第100話




 再び生を得た私は、この集合住宅の住人達の調査に取り掛かった。とは言っても、潜みながら行わなければならないだろう。私の行動は、この集合住宅を管理しているであろう組織にとっては目障りに違いない。そして私は知っている。この組織は人命を奪う事に何のためらいもない事を。


 だが、不思議と私に怯えはなかった。吹っ切れたのであろうか。それとも楽しんでいるのであろうか。自分にもわからない。ただ、何かを調べる事に飢えていたのだろう。私は根っからのフリーライターだったようだ。


 その後、私は自室に引きこもると他者の部屋の生活音を記録していった。各住人は私と同じく出不精になっており、ほとんどの時間を各自の部屋で過ごしている。だが、全てを引きこもって生活する事は事実上不可能である。私もそうなのだ。最低限の物資は買いに出かけなくてはならない。そして、それが出来る場所からは遠く離れている。私は各住人がどんなタイミングで外出するかを事細かに調べていった。


 そして住人達が外出している隙を見て、私は調査を行った。カギをかけずに外出する住人もいれば、そうでない住人もいる。まずはカギをかけずに外出する住人の部屋を探ってみた。結果は後でまとめよう。そしてカギをかけて外出する住人もいるが、窓が開いていた事もある。幸いにも私の部屋は二階であったので、そこからベランダを伝って忍び込んだりもした。他にも何気なく他人宛の郵便物を持っていってしまったフリをして自室へ持ち帰り、調べてから戻す事もある。他にも盗聴器を仕掛けられないだろうかと調べもしたが、調達に手間がかかりそうだ。私はその手段は諦め、ひたすら地道に調査を続けていった。


 そして判明した。この集合住宅には六名の田原真有弥が暮らしている。一名は私だ。そして他にも五名の田原真有弥がいる。彼らはいったい何者なのだろうか。私と同じようにして、ここに連れて来られたのか、そうでないのか。私の調査の結果を記しておこうと思う。




・三階東の田原真有弥


 この部屋の住民の名前は田原真有弥。当然だが私と同じで組織から与えられた名前だろう。不在時に彼の部屋を調べた所、住民票の内容は私とまったく同じ内容だった。違法であるのはわかっているがマイナンバーカードも調べてみる。彼の番号は xxxx-xxxx-0000 のようだ。


 室内を調べると手紙が多数発見出来た。それを調査してみると、彼は政治家の秘書をしていたらしい。彼に届いた手紙からはそう読み取れた。そして彼の素性を確信させる物も発見されたのだ。それは新聞記事だった。

 

・政治家不祥事、秘書の自殺で幕切れか

 2月13日。万博をめぐる不正献金問題の渦中、○○党所属議員○○○○の秘書が自殺を試みていたと判明。秘書が自室で首を吊った状態でいるのが発見され、警察へと通報される。その後、公立病院へと搬送され死亡が確認された。今回の自殺で不正献金問題での証人喚問が事実上不可能となり、野党は批判を強めている。


 と、記載された新聞記事が丁寧に保管されていた。その気持ち、私には痛いほど理解できる。それこそが本来の自身と、今の自身を繋ぐ唯一の繋がりなのだ。私は他の手紙も調べてみる。すると、やはり例の組織の存在を認識できた。彼もまた、組織によって死んだことにされたのだろう。そして、それは政治スキャンダルの追求を阻止する為なのかもしれない。




・三階西の田原真有弥


 この部屋の住民の名前も田原真有弥。この部屋には住人外出時、ベランダから侵入した。そして室内に入る前から異様な気配には気づいていた。各所には壺や印綬のような物がまつられており、本棚には半端ない量の書籍が並べられていた。私は当然それを知っている。この本はとある宗教団体の出版物だ。この本は定期的に刊行される度にベストセラーになっている。おそらく、その広告効果を狙っているのであろう。


 私は室内を探る。すると出てくるのは宗教関連の物ばかりだ。しかし個人情報も発見できた。住民票はやはり私と同じ内容の物で、マイナンバーカードの番号は xxxx-xxxx-0000 。上位八桁は見覚えがない。しかし残り下四桁は偶然の産物なのだろうか、先程と一致していた。そして、彼の部屋からも新聞記事のスクラップが出てきた。


・宗教団体幹部自殺か

 4月20日未明、公職選挙法違反で捜査が進められていた宗教団体幹部が意識を失い倒れているのが発見された。幹部は薬物を過剰摂取したものとみられ、国立病院へ搬送されるも13時頃に死亡が確認された。当団体は預言と称して選挙活動期間外も特定候補者への支援を弟子に指示していたとして捜査されている。


 なるほど。これが彼の死因なのだろう。ならば、彼は宗教団体の幹部であったという事になる。この部屋の状況はそれを証明しているように思えた。




・二階東の田原真有弥


 次は二階。私の向かいの部屋だ。外出時にカギをかけ忘れていたので侵入は容易であり、そして室内には物が少なく調査も容易であったのは幸運だと言えるだろう。しかし調査結果に関しては不運だった。他の部屋とは異なり、住民票やマイナンバーを発見する事は出来なかったからだ。


 しかし、それでも一番肝心な物だけは探し出すことには成功した。新聞記事だ。


・○○新聞元役員、怪死

 6月9日深夜、路上に男性が血を流し倒れているのが発見、通報された。その後、公立病院へと搬送されたが死亡が確認された。男性は○○新聞元役員で偏向報道事件の責を負う形で辞任しており、今回の事件との関連性がないか慎重に捜査が進められている。


 どうやら、この部屋の住人は新聞社の元役員だったらしい。しかも、ご丁寧にも本人が役員を務めていた新聞社以外の記事もスクラップされていた。比較してみると、こういった際には他社の方が報道が活発になるらしい。自身が務めていた新聞社の記事は最も簡潔なものであった。




・二階西の田原真有弥

 私の事だ。そして、私のマイナンバーカードの番号は xxxx-xxxx-0000 。




・一階東の田原真有弥


 この部屋は一番施錠が厳しかった。しかし、私もすっかり手慣れたものだ。ドアがダメならベランダから侵入すれば良い。しかもこの集合住宅の立地だ。人里離れた場所に長く暮らしていけば油断も生じる。まして暑い日ならば、その可能性も高まるのだ。そして私は侵入に成功した。


 室内は今までの部屋とは異なり、家具も重厚な物が揃えられていた。私は荘厳なデスクの引き出しを調べていく。まずは上段から調べていくと、書類に混じって住人票とマイナンバーカードが発見できたので、それを確認する。住人票は私の物と全く同じだ。そしてマイナンバーカードの番号は xxxx-xxxx-0000 。さらに調べると新聞記事も出てきた。全てが順調に運んでいる。


 しかし一番下の大きな引き出しを開けた途端、見なければ良かった物を発見してしまった。そこにはサイレンサー付きの銃と複数の弾倉が保管されていたのだ。いきなり予想だにしなかった物騒な物体を見つけてしまった私は、慌てて引き出しを締めると、そそくさと部屋から逃げ去った。そして例の新聞記事を思い出す。


・抗争の報復か

 10月24日未明、反社会勢力団体代表の男性が血を流し倒れているとの通報があり、搬送先の国立病院にて死亡が確認された。当団体は他組織と抗争中とみられ報復の線から捜査が進められている。


 繋がった。これならば、確かに銃を所持していても不思議ではないだろう。彼は暴力団の元組長だったのだ。




・一階西の田原真有弥




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 あれっ……まだ最後の一人が残されていますよね。ですが、文書はここから先が空白になっています。アタシとコムさんは野本さんの方に向き直りました。すると、彼は意味深な笑いを浮かべています。


「流石に、この味気のない文章を延々と読み続けるのは疲れてしまいますよね? ですので……どうせですから【謎】にしてみようかなと思った次第です」


 と言う、野本さんの表情からは怪しさを感じます。何と言いますか……色々な感情を読み取れそうな表情をしていますね。これも刑事さんの技なんでしょうか。何もかもが顔に出てしまうアタシからすると……羨ましい限りです。


「さあ、それでは考えてみてください。六人目はどのような立場の者だったのでしょうか。この問題は【謎】と言える程の物かはわかりませんが、状況を整理する為にも時間を取ってみましょう」


 予想外の【謎】が飛び出してきました。六人目の立場ですか。何かヒントとかありましたっけ。少し前の事を確認しながら推理してみるとしましょう。



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