第102話




 ずっと前から気づいていた事がある。我々に与えられた名前、田原真有弥は名前の母音が全部【あ】の音で構成されていた。そして調査で判明したマイナンバーカードの下四桁の一致。確率的に考えても一致するのは 1/10000 だ。そんな存在が複数人も存在している事自体が何らかの符号なのではないだろうか。例えば、このような者からの申請は全て受理される仕組みでもあるのかもしれない。そんな阿呆あほうな話があってたまるかとも思うのだが、実際に私が体験してしまっているのだから仕方がない。それに私達の生活費として入金される生活保護ですら謎なのだ。これは私が申請した訳でもないのに、最初から給付されている。これは他の住人も同じだろう。やはり田原真有弥の名の下に、多額の不正な給付が入っているのではないだろうか。私が受け取っているのは、その不正給付のごく一部かもしれない。そんな気がする。


 つまり、この集合住宅は死ななければならなかった者達を収容すると共に、不正給付システムの一部ではないだろうか。そう考えれば新聞屋や医師会の人間の存在にも納得ができる。私達の死を偽る為に必要なのだ。そうか、他にも不正の方法があるな。そう、田原真有弥という無数の存在に頻回受診をさせればいい。そして、その受信回数分だけ国から医療報酬が払われるのだ。しかも生活保護者は医療費がタダになる。いや、そもそも受診なんてさせなくてもよいのかもしれない。無数の田原真有弥という架空の存在が受診をしたという記録だけあれば良い。


 そうか。金の巡りが見えてきた気がする。まずは税金が始点となるのであろう。国政政治家、地方政治家などが絡み、一枚の住人票から何人にでも増やせる存在が生み出されたのだ。それが田原真有弥なのであろう。おそらく他にも、私と同じような集合住宅は存在していると思われる。だが、その共通点は名前が全て母音の【あ】行で構成されている事とマイナンバーカードの下四桁なのではなかろうか。そして、そういった存在の申請は必ず受理されるように出来ているのだろう。確認には電話の子機とマイナンバーカードの下四桁を見ればよい。そうして生活保護やポイント付与、頻回受診等の手段を用いて、無数に存在する【あ】の音の男達の分だけ税金から給付が生まれるのだ。


 まず、その資金は反社会的勢力に取り込まれる。そして宗教団体へと寄付され、資金洗浄されるのであろう。そして頃合いを見て政治家や医師会に献金されたり、新聞社に広告を打ったり、反社会的勢力にも還流されるのではないだろうか。その見返りに医者と新聞社は死を偽るのだ。そして死を偽装する実行部隊なのが反社会的勢力。そういえば、パソコンを買いに行った時に尾けてきた男がいた。今思えば、そのような風体をしていた気がする。きっと集合住宅の管理も反社会的勢力の仕事なのであろう。



 私は本当に馬鹿げた事を考えていると思う。しかし、それでも


 点が線に繋がった気がした。




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「えっと……いや、流石に考え過ぎじゃないでしょうか」


 率直に、アタシは思った事を口に出しました。だって……ねえ。特に後半は陰謀論臭くて、納得できるかと言えば……難しい気がします。


「そう考えるのも無理はありませんな。私も今となっては……そう思います」


 野本さんは目を閉じながら、そう相槌を打ってくれました。


「ですが……射殺事件は実際に起こったのです。私は遺体を見てしまったし住人票も見てしまいました。そして唐突な捜査中止命令。……私は焦っていたんでしょう。このフリーライターの半信半疑な文章を……そう、半分は信じてしまったのです」


 野本さんは目を開きました。その瞳には信念なのか後悔なのかはわかりませんが、何らかの強い意思だけは感じ取ることが出来ました。




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 様々な思考を巡らせてきたが……今、この文章を書いている時には手遅れなのかもしれない。私は、敵に回した組織がこれ程までに巨大だとは思ってもみなかった。そして不安にかられると、室内を調べてみたのだ。すると、私の部屋の電話は盗聴されていた。そういえばパソコンの回線がやけに重く感じたのも、何らかのファイアウォールなどが噛ませられていたのかもしれない。


 ならば私の行為やPCの内部までも監視されていたと考えたほうが良いであろう。私はこの文章を書き終わった後に、パソコンをフォーマットしOSを再インストールしてみようと思う。そしてアカウントにもパスワードを設けよう。そして、この文章だけを残しておく。どうせ些細な抵抗でしかないだろうが、やらないよりはマシだ。


 私は再度、一階の反社会勢力代表の部屋に忍び込むつもりだ。彼の机に隠された銃を盗み出そうと思う。それは、いざという時の護身のためではない。私にも社会正義感覚が残っていたからなのだ。いや、違う。単に一度死んだ身なのだから、ヤケになったと言うほうが適切なのであろう。


 私は銃を用いて事件を起こす。それもなるべく派手な事件をだ。しかし、奴らは簡単にそれを揉み消すかもしれない。だが、やらないよりはマシなのだ。私は田原真有弥としてではなく、元の自分として死にたい。それだけなのだ。




 万が一にも、これを見ることのできた人がいるのなら、私の思いを知ってほしい。だが私の意思を継ぐかどうかはお任せしよう。私のように正義を気取ってはいけない。貴方は貴方の身を大事にするべきだ。くれぐれも貴方が田原真有弥や、他の【あ】の音の男にならないよう気をつけて下さい。




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 うーん。どうなんでしょう。確かに文章が迫真なのは認めますが、だからと言って鵜呑みに出来るかと言えば……出来ませんよね。鵜呑みだけに消化に悪そうです。どうせなら……もうちょっと噛みしめてから飲み込みたいですよね。


「お恥ずかしい事に……私は最後の言葉に従う気にはなりませんでした。どうやら私にも些細な正義感があったようですな。そして私はこの事件の捜査を単独で続行する事にしたのです」




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