第29話 二つのありきたりな理由

 「ったく、まだ来ないのか。」

 「イライラしていると体に良くないよコックス曹長。」

 ユーリに叱られてから一時間、目標は未だ見えず専用の長距離用ライフルを構えたままアドルファスのMTは固定されていた。

 ドロシーに聞かれたらまた揉め事が起きそうであるが現在アドルファスの通信を聞いているのは隣に陣取るテリーのみである。

 「分かってるけどよ、あ~あ。エリンに帰ってどんちゃん騒ぎしたいもんだぜ。」

 「そうだね、その時は是非みんなで。」

 その様子を思い浮かべたのかテリーの声には確かに笑いが含まれていた。

 するとふと思い出したかのようにアドルファスがテリーに質問する。

 「そういえばトンプソン、お前なんで軍人になったんだ?」

 「?どう言う意味だい。」

 「あ~、いや大した意味はないんだが…。」

 流石に少し不躾だったかと思ったアドルファスだが言ってしまった以上言い切った方がいいだろうと思い直す。

 「物腰も柔らかいし、賢いし、顔も…まぁいい方だし軍人にならなくても色々と生きる道は他にもあったんじゃないのか?って思っただけだ。」

 「……。」

 アドルファスの質問に対してテリーはしばらくの間黙ったままであった。

 「いや、別に言いたくなければ言わなくていいけどよ…。」

 「ん、いやそういう訳じゃないよ。ただちょと気恥ずかしいかな。」

 「?」

 「僕が軍に入ったのは単純に愛する人を守る為さ。」

 そう言い切るテリーの通信画面にはあんぐりしたアドルファスの顔が映っていた。

 「…え、何。お前結婚してたの?」

 ようやく復帰したアドルファスの質問に笑いながらテリーは答える。

 「ハハ、今はまだ婚約者だよ。」

 「同じようなもんじゃねえか!!」

 アドルファスのツッコミも笑いながら受け流していたテリーはコックピット内に飾ってあった写真をアドルファスに見せる。

 「ほらこの子だよ。」

 そこに映っていたのはテリーと並んで笑う少女であった。

 「へー、可愛い子じゃん。名前は?」

 「エマっていってね、所謂幼馴染というやつでね。今はエリンで看護師の仕事をしているんだ。」

 エマの写真を見せながら彼女の事を語るテリーは本当に心底笑顔で彼女に惚れているのが良く分かった。

 「傷ついた人達を癒したいと言って看護師になった彼女を、テロや戦争から守りたい。それが理由で軍に入ったのさ、そういったありきたりな理由だよ。」

 写真を元に戻しながら語ったテリー、その様子にアドルファスは笑いながら言う。

 「そんじゃ、早いとこ任務終わらせてそのエマって子も一緒に騒ごうぜ。」

 「…それはとても素敵な話だ、やる気も一層入るね。」

 先ほどよりも笑顔でテリーはその未来を思い浮かべた。


 「…私が軍に入った理由?」

 アドルファスとテリーが話していたころドロシーもティナから同じ質問を受けていた。

 「うん!教えて貰いたいなって思って!」

 「……なんで?」

 「ドロシーさんと仲良くなりたいから!」

 ドロシーの質問返しに笑顔で答えを返すティナに頭を抱える。

 「あのね、今作戦中なのよ。私的な質問は今度にして。」

 「あ、……ご、ごめんなさい。」

 謝罪し悲しそうな顔をして通信を切ろうとするティナの様子を見てため息をつくドロシー。

 「大した理由じゃないわよ。」

 「え!?」

 急に話だしたドロシーを驚きの顔で見るティナ。

 「勘違いしないで、こんな理由で士気を下げたくないだけよ。」

 「あ、ありがとう!ドロシーさん!」

 オーバーなリアクションをするティナの様子に呆れながらも淡々と理由を語る。

 「本当に大した理由じゃないわ、父親が軍人で自分もなって見た。ただそれだけのありきたりな理由よ。」

 「お父さんは士官か何か?」

 ティナの質問にドロシーは珍しく笑いを含ませながら答える。

 「いえ、ただの白兵隊の通信担当。けどね。」

 そこで一旦区切るとドロシーはゆっくりと、思い出すように語る。

 「戦場から帰ってくるたび、傷だらけだけど笑顔で帰ってきたわ。もう見れないけど。」

 「それって…。」

 「駐屯していた基地が爆破されて死亡。その攻撃した国はもう滅んだし別に恨みを晴らしたい訳じゃないわ。ただ知りたいだけ、父がなぜ笑顔でいられたのかを。」

 「何故って?」

 「…昔から私は感情が薄くて。いろいろ勉強としているけど中々感情というものが理解できないの。だから父がなぜ過酷な戦場を生き延びた後で家族に笑顔でいられたのか。」

 「え~と、ドロシーさん。多分だけどね。」

 ティナは少し言いずらそうにしながらもドロシーに言う。

 「それはきっとドロシーさんがいたからだと思うよ。」

 「?どういう意味?」

 「きっとドロシーさんのお父さんはドロシーさんが迎えてくれる。それだけで嬉しかったんだと思うよ。」

 ドロシーはガンと頭を殴られたような衝撃を受けた。

 そんな可能性なんて考えもしなかった。

 「…けど、私嬉しそうなそぶりなんて一つも。」

 「関係ないよ!家族が迎えてくれる、それだけで嬉しかったんだよ。きっと!」

 ドロシーは何か否定しようとするが何も言葉が出てこなかった。

 代わりに出た言葉は。

 「ハミルトン。」

 「?なに。」

 「ありがとう。」

 顔を赤くしそっぽを向きながらお礼を言うドロシーをティナは笑顔で見守っていた。

 その時、レーダーに反応を示した。


 「確かなんだな。」

 「はい、MTの反応が3。巨大な反応が1。間違いなく目標と思われます。」

 ユーリはドロシーからの通信を受け凝り固まった手を回し解す。

 「よし、通信阻害用のチャフを蒔いた後は事前の打ち合わせ道理に各機準備を。」

 「「「「了解!」」」」

 これはきっと歴史に残されない戦い。

 されどユースティアとガスア、そしてクラジャの命運を賭けた戦いであろうことは間違いなかった。

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