の巨大戦車から以前よりも仲が深まったようで艦に居る時も二人で飲んでいる時もあるようだ。
そんな中でユーリは何処にも行かず調整しているのだ。
おやっさんがシステムの調整をしている間手持ち無沙汰なユーリは壁に寄りかかりドリンクを飲んでいた。
《よろしいですか、少尉。》
「ん、ああアイギスか。」
ユーリの耳に付いているイヤホンから聞こえてきたのはアイギスの声であった。
アイギスの希望で普段からもユーリとコミュニケーションが取れるようにイヤホンを付けるようにしたのだ。
「どうした、不具合でもあったか?」
これを付けるようになって一番の利点はこうした不具合をアイギスが逐一報告してくれることであろう。
ファフニールのシステムとリンクしているため僅かな不具合も見逃さない。
実際は本当に細かな不具合が二度ほどあったのみだがその細かな不具合で死に繋がるかも知れないのだから重要である。
《いえ、不具合はありません。それより少尉はなぜ休まれられないのですか。》
「あー、仕事が溜まってるんだよ。」
《必要な仕事はすでに完了しているようですが。》
「…なんでそんなこと知っているんだよ。」
《艦内コンピューターにアクセスさせて貰いました。》
さらっとハッキングしたと言われたような気もするがそこはユーリは無視する。
確かにアイギスの言う通りしなくてはいけない仕事は終わっている。
残りはいつでも出来るような仕事しか残っていない。
この調整も今まではおやっさんにほとんど任せきりだったのだから。
「あー、言ったほうがいいか?」
《可能ならば是非。》
頭を掻きながら言いずらそうにユーリは答える。
「…リゾート地で何すれば分からん。」
《…なるほど。》
ハァとユーリは大きく息を吐く、碌にこういった休暇を取るような人生を送って来なかったためこうした纏まった休暇にどうすればいいのか分からないのだ。
《少尉、失礼を承知で申し上げますが私だけでなく少尉も様々な事を学ばなければならないと思います。》
「ん、そうか?」
アイギスの不意な言葉に内心驚きながらも見た目は軽く答えるユーリ。
《そうです、少尉のMTの操縦センスは類を見ないほどですが多くのものが欠けていると思われます。》
「……。」
静かにアイギスの言葉を聞いているユーリ、そこには怒りも悲しみの感情もなくただここまで人間らしくなったアイギスに関心していた。
《機械ように与えられた任務をこなす少尉を見てると…そう、これは心配という感情が現れます。》
「機械…ねぇ。」
《失礼しました、AIがいう事ではありませんでした。》
アイギスが謝るのに対しユーリは軽い表情をしている。
「いや、お前の感覚は正しいよ。確かにそういう意味では俺もほとんどお前と変わらない。」
《少尉…。》
「少年兵の時はもちろん今でも俺は大概が言われたことをこなしているだけだ。勿論そこに意思はあるがその多くを俺は封印してきた。だから他の奴が持っているような当たり前を俺は持てなかった。」
《…他の生き方を模索したことはあったのですか。》
その質問にユーリは首を横に振る、アイギスには勿論見えないだろうがその間でアイギスは予測した。
「してもやれる事がMTの操縦だけだからな、考えても空しいだけだった。そんなわけで色々至らないダメ人間が俺という訳だ。」
《…二つほど少尉に伝えたい事があります。》
「?なんだ。」
アイギスの声はナチュナルに聞こえるが機械音だ、故にそこに感情の色が乗る事は無いはずだがユーリにはその言葉に怒りが込められているように感じた。
《確かに少尉には足りない所があるでしょう。ですがそれは多くの…いえ全ての人間に共通して言えることでしょう。それに少尉はAIである私に多くのことを教えて下さいました。それに少尉は以前私のことを相棒関係と称しました、それはいわば一種の共同体とも言え貴方が自分を下げれば同時に私も下がります。ですから。》
一気に言葉を重ねていたアイギスはそこで一旦止めた後、どこか優しいさを感じられるように言う。
《どうか自分自身をダメだなどと言わないでください。それを言われると名称不明な感情が生まれます。》
「…悪かったよ。」
(もう既にほとんど人間だな、本当に。)
アイギスの成長ぶりに改めて驚きながらも素直に反省する。
確かにいつもより多少自虐がすぎたかも知れないとユーリも思う。
「で、もう一つは?」
《今の会話は在らぬ不和を呼ぶ可能性があるのであまりしない方がよろしいかと。》
「た、たしかに。」
今のをティナに聞かれたら、そう思うだけでユーリは体が勝手に震えだすのを感じる。
「じ、じゃあ今のは俺とお前の秘密だな。」
《…ええ、二人だけの秘密。というものですね。》
システム上にあるアイギスに無論表情などないがもしあればそこにはきっと笑みが含まれているだろう返事であった。
(短い間に随分と人間味を感じるようになったな。)
そんな事を考えていると、おやっさんの声が聞こえてくる。
「おい!調整終わったぞ!」
「ん、分かった!今からそっちに行く!」
そう言ってファフニールのコックピットに向かうユーリの足を止めたのは走ってこちらに来る副艦長であるジャックの姿であった。
「アカバ少尉、大変なことになったぞ!」
周りに聞こえないよう耳打ちで焦ったように語るジャックにユーリは嫌な予感が渦巻いた。
永久中立の国おいて大きなる事件にユーリは当たる事になる。
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