第16話 獅子の一手

 カムラン基地がユースティアによって落とされてから3日後。

 ペンドラゴンの王都ヴィヴィアンの王宮は今日も軍人や大臣の声によって騒然たる様子であった。

 議題は無論の事間近に迫ってきたユースティアに対しどう対処をするか、この一点である。

 「貴様!ユースティアにこの国を売り渡す気か!」

 「そうではない!ユースティアに頭を垂れようと、捲土重来を目指すべきだと言っているのだ!」

 「同じ様な物ではないか!ユースティアに頭を垂れるぐらいなら最後の一瞬まで戦い抜くのがペンドラゴンではないのか!」

 「いや我々は兎も角、民たちにも同じ道を行かせるのは違うのではないか?」

 「そうだ!そんなに死にたいなら貴殿一人で行け!」

 「なんだと貴様!!」

 同じような会議が何度繰り返されたであろうか、と一人ソラウスはバレない様にため息をつく。

 今現在ペンドラゴンは抗戦派と降伏派に真っ二つに割れている。

 開戦直後は圧倒的な抗戦派であるが、ユースティアに力を削がれるうちにそして戦が長引くうちに降伏派が力を増してきた。

 決定的であったのはペンドラゴン王族の親類であり、重鎮でもあったスタリオン・ピピンがユースティアに逃亡した事である。

 (まあ、無理もないとは思うがな。)

 が、ソラウスにとっては気持ちも分からない事も無かった。

 彼はもとより国力の差などからユースティアとの戦を嫌がっていた。

 それ以外にも王族ということで様々な事に巻き込まれ、しまいには彼の暗殺計画なども画策されていたという。

 気弱であったスタリオンがユースティアに投降したのも理解は出来なくはなかった。

 「…皆の者、静まれ。」

 怒鳴りあう声からすればあまりに小さな声であった。

 しかし小さくも厳かな声に皆が静まり返った。

 いや、このペンドラゴンにおいてこの声を聞いて静かに聞かない者はいないであろう。

 なぜならば、この声こそこの国のトップであるペンドラゴンの王アーサー・ピピンである。

 「皆、余はゴードウィンと話がある。一度下がれ。」

 その言葉に一部が難色を示す。

 今更ソラウスが王に危害を加える事など考えられないが、この一大事に王と重鎮のみで会話は何か画策しているとも思われるだろう。

 だが、そういった者たちもアーサーの一睨みによって足早に去って行く。

 アーサーは護衛も下がらせると大きく息をつく。

 「ようやく静かになったか、全く同じことでグダグダと。」

 「そう言うなアーサー、皆この国を思っているのだ。」

 ペンドラゴンの王であるアーサーとソラウスは歳は離れているが所謂幼なじみというもので、王と臣下という形になってもその友情は変わらなかった。

 ソラウスの窘める言葉にフンと鼻をならすアーサー。

 「そんな事は分かっている。結論が出ない会議をいつまでもしている事に腹を立てているのだ。」

 そう言うと玉座に深く座り直すアーサー、自分がここに座れるのはあとどれだけだろうと思いながら。

 「率直に聞くぞソラウス、我がペンドラゴンはユースティアに勝てるか?」

 「まず、無理でしょうな。」

 否定の即答であった。

 我が国が負ける、その事を聞いてもアーサーは冷静であった。

 「国力の差は勿論、ユースティアは我らがペンドラゴンを落とすため幾重にも計画を巡らせてきた、万が一此度の遠征軍をはねのけても次が来るだけだろう。」

 その言葉に顔を顰めるアーサー、ユースティアの計略によって苦労させられた記憶が嫌でも思い出される。

 特にスタリオンを引き抜かれたのは痛かった、王としても仲の良かった親族としてもだ。

 「…ガスアの協力が得られれば話は別ですが。」

 「無理だな。」

 今度はアーサーが否定の即答であった。

 「遠縁というだけであのガイン帝が動くとは思えん、しかも今ガスアは隣国フリーゼンと戦の真っ最中だこちらに兵を回す余裕はないだろう。」

 フリーゼンは一年中寒波に見舞われしかも山間の地形のた別名【難攻不落の国家】ともいわれる国である。

 しかも今の皇帝クシュナ―ル・ガインはかなり計算高いことで知られている、今のペンドラゴンに力を貸すとは思えない。

 ソラウスもこの程度の事は知っていたが黙って聞く。

 「俺は、ペンドラゴンの民の為ならばユースティアに頭を下げることはいとわん。」

 他の者が聞けば卒倒し兼ねない言葉であるが、ソラウスは驚かない。

 長年の付き合いからアーサーがそう考えることも分かっているし、この後の言葉も想像がつく。

 「だが、このまま降伏すればユースティアにペンドラゴンの民は虐げられるやも知れん。それだけは防がねばならん。」

 アーサーはここで頭を抱える、その重圧だけは臣下であるソラウスには計り知れなかった。

 「抗戦すれば多くの兵と民が死ぬ、降伏すれば多くの民が虐げられるかも知れない、どちらを選んでも我々に未来は…。」

 思わず言葉を詰まらせるアーサーに対しようやくソラウスが口を開く。

 「上手くいくかどうかは分からんが、一つだけ手が無いわけでもない。」

 そのまさかの言葉にアーサーはソラウスに顔を向ける。

 ソラウスの顔は決意に満ちていた。


 「親父…。」

 王宮から出るとクラレントが待ち構えていた。

 「クラレント、病室にいたのではないか?」

 クラレントの右手はギブスで固められており、頭にも包帯が巻かれている。

 ユーリとの戦闘の際、出血しさらに骨折したのである。

 「国の一大事に呑気に寝てられるか、それに病床はあって困るものじゃないだろう。」

 そう笑みを浮かべるクラレントであるが、頭には汗をかいており無理しているのは一目瞭然である。

 やれやれと言わんばかりのソラウスを笑みを引っ込めいっそ睨まんばかりの顔で見つめるクラレント。

 言わんとしたい事が分かってるのか、ソラウスはいつもと変わらない表情で結果をいう。

 「うむ、王に受け入れられた。明日皆に話すようだ。」

 「っ!何故だ!」

 クラレントの大声に周りの兵達が振り向くがソラウスが一睨みするだけで業務に戻っていく。

 「大声を出すな、兵が不安がる。」

 「どうして、あんな作戦とも言えない物を王は受け入れたんだ!」

 クラレントを窘めるが未だに収まらない様子に周りの兵に外すようにいう。

 「そう言うな、王とて好きで受け入れたわけではない。私が示した可能性に掛けられたのだ。」

 受け入れてもらうために相当揉めたのは息子には言わなくていいことだ。

 あれだけ揉めたのは王と臣下になってから初めてであろう。

 「それにユースティア側がそれに乗ってくるとは「確実に乗る」っ!」

 クラレントの言葉を遮りソラウスは自信を覗かせる。

 「確実に乗る。なぜならこれはユースティアにとって話なのだからな。」

 「だが、」

 「不安なのはその後だが、そこは王に任せるほかないな。」

 もう何を言っても止められないのが理解できたのかため息をつくクラレントは一つの質問をする。

 「最後に一つだけ、なぜユーリ・アカバに目を掛ける?」

 ソラウスはジッとクラレントを見る、そこには怒りはなく純真な疑問の顔であった。

 「あの男が腕が立つのは実際に戦ってみてよく分かった、そして親父があの男に手加減のような事をしない事も。」

 クラレントをソラウスが助けに来た時、邪魔が入らなければ恐らくあの男は死んでいたのは間違いない。

 だからこそ解せないあの男、ユーリ・アカバに執着している理由が親愛のようなものでなければなんなのか。

 もともとクライアントはてっきりソラウスがユーリに対しそのような感情を持っていると思っているからこそ彼を強く敵視していた。

 「…フン、少しはマシな顔で聞くようになったな。」

 それだけ言うとソラウスは腕を組み空を見上げる。

 「言い表すなら、興味と恐怖…この二つだな。」

 クライアントは驚きを隠せなかった。

 軍人として、そして親子として長く一緒にいるが彼から恐怖という言葉が出た記憶は無い。

 「初めて会ったのは戦場、奴が撤退しているユースティア軍を援護している時だった。」

 言葉の出ないクラレントをよそにソラウスは静かに語る。

 「多くのユースティア兵が抵抗も出来ないような状態で奴は多くの友軍を撃破し私に迫った時には既にボロボロの状態だった、万全の状態だったらどうなっていたか私にも分からん。」

 ソラウスの語りを黙って聞くクラレント、一言一句を聞き漏らしはしまいというようであった。

 「少年兵だったと知ったのはしばらく経った後だった、その時は愕然とした多くの友を仕留め私に迫って来たのが少年という事実に…私は恐怖した。」

 ソラウスが懺悔するように語る。

 「年端の行かない子どもを殺しかけた恐怖ではない。少年があれだけの実力を持っていることに恐怖を覚えてしまった。」

 ソラウスの顔には笑みが浮かんでいた、が楽しくて笑っていないことはクラレントにも分かった。

 「それから奴の事を調べ始めた。そして奴が来ることを祈った、勇猛な彼に対する純粋な興味かそれとも奴を倒して恐怖心を克服するためか今でも整理はついていないがな。」

 ここにきてようやくソラウスはクラレントの顔を見る。

 「情けないと思うか、クラレント。こんな父を。」

 その言葉にクラレントは首を横に振った。

 「恐怖心は誰だって持つさ、親父はそれがあいつだった…それだけだろ。」

 疑問が晴れたおかげかクラレントの顔はサッパリとした物になっていた。

 「ところで親父。」

 息子の言葉に思わず笑みがこぼれていたソラウスにクラレントは問う。

 「その作戦に、奴は出てくると思うか?」

 「…分からん、しかし奴が出てきたならばその時は」

 クラレントに問いにソラウスは断言する。

 「奴と私、どちらかが死ぬのは間違いないだろう。」


 もう半日でヴィヴィアンが視認できる位置に進軍して来たユースティア軍の先団に配属されたエーデルワイス。

 奇襲自体はならなかったものの戦闘での活躍が認められた結果である。

 そのブリッジにユーリの姿はあった。

 「不気味ですね…。」

 「そうだな。」

 そんなユーリにオリビアが語り掛けるがそれだけ言うと黙り込むユーリ。

 場に重い沈黙が流れるがノアが繋ぐ。

 「確かに予想外ではあるな。」

 本人達は知らない事ではあるが彼らが話している事は他の艦の者達も思っていた事であるそれは。

 「予想以上に抵抗が少ないですね。」

 そうジャックが言った通り、ペンドラゴンの抵抗の無さである。

 カムラン基地から後続の部隊を置いてけぼりにしてまで、迅速に行動したのもあるだろうがここまで来るまでに交戦が一回も無いのは流石におかしい。

 ペンドラゴンの気性からして激しい抵抗があるはずである、降伏も恐らくありえないだろう。

 そうなると考えられるのは。

 「罠だったりするんでしょうか?」

 「いや、それは無いと思われる。」

 不安な顔で言うオリビアの言葉をノアが否定する。

 「ピピン王は非常に国民を大切にすると聞く、どんな策をするにしても王都でするからには被害が出るだろう。」

 「それじゃ一体…。」

 今度のオリビアの問いには誰も答えられなかった。

 再び沈黙がブリッジ内に久しぶりにユーリが口を開く。

 「いずれにしても前に進めば分かることだよ、オリビアここで悩んでも仕方がない。」

 ユーリの言葉に誰も否定しなかった。

 とオリビアが何かを思い出したように言う。

 「そういえばおやっさんから伝言です。例の装備、搬入完了らしいです。」

 「ったく、そういうことは自分でいえばいいのに。」

 「そういうな、おやっさんも年なんだ。」

 「まあ彼が天命を全うする以外で亡くなるのは全く想像が出来んがな。」

 全員の明るい笑い声がブリッジ内に響き渡るその時であった。

 「!友軍からの緊急暗号通信です!」

 通信が入ったことをオリビアが伝えると緊張感が駆け巡る。

 「敵MT発見、数は…い、1機だそうです」

 「一機?降伏の使者でしょうか?」

 ジャックが思った事をいうがそれに反応する前に追加の通信が入る。

 「MTはソラウス・ゴードウィンの【ランスロットⅡ】、武装している模様です!」

 その名前にピクッと肩が揺れるユーリであるが皆それを気づく余裕はない。

 「武装しているという事は投降ではないでしょうね。」

 「うむ、しかし罠にしてもあきらさま過ぎる。獅子め、一体何を考えている。」

 ジャックとノアが思考を巡らせている間もユーリは黙ってソラウスがいるであろう方向を見ている。

 「!さらに通信入ります!」

 「ソラウス・ゴードウィンはこちらに、け、け」

 「どうした!」

 言葉を詰まらせる様子のオリビアにジャックが問いただす。

 「を申し込んできた模様です!」

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