第14話 信ずる道
「…?撃てるかって、どういう意味だ?」
「言葉通りです隊長、隊長はあの人に武器を向けることができますか?」
質問の意味がよく分からず聞き直すユーリに対しティナは俯き始め声が段々と細くなっていく。
「私は…戦える自信がありません。」
持っているコーヒーを見つめポツポツと話す。
「私が軍人を目指したのはあの日見た隊長のように誰かを守りたかったから、けどあの人ゴードウィンさんも誰かを、それこそ敵兵である私でさえ助けてくれました。」
少し冷めたとはいえまだ温かいコーヒーを持っているというのにティナの手は震えていた。
「あの人は私の理想とする軍人そのものです、助けてくれた恩人です。そんな彼に武器を向けれるのか、私は自信がありません。」
ティナの発言にハァと息を吐くユーリ。
「あのな、ティ」
「分かってたんです、本当は。」
ユーリの言葉が聞こえたのか否かは分からないが、とくかくティナは言葉を遮り言葉を続ける。
「理想としている軍人像はただの甘い理想論であることを、綺麗な事ばかりじゃなくて軍人として汚い事もしなくちゃいけない。もしかしたら私と似た経験をさせるかも知れないことも。」
「…まぁ、そうだな。」
軍人である以上市民を守るといった仕事だけでは無い、人の命を奪う事もたくさんあるだろうし、表には出せないような事もやるかもしれない。
特にこの部隊は諜報部の所属だ、今の所真っ当な作戦しか回ってきていないがいつそのような作戦が回ってきてもおかしくないし、しょうがない。
「けどそんな中で理想とする人が現れて、でもそれは戦わなければならない人で、正直いま頭が混乱しています。」
少し笑みがこぼれるティナだが、その笑みも長くは続かない。
「隊長、私間違っていますか?」
今度は泣きそうになりながらティナはユーリに問う。
「ユースティアの軍人なのに敵国の大将を撃つことをためらう私は軍人失格ですか?教えてください隊長。」
涙ぐみながらも、顔を上げその目はしっかりとユーリをとらえていた。
それに対するユーリの答えは、
「いや、分からんよそんな事。」
であった。
「フヘェ?!」
予想外の答えに思わず変な声が出てしまったティナを置き去りにしてユーリは語る。
「いやだって俺が軍人になってひと月ぐらいしか経ってないんだぞ、そりゃMTに乗っていた時間はお前より長いかもしれんが…俺に軍人のなんたるかを聞かれても分からんとしか言えない。」
てっきり失格だといわれると思っていたティナは固まってしまう。
「それを理解したうえで言わせてもらえるならティナ、お前真面目すぎ。」
「ま、真面目ですか?」
それとこれとがどう関係しているのか、先ほどとは別の意味で混乱するティナに対しユーリは、
「よく聞け、ティナ・ハミルトン。」
と顔に両手で当て顔を近づける。
「た、隊長、顔、顔近いです!」
ティナが顔を赤くし抗議するが、ユーリは止めない。
顔を背けず、ひたすらにティナの目を見る。
「俺はお前が正しいと思う。」
どう抵抗しようか考えていたティナにその言葉が届くとピタッと動きが止まる。
「一般論なら間違っているかも知れない、けど本来なら誰だって尊敬できる人は撃ちたくない。俺もそう思う。」
だけど、というユーリに対しティナは抵抗しようとする気を無くしていた。
「本当にその人に武器を向けない事が自分の理想に沿うと思うか?理想とする人がする行為だと思うか?」
「それは…」
ティナには何も言えなかった。
「多分だがあの人は逆の立場だったとしても武器を向けてくるだろう。自分の信じた道の為に。」
「自分の信じた、道。」
妙にティナの耳にその言葉が残った。
「そうだ、それが何なのかは俺には分からん。仕える王に対してかも知れないし民に対してかも知れない、もしかしたら別のものかも知れない。けれど、」
ユーリ一層真剣な声で自分の考えを言う。
「自分がこれだと信じたものの為にあの人は戦うだろう。少なくとも俺は彼をそんな人だと思う。」
それに対してはティナもそう感じる、ただ命令を聞いているだけなら自分を助けたりはしないだろう。
「だからお前も自分の信じた理想の為に戦え、例え他人に後ろ指刺されようと、例え理想とできる人を撃つことになっても、だ。」
「…それがユースティアを裏切る事になっても…ですか?」
ティナの問いにニヤッとした顔をし、
「聞きたい?」
と返すユーリに対し、「いや!答えなくていいです!」と反射的に答える。
その答えを聞くのは軍人としてあまりにも怖すぎる。
それを聞くとユーリは笑いながらやっとティナの顔から両手を外す。
手は外れたがまだ感触が残っているようで、未だにティナは心臓がバクバクいっているのが感じられる。
その様子を笑いながら見るユーリはさらに言葉を続ける。
「ま、とにかく信じたものの為戦う。そんなことも分からなくなるほど考え込むから真面目すぎだって言ったんだよ。」
そこまで言われるとティナは考える。
確かに自分の理想とする人は戦場でいかなる敵だろうと手加減などしないだろう。
むしろその様なことを考えていた時点で相手の事をなめていたのかも知れない。
「そう…かも知れない…ですね。」
気が付けば肯定の言葉がティナの口から漏れ出ていた。
その言葉に頷くとユーリはティナの顔を見ながら笑顔でいう。
「ま、MTに乗る以外は駄目な俺に言われてもしょうがないかもしれないけどな。」
「…そんな事ないです。」
ユーリの言葉をティナは否定する。
少なくとも自分は彼の言葉で自分が進む道がハッキリと見えた気がする。
「ありがとうございます。隊長。」
そう言って花も恥じらう笑顔をユーリに向ける。
やっと久しぶりに彼女の笑顔を見た気がする。
そう思いながらユーリは笑みを返し、
「今度また迷ったらすぐに俺の所こい、それが正しいと思えたその時は全力でお前の道を全力で肯定してやるから。」
「はい!よろしくお願いします!!」
ユーリの言葉に大きく元気な声で返事を言うティナ。
その目はどこまでも真っ直ぐであった。
「所でさっきは悪かったな。」
「?何のことですか?」
相談を終えたのち少し談笑しもうそろそろお暇しようとティナがしていた時である。
突然のユーリの謝罪に疑問しか出てこない、謝られる事はされてないと思うけどと思い返してみるが思いつかない。
「いや、さっき顔を触ったうえ至近距離で見ただろ、顔を。」
「ああ!!」
その事かとティナは思う、確かに恥ずかしかったし今でも思い返すとドキドキするが…。
「別に、気にしてないですよそんな事。」
そう、自分のことを思って真剣に聞いてもらうための行為だったのだから別に気にしていない。
そう、だから「少しぐらいやましさがあっても良かったのに」とは全く全然思っていない。
無いと言ったら無いのである。
と心の中でティナが思っているとは知らずユーリは自虐する。
「けど、嫌じゃなかったか?好きでもない、それも下の上みたいな顔を近づけてきて。」
いくら自虐的でも流石に下の下とは言いたくないユーリだった。
その言葉を聞くとティナは一旦思考が止まる。
そして長い溜息をつくとティナはユーリに近づきながら答える。
「隊長、前々から思っていましたけど隊長は自分を卑下しすぎです!」
そう言うとベッドに腰を掛けていたユーリの前に立つティナ。
「そ、そうか?」
「そうです!隊長は自分も、もっと自分を肯定すべきです!」
そう熱く語るティナに押されるユーリ。
実際ユーリの顔立ちはそれほど悪いものでは無かった。
イケメンと十人が十人言う訳ではないだろうが、少なくとも上の下はあると思うとティナは思う。
だが、経験的な所以かそれとも地の性格かは判断つかないがとにかく自分に(MT以外の)自身が無いユーリは。
「そうは言ってもな~。」
とはっきりとさせない事を言う。
その態度に何かのスイッチが入ったティナはまず質問をする。
「隊長、お歳はいくつでしたっけ?」
「?詳しくは分からないけど18…だと思うぞ。」
出生記録がないため少年兵時代に受けた軍の診断であるが大きな誤差はないだろう。
「そうですか、私は今19です。」
「ああ、それは知ってるが。」
一応彼女の記録は拝見させてもらったので歳は知ってるがそれが一体どうしたと言うのだろうか、ユーリが聞こうとする前に。
「隊長!、いえユーリ!!」
いきなりの名前呼びに驚くユーリにティナは宣誓する。
「これから私はユーリの先生になります!!」
「…はい?」
いきなりの発言に思わず聞き直すユーリにティナは答える。
「ですから!私だけが一方的にお世話になるのは心苦しいので、ユーリが自虐的な事を思わないようにする先生に私がなります!」
思わず頭を抑えるユーリだが、ティナは止まらない。
「歳は私の方が上なのであえて呼び捨てにさせてもらいます!あっ、もちろんプライベートの時やこういった時のみなので安心してください!」
「いや、そこじゃなくて。」
「そうそう!ユーリはこういった時でも軍務の時でも今度から私の事をファーストネームで呼んでください!親しくなった記念に!」
「いや、とりあえずちょとm」
「よし!そうと決まれば早速準備しなくちゃ!待っててくださいユーリ!作戦中なので今すぐは無理ですけどいつか絶対ユーリが自分を肯定出来るようにしてみせます!!では、失礼します!」
そう言うとティナは嵐のように去って行った。
一人になった部屋でユーリは彼女を止めようと手を伸ばした状態で固まっていた。
やがて時間をかけて頭を抱える。
彼女が元気になったのは本当に良かった、隊長としても一個人としてもだ。
彼女には笑顔が似合う。
だが、それでも、一つだけ言わしてほしい。
「どうしてこうなった。」
結局ユーリの睡眠時間はとても短くなってしまった。
カムラン基地攻略まであと5日の事であった。
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