第32話 記録に残らなくても続く道

 「何があった!!」

 操縦席でゲイルは短くも強く叫ぶ。

 突如タイラント・ティガーが大きく揺れたと思えば全体の動きが非常に悪くなった。

 明らかに敵の攻撃によるものでは無い事は明らかだが理由が不明だ。

 ジーナが急ぎ状況を知らせる。

 「エーテル貯蔵部に不具合が発生!駆動部、制御システムにもダメージが入っています!」

 「ふ、不具合だと…。」

 冷静に考えればあり得ない話では無かった。

 ただでさえクラジャのエーテル関連の技術は他の小国と比べてみても遅れている。

 それも誰もが造ったことのない巨大戦車という未知の領域への挑戦。

 それに加えガスア帝国に明け渡すという事で急ピッチにて作業が行われた。

 ガスア帝国から技術提供が行われたとはいえ不具合の一つや二つ出てもおかしくはない、おかしくは無いが。

 (致命的なのが今!ここで出るのか!?)

 もうタイラント・ティガーは碌に抵抗出来ないだろう。

 今も敵のMTが動きの悪くなった機銃を潰している。

 主砲に至ってはエーテル貯蔵部に問題があるならば撃てもしない。

 ミサイルはまだ残弾があるがシステムがイカレた今、当たりはしないだろう。

 詰まる所彼らは八方塞がりであった。

 「死にたくない…死にたくない…。」

 タビーは壊れたように同じ言葉を見ながらコントロールパネルを見つめている。

 「……。」

 ジーナはひたすら祈っていた。

 何に対してかは分からないがとにかく彼女は覚悟を決めているようだ。

 そんな二人の様子をみてゲイルは思う。

 (これは…罰なのか…。)

 自分の個人的なMTへの敵外心の為に前途ある若い命を危険にさらした、その事への罰ではないかと考えてしまう。

 第三者がみればそれは違うと言うかも知れない。

 あくまで不具合が今この場で起こったのはあくまで偶然であるし、今回タビーとジーナがタイラント・ティガーに乗ったのも危険性が低いと想定し上層部が若手を指名したからである。

 確かに戦闘を開始する判断をしたゲイルにも問題の一端を担っていると言えなくもないがそれがこの全ての結果をもたらしたとは言えないだろう。

 だがゲイルはこの状況は自分への罪としか思えなかった。

 そしてある決断を下す。

 「…一等兵。降伏信号を打ち出せ。」

 「!!少佐!それは!」

 降伏、それがゲイルの下した決断であった。

 「打ち出したのち敵の攻撃が止んだらお前らは外に出ろ。無抵抗な敵を殺すほど腐った連中ではないだろう。」

 「少佐はどうなされるつもりなのですか!?」

 ジーナの言葉にゲイルは正面にあるモニターを見る。

 5機のMTよる猛攻は激しさを増していく、この様子からすればおそらく数分もすれば完全に破壊されるやも知れない。

 「俺は…責任を取らなければならない。」

 「それならば私も残ります!」

 「そ、そうですよ!それにもうすぐ援軍が…!」

 「なら言い方を変えよう、俺がケジメを取るのにお前らは邪魔だ。」

 「「!!」」

 もし完全に破壊される前に援軍が来てMT達が撤退していったとして戦車乗りとしてのゲイルの人生は終わるだろう。

 降格は勿論だろうが最悪の場合、軍法会議に掛けられるかも知れない。

 いずれにしても戦車で前線に立つ事はもう無いだろう。

 それならばいっそ。

 「頼む、俺を戦車乗りとして死なせてくれ。」

 ゲイルは深く二人に頭を下げる。

 二人は黙って目を見合わせていたが。

 「わかり…ました…。」

 タビーはそう言うと降伏信号を打ち上げる。

 幸いにもその辺りは死んでいなかったらしく、降伏をしめす信号弾が打ち出される。

 その信号弾が打ち上げられ少しおいてからMTの攻撃は止んだ。

 タビーは何も言わずゲイルに敬礼した後に外に出る。

 その目には誰がみても分かるほど泣いていた。

 一方ジーナは外に出ようとする足を止めゲイルに語る。

 「少佐、私は貴方の判断が正しいとは思いません。」

 「……。」

 ゲイルからの返事はない。

 だがそれでもジーナは良かった、別に返事を求めているわけでは無い。

 「けれど少佐の戦車に対する思いは認めます。誰がなんと言おうと貴方はクラジャ一の戦車乗りです。」

 それだけ言うとゲイルに向かって敬礼をしてジーナも外に出る。

 一人きりになった操縦席でゲイルは懐から煙草を取り出す。

 二人の前では吸えなかったが仕事中の一服が彼の数少ない楽しみである。

 煙を吹かしながらゲイルは思う。

 色々悔いが残るような人生を送って来た自分であったが、あの二人を逃がす事が出来たのは数少ない間違いのない事だろう。

 「願うなら…。」

 そうもし願いが叶うならばあの二人の人生が幸が多い人生を送れることを祈る。

 巻き添えにしようとした自分にそんな事を祈る権利はないのかも知れないがそう願う。

 「さて…。」

 煙草を吸い終わり残りを握り潰す。

 「最後の輝き、咲かせて見せようか!」

 その目に覚悟を宿しながらゲイルはタイラント・ティガーを動かす。


 「隊長、降伏した二人を岩陰まで避難させました。」

 「ん、ご苦労さん。」

 巨大戦車から降伏を示す信号弾が撃ちあがった後、外に出てきた二人をユーリはテリーに岩陰まで避難させていた。

 そしてテリー機が戻った後もユーリはMTを戦車に向けたまま動こうとしない。

 「どうしたんだ、降伏したんだしさっさとこのデカブツ壊そうぜ。」

 アドルファスがライフルを構えたまま言うがユーリからの返事は無い。

 「…何か気になる事でも?」

 ドロシーが質問でようやく重い口をユーリは開く。

 「今降伏した二人だけでこれを動かしていたと思うか?」

 「!まだ人が残っているって事ですか!?」

 ティナの言葉に頷くユーリ。

 「アイギス。」

 《二人目が出た後、扉は閉じられました。恐らくその人物、ないし人物達は出る気は無いと思われます。》

 「どうしますか?降伏信号を出している以上攻撃を加えるのは…。」

 「…全員この場で待機。ただし何が起きても対処できるように。」

 全員が了解したのを確認してユーリは目の前の巨大戦車の挙動を観察する。

 機銃を一発でも撃てばすぐさまランチャーで操縦部を貫くつもりだ。

 すると今まで停止していた主砲が動き出した。

 「「「「「!!」」」」」」

 すぐさま避ける行動を出来るようにする小隊であったが、主砲はユーリ達とは在らぬ方向と高度に向けられていく。

 《少尉》

 皆が疑問に思っているとアイギスがユーリに話しかける。

 《おそらくあの戦車は損傷から見ると主砲を撃てば爆発します。》

 「!!全員、距離を取れ!!」

 そのユーリの言葉で全力で全員が戦車から距離を空ける。

 やがて戦車は大空に向かってエーテルを打ち出した。

 先ほど嫌というほど見たのにユーリの目にはどこがそれがキレイに見えた。

 それは一人の戦車乗りが時代に取り残された戦車に対する幕引きの一射だったかも知れないがその事を知らないユーリには理由は分からなかった。

 そして打ち出している最中に巨大な体から爆発が各所で起こり沈黙する。

 《何だったんでしょうか一体。》

 「…さあな。」

 アイギスの疑問に適当な返事を返しながらユーリは巨大戦車の残骸を見つめていた。

 「…ドラクル1、敵増援が迫ってきています。」

 ドロシーからの通信でレーダーを見ていると確かに反応がある。

 「全員指定ポイントにて合流、しかる後に撤退する。」

 全員が指示通りのポイントに向けて後退を始める。

 しかしユーリはふと思い出したかのように残骸となった巨大戦車を見る。

 その姿は初めに見た時より弱く感じるが、どこか誇りを持っているようにも見えた。

 ユーリは一つ敬礼をした後、ポイントに向かった。


 その後、切り札を失ったクラジャとガスアの関係は決裂。

 クラジャはMT技術の進んだ小国に滅ぼされる事になる。

 そしてどこの国においてもこれに類似した戦車が造られることは無かったという。

 一方タビーとジーナは生き残りユースティアに移る。

 タビーは農業、ジーナは軍の技術局へと生きる道を決めた。

 その後二人はゲイルの願い通り幸せに人生を過ごしたという。

 そしてタイラント・ティガーのデータはある人物へと流れていた。

 予想通り公の記録にはあの戦いの記録は残らなかったがその影響は未来にまで続く道となる事となる。

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