第103話
「私は単身、フリーライターの文書を手がかりとして捜査に取り掛かりました。表向きは捜査中止を受け入れたように見せる為にも、裏でひっそりと実行に移したのです。果たしてフリーライターの言うような金銭の流れが存在するのか。私は別の捜査に当たっている中でも、こっそりと照会をかけたりしたものです。ですが……それは例の組織の知る所となってしまいました」
淡々と無感情に語る野本さん。なんだか先程までのフリーライターの文章に引っ張られてしまったのかもしれませんね。使命感みたいな物なんでしょうか。よくわかりません。
「私の元に一通の手紙……いや、書状ですかな。それが届けられていたのです。立派な封書に入れられた書状の中身は脅迫状でした。即刻、例の事件の捜査から手を引けとの要求が書かれています。そして、その書状には……反社会勢力の代紋が堂々と印刷されていました。あり得ないことです。暴力団対策法では代紋を用いた示威行為は禁じられていますし、暴対法が改正されてからは、より厳しい取締りがされるようになりました。ですから刑事の私に向け、そのような書状を出す事自体……自殺行為のような物なのです」
そういえば、ある時期から特定抗争指定だとかそんな言葉を聞くようになりましたね。それが暴対法の改正時期だったのかな。何にせよ、かなり反社会的勢力への締付けが厳しくなったというのは聞いたことあります。
「ですが、裏返して考えてみると……これは極めて恐ろしい事なのかもしれません。この書状は……普通に考えたらありえない事でも可能にする存在であると示唆しているのですよ。実際、私がこれを警察に持参したとしても握り潰されてしまうのでしょうね。そもそもが私的な捜査でしたから。そして警察の上層部からも、私に圧力が加えられる事が予想できます。何せ……捜査の初期段階から中止を決定したほどですからね」
なるほど。逆に考えてみると、書状のメッセージ性は恐ろしい可能性を示しているんですね。本来ならあり得ないはずなのに、それを可能にしているですか……なんだか、今回の事件と似てないですか? だって……本来なら【いない】人間がいたりしている事件ですからね。
「そんな中、私にコンタクトを取ってくる者が現れたのです。手紙が自宅のポストに投函されていました。それには消印が付いておらず……私は二通目の脅迫状かとも思ったのですが、読んでみると……そこには私への協力を申し出る文章が書かれていたのです。そして、そこには URL が記載されていました。その手紙を信用するか……非常に迷ったものです。しかし、今の私は窮鼠のようなものでしたので……ただ必死に猫を噛む為にも、私は藁にもすがる事にしたのです」
鼠さんが藁にすがっている光景が頭によぎります。ちょっとかわいいですね。そして鼠が塩をひくんですよ。えっと【鼠が塩を引く】という言葉の意味は……些細な事でも放っておくと大事になるという意味でして、野本さんの行動が敵組織に対してそうなるといいなって思います。
「私は自身のパソコンに、記載されたアドレスを入力してみました。そこにはチャットルームが開かれていたのです。そして、その場の admin ……要は管理者権限を持つ者として sahana kanata という方が待機しておりました」
あれ、なんだかその名前には聞き覚えがあるような、ないような……どんな内容の時だったかな。えっと……そうだ。フリーライターさんの仲間だったとかで名前が挙げられていた人ですよね。文章だったので読み方がわからなかったんですけど……
「そうです。その人物こそがフリーライターの仲間であった人物でした。先に脅迫状に屈してしまったことで難を逃れる事が出来たとの事ですが、その事がずっと心に引っかかっていたそうです。そしてフリーライターの死の記事を見た後、沙華さんは独自に調査を進めると……私の存在に辿り着いたようですな。そして……私に協力を申し出てくれたのです」
おお、ここに来て味方の登場ですか。これは心強いですね。なんだか前に出ていた名前の人が、後になって味方として登場してくる展開って燃えませんか?
「沙華さん曰く、自身の名が全て母音の【あ】の音で構成されているのは……組織を調べる際に利用する為だと聞かされました。つまり偽名を用いているのだと。その方が相手の内側に潜り込みやすいのでしょうな。そして、そこで調べた情報を提供してもらうことになりました。まずは田原真有弥からです。やはり田原真有弥は【存在しない者】を指す人物名らしく、不正に用いられる為に作られた存在だそうです。最初は不正申請の為に使われていた名前だったらしいのですが、組織的に……死んだ事にしておきたい人物が、隠れて生きていくのにも用いられるようになったのだと聞かされました」
ほうほう。この辺りはフリーライターさんの想像通りですね。と、すると……この情報が裏付けになるのではないでしょうか。
「それとですね、田原真有弥のような者を【青薔薇】と呼称するのだと知りました。【青薔薇】というのはですね……【存在しない】ことを意味する言葉なのだそうです。そして、それは名前からも示唆されているとの事でした。【たばらまあや】……これの順序を入れ替えますと【あまばら、やた】となりまして、それを漢字表記に直すと天薔薇八咫になります。お二方は
ん? 天色が青って言うのなら亜麻色でもいいんじゃないんでしょうか。どっちも読みが変わらないなら亜麻の方がキレイな気がします。
「えっとね、亜麻は確かに青い色をした植物だけど……亜麻色はどちらかと言えば黄色なんだ」
「他にも
うわぁ……なんだか凄いことになってきましたね。なんだか現実離れして思えますが射殺事件が起こったのは事実なんですよ。それが、気づいてみれば組織ぐるみの大犯罪になっていただなんて……確かに想像が付きませんよね。
「そのチャットの後、沙華さんは私に画像ファイルを送ってくれました。そして言うのです。この画像は金融機関も【the outside man】と同調して行ったマネーロンダリングの証拠だと。私はそのファイルを開いてみました。その画像は預金通帳でして、そこに記載されていた数字は……」
そういうと野本さんは手元に通帳を具現化して、
年月日 預金残高
XX-0127 1293,7505
XX-0127 0
XX-0128 -1293,7505
XX-0627 0
XX-1214 1293,7505
そう印字されていました。この五つの欄の間には改行がありません。つまりは引き出しの記録等はないんですが、にも関わらず数字は変化しているんですよね。いったい、これはどういう事なんでしょう。
「さて、そろそろ……この突拍子もない物語にも飽きてきた頃かもしれませんな。ですので、この預金通帳の意味……それについて考えてみませんか?」
唐突に、野本さんから【謎】が出題されました。とりあえず、
うーん……そうですね。千二百万円あったら、
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