第17話 彼の私の『自分らしさ』
ペンドラゴンの王都、ヴィヴィアンからそう遠くない砂漠地帯
そこにソラウスは一人愛機であるランスロットⅡに乗りただひたすら腕を組みユースティア側の返事を待っていた。
ユースティアに一体一での決闘を申し込む、それがペンドラゴンの獅子たる彼が最善とした策であった。
無論、軍の者や大臣などからはバカげてると言われ猛反対された。
だがその様な者達も、
「では、他に良い策があるのだろうな?」
この一言で黙らせてソラウスは今ここにいる。
それでもユースティアが受けなかったらどうする気だと言うものもいたが、そこに関しては心配はしていなかった。
それだけの条件を出した上にユースティアは支配を完全なものにする為に受けざるをえないはずなのだから。
それでも申し出を蹴られた時の為ペンドラゴンの精兵がMTに乗り込んでいる。
そうなったら死力を尽くして戦うのみである。
だが、決闘を行う事をソラウスは疑って無かった。
ふと、コックピット内を見渡す。
長きにわたり苦楽を共にしてきたソラウスの愛機、随分と古くなってしまったものだとつい感慨深くなってしまう。
それでも改修を続けてきたこの機体は自分にとって最高の相棒だと彼は信じている。
ユースティア側からの返事はまだ来ない。
上の方で議論を重ねているのだろうが早くしてもらいたいものだ、と思う。
ソラウスは眼前のユースティア艦隊を見つめる。
圧倒される艦隊の数だがこれでもユースティアの全軍には程遠いであろう。
つくづく厄介な国を敵に回してしまったものだとソラウスは笑う。
王がガスアの遠縁、それだけの理由で始まったにしては多くの血が流れたものだと今更になって思う。
ペンドラゴン、そしてユースティアもだ。
そしてその決着は自分と来るであろうユースティアの
後は長年の友でもある我が王がなんとかするであろう。
未だソラウスはユースティアの艦隊を見つめている。
いや、実際彼が見ていたのはユースティアの艦隊では無かった。
艦隊の何処かにいるであろう人物を思い見つめていた。
長年に渡り戦場に立ってきた自分に恐怖を感じさせた少年。
誰がこようと戦うのは勿論であるが、できる事ならば彼と戦いたいと思っている。
そしてこう直感している、出てくるならば彼であると。
単純な願望かも知れない、それでも彼には一人のMT乗りとして問いたい事がある。
だからこそ彼はユーリとの決闘を望む。
「早くこいユースティア、早くこいユーリ・アカバ。」
愛機の中で彼はその時が来るのをひたすらに待ち続ける。
ユースティア艦隊のエーデルワイス、その格納庫に続く道をユーリは一人歩いている。
突如ペンドラゴン側からの決闘の申し入れ、この申し入れにユースティアの司令部は動揺した。
申し入れの内容としては以下の通りである。
・決闘は一体一である、これが破られた場合以下の条文は破棄されること。
・ユースティア側の勝利の場合、ペンドラゴン王国はユースティアに降伏すること。
・ただし降伏調停には人道に則った統治が行われる事が明記してある事が前提であること。
・上記が満たされない場合、ペンドラゴンは如何なる武力行為も辞さないこと。
・ペンドラゴン側の勝利の場合、ユースティアはカムラン基地まで後退すること。
・上記が満たされない場合も武力行為を辞さないこと。
要約すればこのような事が書かれていた。
これを聞き司令部の一人は声高らかに罠だと主張した。
確かに普通に考えればそう考えてもおかしくない。
降伏という大きなリスクを払うペンドラゴンに対し、ユースティアが払うリスクがあまりにも少なすぎる。
確かにヴィヴィアン攻略は遅れるだろう、だがただそれだけだ。
むしろ迅速さを優先し修理や負傷兵などの理由でカムラン基地にいる部隊などとも足並みを揃え進軍できるだろう。
ユースティアから見てほぼノーリスクでハイリターンであるこの申し入れを罠だと思っても仕方のないことであろう。
徐々にその意見が司令部全体に行き渡る中、そのトップである司令官はそれを一蹴する。
彼は長きに渡りペンドラゴンと戦ってきた。
勇猛さを誇りとしているペンドラゴンがこのような罠を、それも国の柱ともいえるソラウス・ゴードウィンを使ってやるとは思えなかった。
ペンドラゴンをよく知る司令官の意見に皆が黙るなか参謀が発言する。
「罠であろうと、そうでなかろうとこの決闘は受けなければならない。」
皆の視線が集まるなかで参謀は語る。
もし仮に決闘を受けず侵攻した場合でもヴィヴィアン攻略は成功し、ペンドラゴンを手中に収めることは出来るだろう。
しかし、先ほども言った通りペンドラゴンは勇猛さを誇りとしている。
そのような相手からの決闘の申し入れを受けなかった時、ユースティアは弱腰とみられ今後の政略に大きな影を落とす事は間違いないだろう。
逆にペンドラゴンの軍の中枢であるゴードウィン大将を一体一で倒せばペンドラゴンの統治がやりやすくなるだろう。
参謀の言葉に異を唱える者は居なかった。
確かに今後の統治を考えればここで決闘をしないという選択肢は無くなる。
ペンドラゴン側の思惑はどうであれ、ここは受けるのが得策であろう。
そうなると次に問題になるのはこちら側から誰を出すか、である。
半端なMT乗りではペンドラゴンの獅子たるソラウス・ゴードウィンには歯が立たないであろう。
だが万が一を考えれば国の上層部につながりを持っている者は失いたくない。
MTの腕が立ち、なおかつ失敗しても問題ないであろう人物が好ましい。
そこで白羽の矢が立ったのは。
「で、俺が決闘をする事になったから。」
とユーリは小隊メンバーに他人事のように報告した。
「それってすごい事じゃないですか!ユースティアの代表って事ですよ!」
「ああ!すげえな隊長!」
ユーリの報告に驚きと喜びを表現するティナとアドルファスであるがドロシーとテリーはどこか納得いってない顔だ。
「…どこか捨て駒にされている気がする。」
「確かにね、そういった感じはするね。」
実際正しい訳だが二人の疑いにユーリは笑みを返す。
「まぁ、そう言うな純粋に腕を認めてくれている人もいる。」
艦長であるノアと司令官は旧知の仲であるらしくそういった意図があることも隠さずに教えてくれた。
そのうえで司令官はユーリに対しこう言い通信を切った。
「君の実力ならば獅子を倒すことが出来るだろう。どうか生きて帰り、我々の考えが無意味であったと笑ってほしい。」
変わった激励の言葉だったが少なくともユーリはやる気が出た。
「さて、おやっさん。俺のファフニールの状態はどうだ。」
その言葉に反応したのはかなり年を取った男であった。
年は60代ぐらいであろうか、長い白髪に長い白髭が特徴の男は大きな声で怒鳴る。
「大丈夫に決まっとるじゃろ小僧!ワシが整備してるんじゃからな!」
バーナード・ヴァン・ボンク、長年に渡りユースティアに所属しているメカニックである。
何故か本名で呼ばれることを嫌い、皆におやっさんと呼ばせている。
体を鍛えており今も筋肉隆々で生涯現役を宣言している。
偏屈でも知られているが、ユースティアいちのメカニックとの呼び声も高い。
前に所属していた艦の艦長と揉めていたところをスコットに誘われ、今にいたる。
当初はユーリに指示されることに不満を露わにしていたが、実戦をみて多少は態度が丸くなったらしく今では世間話をするぐらいの仲にはなった。
「すごいですね。かなり右側は損傷が激しそうでしたのに。」
テリーが関心したように近づいてきたおやっさんに言う。
「ワシらに掛かればあれぐらい一瞬で終わるんじゃ!、なぁパメラ。」
そう近くにいた若いメカニックの少女に声を掛けると、そのメカニック少女は盛大に転んだ。
「う~いきなり大声を出さないで、おじいちゃん。」
すまんすまんと笑いながら肩を叩かれるこのメカニックの少女の名はパメラ・ヴァン・ボルク。
言葉と名が示す通り、おやっさんことバーナードの孫である。
人見知りでおどおどしているが優秀なメカニックで口には出さないがおやっさんは自分を超える存在だと思っている。
「で、例の装備のこと小僧に教えてやんな!」
そう言って小隊メンバーの前に出すおやっさん。
孫だからといってメカニックである以上必要以上に甘やかさないのである。
パメラはもじもじしながらも大きく深呼吸したのち装備について語りだす。
「今回少尉のファフニールには実体剣、【試作ニホントウ型ブレード コンゴウ】が追加されます。」
ユーリのファフニールを見てみると確かに鞘に入った状態の実体剣が装備されている。
「コンゴウの特徴は兎に角折れず曲がらない事です。スピード重視の少尉のスタイルに耐えゆるように設計されています。」
それを聞いてユーリは安心する。
下手な実体剣で使ってる途中に折れてしまったことは少年兵時代に何度かあった。
こちらの要望に耐えゆるものをスコット経由で技術部に頼んでいたが、ベストなタイミングで来てくれたものだとユーリは思う。
「ついでに小僧の要望通り、追加の装甲もつけておいたぞ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷はつかんぜ!」
おやっさんが足らなかったパメラの言葉を補足する。
詰めの所でやはり孫に甘かった。
そんな二人にユーリは礼を言う。
「済まない、ありがとう二人とも。」
それに対しおやっさんは、
「なぁに!これがメカニックの仕事だ気にするな!」
と大声で笑う。
一方でパメラは
「い、い、い、い、いえ!少尉のお役に立てて何よりです!」
と顔を赤くしながら言う。
パメラの様子に何か感づいた様子のテリーとドロシー。
ユーリも感づくが自意識過剰と自分の考えを切り捨てる。
そしてティナをその様子を笑顔で見ていたが、心中にはどこかモヤモヤするものがあった。
そんな中でアドルファスとおやっさんは何も感じ取れなかったらしく別の新兵器を付けてくれと頼んだり、突っぱねたりしていた。
「ふぅー。」
隊員やメカニック、その他船員からの激励を受けユーリはコックピットにようやく乗り込んだ。
《少尉、準備はよろしいですか。》
「…ああ、大丈夫だ。」
事態はアイギスにもとっくに伝わっている。
確認をしてくるアイギスに返事を返すユーリ。
決闘の時間まで機体内で待機するユーリであったがアイギスが言葉を続ける。
《…本当にそうですか。》
「?どう言う意味だ。」
言葉の意味が分からず聞き直すユーリ初めて会ってからそれなりに経つがアイギスがこんな聞き返しをするのは初めてだ。
《ユーリ少尉の心拍数がいつもより高いです。それと少尉の手から汗を検出、いずれも人間が緊張時に出すサインです。》
ユーリの眉がピクリと動く、確かにアイギスはこのファフニールと一体となっている。
今言った事などすぐにわかるだろう。
「戦争の決着がこの一戦に掛かっている。緊張もするだろう。」
《…間違いありませんか。》
「何が言いたい。」
繰り返される追及にいら立ったのか短く返すユーリ。
《少ないデータではありますが少尉はそのような事では緊張はしないと判断します。》
「っ!いい加減に。」
度重なる追及に怒鳴りそうになるユーリにアイギスは言葉を重ねる。
《私はAIです。そのような存在に追及されるのに少尉が怒りを覚えるのも理解できます。もし、少尉が命令すれば私はこの件に対し追及することはもうありません。》
ですが、と続く言葉が妙にユーリの耳に残った。
《AIではありますが心を理解し、学ぶ身です。その私が搭乗者である少尉の身を案じ、理解したいと思う事はおかしな事ですか。少尉、回答を》
ユーリの怒りは話を聞いている内に何処かにいってしまった。
間違ってないと短く言うと、ユーリは上を見上げポツポツと話し出す。
「怖いんだよ、単純にな。」
一度あふれ出した言葉は止まらない。
「あの人と戦うのは三度目だ、そのうち二回は負けてる。生き残ったのは運が良かっただけだ。」
アイギスは何も言わずユーリの独白を聞いている。
「死ぬことが怖い訳じゃない、死ぬことによって期待を裏切ってしまうことがおそろしいんだ、そのことを思うと手も震えてくる。」
そう言うとユーリは項垂れ黙ってしまう。
しばらくの間コックピット内を沈黙が包む。
ようやくアイギスはユーリに問い始める。
《少尉、それは『自分らしさ』なのですか。》
その問いにユーリは顔を上げる。
《少尉は言いました、MTに乗るのは自分らしくいられるからだと。では、現在少尉が恐れているのも自分らしいからですか。》
「…ハハ。」
アイギスの問いに思わず笑いが出るユーリ。
《少尉、何かおかしかったでしょうか。》
「いや、何もおかしくない。正しいよアイギス。確かにMTのことでうだうだ言うのは俺らしくないよな。」
ユーリの顔はどこか爽やかになっていた。
「どうせこのぐらいしか取り柄がないんだ、相手が何であろうと全力であたるだけだ。」
《それがあなたの『自分らしく』…ですか。》
「そうだな、自分でも自虐的だとは少し思うがな。」
《…私にも、AIにも『自分らしく』できると思いますか?》
「それだけ思考できるんだ。お前にもできるさ、きっと。」
そこまで言うとブリッジのオリビアから通信が入る。
《アカバ少尉、そろそろ時刻です。発進準備お願いします。》
分かった、とだけ言うとユーリはカタパルトに向かう。
「あぁ、そうだアイギス。」
《何でしょうか、少尉》
その最中にふと思ったことをアイギスに伝える。
「俺の事を搭乗者なんて味気ない言葉で表すな。」
《ではなんと表せば…ご主人様でしょうか》
「…そのデータについては後で言及するとしてそうだな、せめて相棒にしろ。これ命令。」
《相棒…パートナー…》
言葉をかみしめるように何度も繰り返すアイギスはしばらくしてから。
《人間的な言葉で言えば『しっくりくる』というのが当てはまるでしょう。了解しました今後、少尉との関係を相棒と表します。》
そうこうしている内にカタパルトにスタンバイが完了しオリビアからの通信が入る。
《射出タイミングをアカバ少尉に譲渡。少尉、戻ってきてくださいね。》
不安そうなオリビアに笑みで返事するユーリ。
その心には不安は無かった。
「じゃあ、いくか相棒。」
《了解しました相棒。ユーハブコントロール。》
「アイハブコントロール。ファフニールアカバ機、出る!」
こうしてユーリは発進した。
ペンドラゴンとの戦の行方をうらなう決闘が始まろうとしていた。
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