第99話




 その後、私はとある場所に移送された。その場所は人里離れた場所に建てられた集合住宅。私はそこで田原真有弥として生きていく事になったのだ。仮の住人票や銀行口座も与えられている。どうやら、この建物には他の住民もいるようだ。しかし私をこの場所に連れてきた男は、長生きしたければ周りには興味を持たないことだと言う。実際、その通りなのであろう。それは私が身をもって理解出来たことだ。そして私は精神が滅入ったまま、自分に当てがわれた部屋へと入るのだった。


 与えられた住人票を見てみる。自身の姓名欄には田原真有弥と記載されていた。住所は【○○都〇〇市○○町-111 ○○荘】。銀行口座を確認すると、当座の生活費としては十分な金額が入金されており、少し安心したのを覚えている。部屋は殺風景だったが必要最低限な物は揃っていて、これならあまり外に出なくても良さそうだなと思うと嬉しくなった。何故ならば私の精神は、その時には酷く弱り果てていたのだ。だからこそ、そのような環境で引き込もれるのを喜んだのである。


 しばらくは完全に自室のみで生活を送った。残された家族の事や自身の事を考えていたのだ。しかし、私をこのような目に遭わせた組織の事だけは考える気になれなかった。完全に怯えていたのだ。当然だろう。この組織は人の死を偽装できるだけではない。このような場所を用意し、本来は存在しない別人の住民票までも準備できるのだ。半端な組織ではない。私には過ぎた相手だったのだ。だからこそ考えるのをやめた。そう、自分の精神を守るためにも必要だったのである。


 しかし、そんな生活にも慣れてしまうものだ。引きこもってばかりいると自分の時間を持て余してしまう。そうなると人間は何らかの時間潰しが必要となるのは明白だ。私はパソコンを購入しようと思い立つと、勇気を振り絞って外へと足を踏み出した。そして家電量販店へと向かった。徒歩での移動は出不精となった体には特に酷であったが、私は家電量販店に到着するとノートパソコンを購入し帰途に着く。行きとは異なり、帰りは荷物付きだ。帰路は休み休みで自宅へと歩みを進めるのだが、何度も休憩を挟まなくてはならないほど私の体は鈍っていた。


 おかしい。私が休む度に私の後方を歩いている男も同様に休憩を取っているように見える。私の帰る先は人里離れた場所だ。そんな方向に進む人物が他に存在するとも思えない。ひょっとしたら同居人かもしれない、そんな事を思いながら歩みを進める。物を落としたフリをして後方を確認してみると、その男は、やはり私の後方を歩いていた。また休憩を取ってみる。すると、また同じだ。その男も休んでいる様子を見せる。私は尾けられているのだ。そんな確信を得ると、私は痛む足に鞭打って残りの距離を休憩無しに歩ききったのだ。


 私はそのまま急ぎ足で帰宅すると自室のドアを強く締め、カギをかけた。とても疲れた。そして得も言われぬ恐怖に身を震わすことしかできなかった。気づけば翌日になっていた。恐怖から逃避しているうちに寝てしまったのだろう。無事に朝を迎えられた事が嬉しい。私は朝食もそこそこに、昨日買ったノートパソコンをセッティングに取り掛かった。


 部屋ごとに LAN ポートが備え付けられていたおかげか、思ったよりもスムーズにネットワーク接続が完了した。ただ、回線速度には不満がある。時折、検索が非常に重くなってしまうのだ。どうやら、この集合住宅の誰かもネットを利用しているのだろう。そう思った。




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 うわぁ。何だか怖い話ですね。淡々と記された文章だからこそ恐怖が伝わってきます。


「先程、モジュラージャックが盗聴器になっていたと伺いましたが…… LAN ポートにも同様の細工がされていたんでしょうか?」


 アタシが一息ついた様子なのを見てか、コムさんが野本さんに尋ねました。そう言えば電話用の線を繋ぐ所にインターネット用の線を繋ぐ場所もあったりしますよね。アタシも生前の頃は、それを利用していた覚えがあります。


「私はモジュラージャックの方は知っておりましたので確認できましたが、そちらはあまり詳しくありませんので確信はありません。しかし、多分そうでしょうな。詳しくは読み進めていただければわかると思います」


「なるほど。ありがとうございました」


 コムさんはお礼を述べると軽く頭を下げています。そして……アタシ達は再び、フリーライターの残した文章へと視線を戻すのでした。




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 それから、少しして私は集合住宅の住人と初めて対面した。そこは郵便ポストの場所だ。何故だろう、この住宅にはポストが一つしかない。そして、そこにはいつも私の身に覚えのない郵便物が届けられていた。いつも、その宛名は田原真有弥と書いてある。しかし私には、その郵便物に覚えがないので自室に持っていくことはなかった。それから数日すると、その郵便物は無くなっている。この時点で気付くべきだったのだ。しかし、その時は不審感を覚えるだけに過ぎなかった。私はある日、インターネットで注文した物が届いているだろうと郵便ポストへ向かう。そこで、この集合住宅の住人と出会ったのだ。彼は自身の郵便物を回収した後のようで、私を見るや……

 

「あぁ……君が新しい人ね」


 そう言って、私宛の郵便物をポストから取り出すと手渡してくれた。その隙に見えてしまったのだ。彼の郵便物、その宛名を。そこには田原真有弥と記してあった。そして私の郵便物にも同じ名前が記してあったのだ。


 そこで気づいた。この集合住宅の住人は全員が同性同名なのだと。おそらくは全員が私と同じで、何らかの理由で死んだことにされたのだろう。そして、ここで田原真有弥として暮らしているのだ。それに一体何の意味があるのだろうか。まったくわからない。私は郵便物を手渡してもらった事に礼を述べると自室へと戻った。そして、私は再び考える。この集合住宅の意味を。しかし、まだわからない。何だか楽しくなってきた。フリーライター時代の探究心が蘇ってくるのを感じる。そうだ。私は……生き返ったのだ。



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