第3話 英雄(悪魔)と言われる理由

 あのシュミレーターから二週間、スコットは淡々と彼に与えられた諜報部の一室で仕事をしていた。

 隣にユーリがいない訳は2つ、単に現時点では彼は正式な軍人では無い為極秘に当たる資料が多いスコットの仕事は見せられない事と、ユーリは別件で単純に忙しいからである。

 コンコンコンと、規則正しいノック音が部屋に響く。

 「入りたまえ」

 訪ねてきた人物が名乗る前に入室の許可を出し仕事を一時中断する。入室してきたのはライアンであった。

 「失礼します」

 軍人らしいキリッとした敬礼をしスコットの前に立つライアンを見てここ二週間、定例となっているに関する報告であると気づくと少し気を抜くスコット。    

 様々な陰謀術数が渦巻いている諜報部ではあるがの状況報告に対して気を張るのも気力の無駄であるからだ。

 「どうだねの様子は」

 「えぇ、流石にもう逃げ出すような真似はしませんが、時々サルのように髪をかきむしっています。」

 勿論のことであるがここで出てくる彼とはユーリのことである。

 別件とはすなわち勉強の事であった、如何に特別待遇で少尉になれるとはいえ最低限の知識は知っておかねばならないからである。

 完全に余談ではあるが、勉強と聞いて2度目の後悔から逃げ出しかけていたユーリではあるが、ライアンにものの見事に阻止された経緯がある。

 「ああして見るとただのティーンですね。とても英雄と呼ばれた人物には見えません」

 ライアンは今も勉強しているユーリの勉強姿を思い浮かべ少し笑みを含ませるが、真逆にスコットの顔は多少ではあるが険しくなった。

 自分がなにが粗相をしたのかと疑問に思うライアンであったが思い返しても覚えがない。

 「あぁ、いや君が何かをしたわけではないよ。ただ…」

 自分に責があるわけではないと知って安堵するライアンであるが、そうなると何がスコットの琴線に触れたのか。

 スコットは言いずらそうにしながら席を立ち、部屋の中を歩いていく。

 やがて止まったのは席とは反対側に飾られたユースティア大国の旗の前であった。

 「君はなぜ彼、ユーリ・アカバが少年兵になったか理由は知っているかね」

 「…いえ、詳しくは」

 スコットの問いに少し考え、そう答えるライアン。考えてみるとライアンはユーリに対する情報を対して知らない。無論、軍務に関わる者として最低限のことは知っている。

 ユーリ・アカバ 現18歳 10歳にて少年兵になりそこから三年エーテル搭載型の戦闘機やMTを駆使し、数々の武勲を上げた。

 有名なのはガスア帝国との最前線であった都市【カサンドラ】においてたった三機のMTにてガスアの侵攻を抑え、カサンドラの多くの市民を非戦闘区域まで避難させることが出来た。

 ゆえにユースティアは彼を【カサンドラの英雄】と呼び、少年兵であったことを知ったガスアは唯一生き残った彼を小さき悪魔【リトルデビル】と呼んだ。

 「そしてユースティアとガスアの休戦と同時に彼は消えた。そう聞いています。」

 「…そうだな、その知識に間違いはないよ」

 ライアンが語ったユーリに関する知識は間違ってはいないが、ライアン自身が否定した通りスコットの問いの答えにはなっていない。

 「彼は孤児院を転々としていた。」

 スースティアの旗を見ながらスコットはライアンに語る。

 「そして10歳になるころ売られる形で少年兵となった。」

 それを聞いてライアンは顔をしかめる。

 様々な理由があるのだろうが、子どもを金で売ったと聞いて何も思わないほどライアンは冷徹ではなかった。

 「その時の少年兵を指揮している将校、多少有能であったが非情でな少年兵を消耗品としか考えてない男だった。」

 ライアンは気にせず語り続けるスコット

 「彼が受けた最初の作戦が、爆弾を搭載した戦闘機で敵基地に直下降して急襲するという作戦だった。

 「オーウェン少将それは!」

 「ああ、碌に訓練を受けていない少年兵でやるには無理が在り過ぎる。よく言ってカミカゼ、悪く言えば自爆特攻だな」

 ライアンは茫然とした、軍事作戦である以上まったくの被害がないのは難しい。

 だが被害前提で建てられる作戦などあってはならない。

 「結果その基地は落とせたが、多くの少年兵が死んだ…彼以外はな」

 ライアンは絶句した。無論生きているのだから、成功させたのだろうが10歳のそれも碌な訓練も受けていないのに生き残ったのだからもはや呆れがでてくる。

 「その後その将校はユーリをあらゆる戦場に引きずりまわし、最終的にはMTに乗せ無理をこなさせた…暴行のおまけ付きでな」

 「!!なぜ、彼は結果を出したはず」

 思わずライアンが激すると、ようやくスコットは振り返ったその目は「落ち着け」と語っていた。

 「申し訳ありません」

 「いや、気にするなむしろ君がそう思ってくれて嬉しく思う。」

 そういうとまたスコットは旗をみてしゃべりだす。

 「どうやら、注目が自分よりも彼に向っていったのが気にいらなかったらしい。彼がいまの性格になったのも、これが大きく関わってくるのだろう。」

 「多少、自虐的ですからね彼」

 幼少の頃から理不尽に暴行を受ければ自虐的にもなろう。

 「そしてカサンドラの一件ではその将校、住民がいるにも関わらず街を盾にしてガスアと対するつもりだったらしく。それに反発した彼が仲間の少年兵を引き連れガスアと対峙した…これが真相らしい」

 もはや、呆れしか出てこなかった。同じ将校と呼ばれていることが恥ずかしく思えてくる。

 「その後は、一体」

 「さすがにその将校の行動が問題になってな、軍を不名誉除隊になり。アカバは当時准将だった私の元に来た、後は君も知っての通り休戦するまで彼は戦い続け除隊した。」

 それを聞いて安心する。そんな将校にいつまでもいて貰いたくはない。


 ライアンが退室した後もスコットは旗を見続けていた。

 その顔は不安なようであり後悔のような顔でもあったかも知れない。

 やがて誰に聞かせるわけでもなくスコットは呟いた。

 「とわいえそんな将校と私、少年を戦わせるのは同じか」

 椅子に深く座りギシィという音が鳴る、大きく息を吐き天井を見上げると先ほどより小さく呟く

 「リトルデビル…はたして悪魔は彼か、私か、それともこの国自身かどれだろうななぁアカバ」

 ユーリの詰め込み勉強が終わるまであと二週間、彼の知らない一幕であった。

 

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