第96話




 え!? 全員が同性同名? それってどういう事なんでしょう……ひょっとして、同性同名さんを集めた住宅だったとかでしょうか? いやいや、単純に書類のミスだったのかもしれません。何にせよ不可思議な事が起こっているのは間違いないようですね。


「見間違いかと思った私は六枚の住民票を見比べました。氏名は【田原真有弥たばらまあや】。住所は【○○都〇〇市○○町-111 ○○荘】と記載されています。そして、他の記載欄も含め……六枚全てがまったく同じ内容だったのです。私はミスかと思い、役所に確認をしてみましたが、ミスではないとの事です。それならばマイナンバーを確認しようとも思ったのですが……マイナンバーの個人情報保護の壁はあまりにも厚く、私の一存だけで調べられる物ではありませんでした」


 おぉ……。なんだか不穏な気配がしますね。先程に解決した【謎】より、こちらの方が厄介そうです。


「マイナンバーの提供は断られてしまいましたが、それで捜査を止める訳にはいきません。六名はおそらく偽名を用いているのでしょう。そう当たりを付けた私は翌日の捜査に備え、その日の捜査を終えました。そして翌日の事です。不意の出来事が起こりました。朝、新聞を確認すると……発砲事件の記事はあれど、詳細は書かれていませんでした。容疑者、被害者の名前も報道されていません。そして出勤した私は……捜査の打ち切りを命じられました。抗議をすれど、社会不安を煽るとの理由で抗議は聞き入れられません。マスコミが容疑者、被害者の名前を報道しなかったのも……同様に社会不安を煽るとの理由との事です」


 うーん。捜査の打ち切りは不可解ですね。しかし、名前が報道されなかったのは仕方ないのかもしれません。だって、容疑者は田原真有弥。被害者は田原真有弥、田原真有弥、田原真有弥、田原真有弥、田原真有弥……なんて紙面に載せらないじゃないですか。確かに無駄に社会不安を煽ってしまうような気がします。こういう場合……捜査が進展した後に本名が報道されるべきなんでしょう。だからこそ……捜査打ち切りは納得できない気持ちになります。


「そこで……私は命令に従うフリをしながら、この事件を独自に調査する事にしたのです。そう決意した私は深夜、射殺事件の起こった集合住宅に向かいました」


 野本さん、流石ですね! カッコいい! これぞ刑事って感じがしますよね。なんだか小説か映画か二時間ドラマみたいです。


「現場には見張りの警察官が立っていました。彼らも捜査の打ち切りは知らされておりました。ですので私は……この事件の捜査情報は資料行きになる、そしてその資料の写真に不備があったのだと嘘を吐きました。そして私は再び……この集合住宅に足を踏み入れたのです」


 何だか雰囲気がサスペンス物のようですね。最近のお客様からは楽しい物語を数多く提供してもらっていましたので、今回の事件はとても新鮮に感じます。どうしてでしょうね、私も緊張してきちゃいました。


「私は住人達の部屋を調べてみたいと考えていました。正直なことを申しますと……射殺事件より、彼らがいったい何者なのか。その疑問を解消したい。その一心にばかり注意が向いていたのでしょうな。そして私は……集合住宅、各居室のドアのノブを捻って回りました。まずは被害者五名の部屋からです。しかしドアにはカギが掛けられておりました。おかしい……。彼らは部屋を出て、すぐに射殺されたのです。するとカギをかける余裕はありません。にも関わらず、被害者の部屋にはカギが掛けられていた。この事実は……現場保存がすでに解除されていた事を意味します。やはり……この事件には何かあるに違いない。誰かが……何かを隠そうとしているのだ。そんな疑念が高まっていきました」


 やっぱり上司から捜査の打ち切りを指示されたって事は……更に上の方、警察上層部とかからの指示なんでしょうか。何にせよ、この集合住宅には不信感と不審感が同居しているのは間違いなさそうですね。


「そして最後に訪れたのが容疑者の部屋です。どうせここにもカギが掛かっているのだろうと諦観していたのですが、ノブは最後まで回るとラッチボルトは金具内に収納され……ドアは錆びついた音と共に手前へと開きました。私は思わず……泥棒のような動きで室内へと忍び込むのです。室内は真っ暗でした。照明を付けるかは迷ったのですが、写真を撮る名目ですから大丈夫だろうと思い……室内証明のスイッチを灯しました」


 さあ、室内には何があるんでしょうか。ひょっとして普通の部屋じゃないのかもしれませんね。もしかしたら死体とかがあったりするかもしれません。驚かなくて済むよう……心の準備だけは済ませておくとしましょう。


「室内は……何の変哲もない至って普通の部屋でした。いかにもな独身男性の部屋です。そこかしこに寂しげな生活痕が見受けられました」


 アタシの心の準備は見事なまでに空振りました。いえ、死体は無かったんですから、良いことなんです。うん……前向きに捉えていきましょう。


「それから室内を調べてみました。さほど広くない室内、私物が少かったこともあり……思うように情報を得ることは出来ません。しかし、容疑者はパソコンを所持していたようです。容疑者宅のデスク上にはノートパソコンが置かれていました。当然ですが、このパソコンは情報の宝庫だと考えられます。しかし私の行動は正式な捜査ではありません。このパソコンの電源を入れてしまう事は……完全に個人情報保護方針を無視しています。しばしの間、私は躊躇していましたが、意を決してパソコンの電源を入れてみました」


 心なしか野本さんの声量が小さくなった気がします。なんだかアタシ達も忍び込んでいるような気になってきちゃいますね。ちょっとハラハラします。


「パソコンが起動するまでの間、私はデスク上を調べていました。デスクの上には電話の子機があり、充電台に乗せられていました。そして、他には何もありません。容疑者はこの電話で……誰かと連絡を取っていたのかもしれない。そう思った私は、室内に親機を探しに行きました。通話履歴を確認できないかと考えたのです。そして親機を見つけました。親機を操作すれば履歴が出てくるだろう。そう思って親機に触れようとした瞬間……嫌な予感がしたのです。多分、これは刑事の勘というヤツなのでしょうね」


 嫌な予感? どんな予感なんでしょうね。電話に触れたら爆発するとかだったりするんでしょうか。そう言えば……昔のスパイ物のお話とかなんですが、レコーダーで指令が送られてくるんですよ。そして、聞き終わったら爆発するみたいなのありませんでした? ひょっとしたら、容疑者宅の電話もそんな感じなのかもしれませんね。


「私は親機に触れる前に、そのコードが繋がれているモジュラージャックを確認してみました。そして……予感が的中していたと認識させられました。何故なら、そのモジュラージャックは……モジュラージャック型の盗聴器だったのです。詳しくは申せませんが、私も刑事ですから……知っていたのです。盗聴器を確認した私は、電話に触れることを諦め……デスクに戻りました。そろそろパソコンも起動しているでしょう」


 うわぁ……盗聴器なんて付いてたんですか。やっぱり嫌な予感って当たるんですね。それはそうとして……アタシもなんだか嫌な予感がしてきました。なんと言いますか……【謎】が迫ってきているような気がします。


「画面を見た私は愕然がくぜんとしました。何故なら……画面にはパスワードの入力画面が表示されていたのです。皆さんもご存知でしょう。ユーザー名とパスワードの入力欄が表示されたログイン画面です。そしてユーザー名には【ぼたもち】と書かれていました。その下のパスワード欄は空欄です。つまり、そのパスワードを突破しない限り……パソコンの内部を確認する術はありません。さあ……それでは出題といきましょう。今回の【謎】は……容疑者のパソコン、そのパスワードです」


 はい。アタシの嫌な予感も当たりましたね。【謎】が提示されちゃいました。しかもパスワードですか……これは苦戦しそうな気がします。ですが、時間をかけて考えてみましょうか。何せ時間だけは腐るほどありますからね。



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