第20話 暗雲の記念日

 王都エリンにあるリーハ王宮はユースティア王国を建国したアリアドス・ユースティア一世が建てさせた、ユースティアにおいて由緒正しい王宮である。

 そして本日はユースティア王国が建国された記念日。

 王族や大臣は勿論のこと、ユースティアに顔を効かせる名士や富豪そしてそれらを守るべき軍の関係者などが出席している。

 つまりは何が言いたいかと言うと、MTに乗るしか取り柄がないような人間は本来この場には相応しくないと言える。

 なのに、

 「何故俺はそんな場所にいるのだろう。」

 パーティーの会場の隅で一人、ユーリはボヤキながらそこにいた。

 エリンに戻る際スコットから連絡があり『急ぎエリンに戻れ』と連絡を受け、戻ってきたのが昨日のこと。

 そこからあれよあれよという間にいつの間にかこのお偉いさんが集まるパーティーに強制的に参加させられてしまった。

 ちなみにユーリ以外の艦の乗組員は全員この日は休暇となった。

 家族と再会するものや都にでて騒ぐものなど様々であろうが休暇自体はいいことだ。

 人間ずっと働き続けることは出来ないのだから。

 だが、それでも。

 「なんで俺が犠牲にならなきゃいけないんだ。」

 「随分な言い方だな、相変わらず。」

 そんなユーリに近づいて来て話かけてきたのはライアンであった。

 飲み物をユーリに渡して自分自身もお酒を飲むライアンはユーリと会話する。

 「ペンドラゴンの一件、お見事だった。諜報部の案件ではなかったがお陰で部隊に拍がついた。」

 「…そりゃ、めでたい事で。で、意の一番に言ってきそうな少将さんは今どこに?」

 ライアンは苦笑しながら目線を左側に向ける。

 その方向を向くとスコットが大勢の階級の高そうな人物と談笑している。

 少将となればああやって談笑するのも仕事の内だろうとユーリが思っていると。

 「あれはセリオン様だ。」

 ライアンが声を潜めユーリに話す。

 それに合わせてユーリも声を潜め聞く。

 「セリオン様?」

 「今ちょうどオーウェン少将と会話されている方だ。」

 よく注視するとがたいの良い如何にも王族といった雰囲気の男とスコットが話している。

 「見ての通り王族であるがオーウェン少将とは士官学校以来の旧知の仲だ。」

 「旧交を深めてる。といった感じじゃ無さそうだけど。」

 楽しく談笑している様に見えるが目の奥はお互い笑っていないことぐらいはユーリにも察する事ができた。

 その言葉に小さく頷くと、更に声を潜め口も出来るだけ動かさないようにするライアン。

 「今から言う事は極秘だ、いいな。」

 それに頷くとユーリは渡された飲み物(ジュースであった)に口を付ける。

 「今のユースティアの王である四世様とセリオン様はかなり険悪なご関係だ。」

 後で聞いた話では、先王であるユースティア三世は一時期セリオンを次の王にしようとしていた時があるらしい。

 だが、四世の賢さと堅実さに目を付け結局はセリオンが王となることは無かった。

 だがセリオンは未だに正当な後継は自分であると憚らないらしい。

 「セリオン様はかなり過激なお方だ、ペンドラゴンの一件も完全制圧すべきと最後まで言い続けてようだからな。」

 改めて談笑しているセリオンをユーリは見る。

 一見では分からないがユーリの勘はライアンの言葉を肯定していた。

 「人数は少ないが過激な思考の者がセリオン様に集まってきている。オーウェン少将もその仲間に入れたいのだろう。」

 「で、どうなんだそこのところ。」

 ユーリが問うとライアンはそれを鼻で笑い即答する。

 「ありえないな。少将は今の四世様の政策を非常に押している、セリオン様の過激な政策とは真逆なものをな。」

 話は終わりと言わんばかりの勢いでグラスに残っていた酒を飲み干すライアン。

 取り合えずユーリも安心して飲み物を飲む。

 MTに乗るしか能が無いとはいえ戦争をしたいわけではないのだ。

 そんな事を思っていると横から聞きなれない、けれどどこかで聞いたような威厳のある声が聞こえた。

 「ふむ、何やら楽しそうだね。余も混ぜてはもらえぬか。」

 ライアンとユーリが揃ってその声の方向に向くと、煌びやかな衣装を身にまとった男性に慌てて敬礼する二人を笑って見ている。

 この男性こそ大国であるユースティアを現在治めている王。アリアドス・ユースティア四世その人であった。

 周りがユーリ達の方を見てざわざわしている。

 それもそうだろう、王が階級の低そうなユーリに直接声を掛けているのだから。

 「そう畏まらずともよい、余はペンドラゴン攻略一番の戦勲者を見に来ただけなのだから。」

 目的が自分だと知り余計に硬くなるユーリをつま先まで眺める様にしていた四世は一言

 「やはり若いな。」

 と言った。

 そこには興味というよりも懺悔のようなものが含まれているように感じた。

 「若くして我が国の為に戦った少年兵を再び戦場に送り出す。何とも業の深いことだ。」

 そこまで言うと四世はユーリに対し謝る。

 「我が国の為にその人生を費やさせる事、申し訳なく思う。」

 周りのざわざわが一層強くなる。

 「い、いえ私にはそれしか能がありませんから。」

 ユーリが慌てたように言うと四世は笑みを見せながら言う。

 「謙遜することはない、今日の所はあまり時間がないがいずれまた君とは話をしてみたいものだ。ではいずれ、カサンドラの英雄。」

 そう言うと四世はユーリ達に背をむけ会場の中心へとむかう。

 そうして人波に四世は消えていった。

 その間までずっと敬礼していたユーリとライアンであったが、見えなくなったのを確認した瞬間、ユーリはライアンを睨みつける。

 「フォローとかしてくれても良かったんじゃないの。」

 「馬鹿をいえ、王と直接話すなど私にも経験した事をどうフォローしろというのだ。」 

 恨みがましそうに言うユーリに対しライアンは自己弁護する。

 二人とも相当な汗を掻いており、緊張の具合が分かろうというものだ。

 「二人とも貴重な経験をしたものだな。」

 そんな二人に声を掛けてきたのはスコットであった。

 敬礼をするライアンに対しユーリはスコットにも恨みを込めた目で見る。

 「そんな目で見るな、こちらもうかつに動けなかったのだ。」

 そう言って目線を右にずらすスコットに合わせ目線を動かすとそこには四世が去っていった方向を忌々しい目で見ていたセリオンであった。

 なにやら周りの者達とひそひそと話している。

 確かに彼の目の前で四世の近くに行くのはかなり至難であろう。

 ユーリが押し黙っているとスコットは持っていた空のグラスを見て。

 「ん、飲み物をもってこよう。ジェームズ中佐ついてきたまえ。」

 「?別に飲み物ぐらい自分で…。」

 そうユーリが言うとスコットは自分の後ろを見るよう合図する。

 ユーリが言われた通りみると未だにこちらをみてヒソヒソ話している集団がいる。

 「あの者たちの目線に囲まれたいなら止めはせんが?」

 否定するようにユーリは一歩引く。

 そんなユーリを笑いながら二人は人込みの中に消えていく。

 (考えてみれば二人で話すことがあったのかもな。)

 スコットの心配が本気だったとしてもライアンを連れていく理由にはならないだろう。

 二人で密談がしたかったとしたら合点がいく。

 どこもかしこも一皮むけば陰謀が渦巻いているのだろう。

 (帰りたい。)

 ユーリは心底そう思った。

 これなら前線に立てと言われることの方が余程楽である。

 休みは休みで恐らくティナが地獄を用意しているであろうから。

 そこまで考えると全身をブルッと震わせる。

 忘れはしまい、自虐的な性格を直すといってただひたすら「自分は出来る」と言わされた一日を。

 おそらくアレ以上の地獄を用意してくるだろう事実に恐怖しかない。

 「ちょっとよろしいかしら。」

 ユーリがまだ見ぬ地獄に思いを馳せていると、声を掛けてくる女の声がした。

 振り向くとそこには五十台と思われし女性と、ユーリとそんなに歳が変わらなそうな少女の二人がいた。

 二人とも軍服を着ている所からみて軍人であるだろうが、いきなり声を掛けられるような面識は無かった。

 「ごめんなさい、私はイザベラ・オデル。階級は中将よ。で、こっちが」

 「アヤ・オデル大尉です。よろしくアカバ少尉。」

 二人が階級が上だと分かり敬礼するユーリ。

 何が目的にしろ礼儀正しくしといて損はないだろう。

 そんなユーリを上品そうにクスクスと笑うイザベラは優しく語りかける。

 「そう畏まらないで、この子と歳が近いらしいから友達になれないかと思って来ただけよ。」

 とアヤと自己紹介した大尉の肩に手を乗せる。

 とうの本人のこちらを見る厳しい目を見る限りあまり信用は出来なさそうであるが。

 「…不躾ですがお二人はご親族なのでしょうか?」

 そうユーリが聞くと一瞬アヤの目つきが更にきつくなったような気がする。

 対照的にイザベラは笑みを絶やさなかった。

 「そう見えたなら光栄ね、この子アヤとは養母養子の関係なの。」

 そういわれて顔を見比べてみると確かに顔はあまり似ていないかもしれない。

 一方は笑みを絶やさずもう一方は目線が鋭いのでユーリには断言できなかったが。

 「私、軍務とは別に孤児院をしていてね、アヤはそこで育ったの。そして私を助ける為に士官学校に入って首席で卒業、最年少で大尉にまでなったの。」

 我が子を自慢するように語るイザベラにアヤは笑顔で頷いた。

 だが時折見える辛そうな顔をユーリは見逃さなかった。

 「では少尉、また今度会いましょう。行きましょうアヤ。」

 「はい、中将。」

 そういって二人はユーリの前から去っていく。

 ユーリが二人の、正確に言えばアヤの後ろ姿を見ていると。

 「今のはオデル中将か?」

 と戻って来たスコットが声を掛けてくる。

 先ほどとは違い険しい顔をしている。

 「何か話したか?」

 「特には、彼女もあっちなのか?」

 といってセリオンの方に目線を向けるユーリ。

 「いや、彼女は中立だ。」

 と遅れてきたライアンがグラスを渡しながら否定する。

 だがライアンの顔も険しい事からあまりいい関係とは言え無さそうだ。

 ユーリの考えが分かったのかスコットはため息をつきながら説明してくれた。

 「彼女は中立だ、確かに中立なのだが少なくともである事は間違いない。」

 そう断言したからには何かあるんだろうが、これ以上突っ込めば戻れなくなりそうだ。

 ライアンも目線で踏み込むことをよせと言っている。

 会話を打ち切ろうとしたユーリだが気になることがあったのを思い出す。

 「…アヤ・オデルについては?」

 「ん?オデル大尉は優秀な指揮官だ、確かに中将の養子という部分は注意しなければならんがそれ以外は特に言う事はない。」

 ライアンの説明に何処か釈然としないユーリにスコットは笑いながら聞く。

 「どうした、一目惚れでもしたか?」

 「…そんな事言っていると、おっさんと言われるぞ。」

 「ではどうしてそんなに気になるんだ?」

 ユーリの一言にショックを受けた様子で固まるスコットに代わりライアンが理由を聞く。

 「いや、気のせいなのかも知れないんだが…彼女とは他人のような気がしなくて。」

 結局ユーリの疑問はパーティーが終わっても晴れる事は無かった。

 そして彼女、アヤ・オデルと意外と早い再会するなどとユーリはこの時知らなかった。

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