第87話




 さて……何故に娘さんはピアノ線が張られた道を通ったにも関わらず無事だったのか、その【謎】を考えてみましょう。そうですね……まず考えられるのは、【娘さんが実は出前を届ける事すらサボっていた説】でしょうか。これなら、その道を通った事実そのものを覆すことができますよね。ただ、サボる為にそこまでするか……と言われれば疑問が残ります。本人も配達帰りにコンビニでサボったと言っているようですから、やはり配達までは行ったんでしょうし……ちょっと、この説な成立しないような気がしますね。別のを考えましょう。


 それじゃ……【娘さんはピアノ線より強かった説】はどうでしょう。なんだか突拍子もない説にも思えますが、この母の子なんです。一概に否定できない気がするのは仕方ありませんよね。えっと、どういう説なのかを説明しますとですね……娘さんはバイクでピアノ線の道を通るんです。そして、そのまま首元にピアノ線が当たったんですが、娘さんの首の硬さはピアノ線を上回っていた。そして……ピアノ線の方が切断されてしまった。犯人は呆気にとられながら、またピアノ線トラップを張り直すんです。どうでしょう……筋が通ってないですか? 一点を除けば、それっぽいですよね。




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 わかったことがあります。最初にマトモではない案を考えると、その後にどれほど考えてもマトモな案が生まれなくなるんです。いかに真面目に考えようとしても、最終的には娘さんがピアノ線に勝る硬度を保持していたという結論に達してしまうんですよね。他にもバイクを曲乗りしていたとか考えたんですけど……流石にありえない気がします。


 うーん。要は首元にピアノ線がこなければいいんですよね。は! 閃いた。【娘さん座高低すぎ説】……これだ! 犯人の想定よりも娘さんの座高が低すぎたんです。仕掛けられたピアノ線……それよりも下を頭部が通過したのなら、当然ですが首ちょんぱされる事はありません。これは……久しぶりに手応えのある仮説が生み出せましたね。解答が楽しみです。


「さて……それじゃ答え合わせといこうかね」


 アタシの自信満々な様子に、一丸さんは答え合わせを始めるようです。そういえば……コムさんはどうしているんでしょう? アタシはソファーの逆側を見てみました。すると、コムさんは【癒やし中華】を食べています。どうやら気に入ったようですね。美味しかったですからね。アタシも後で、もう一杯いただくとしましょう。


「どう……答えはわかったかい?」


 一丸さんはアタシ達を見回しながら解答を求めていますね。ふふっ……それでは叩きつけてやりましょうか、アタシの答えってヤツを。アタシは人指し指を一丸さんに突きつけながら……口を開きました。


「答えは……座高です! 蘭さんの座高はピアノ線が張られていた高さよりも低かった。だから無事だったんです!」


 アタシの解答に……しばしの間、場は無言になります。あぁ……なんて気持ちのいい瞬間でしょうか。この余韻にいつまでも浸っていたいくらいですね。


「あぁ……うん。そりゃバカ娘の身長を言わなかった私のミスだよね。あの娘の身長は私と同じぐらいなんだよ。だから、座高が低いってのは……ちょっと、あり得ないのさ」


 余韻はあっけなく覚めました。それはアタシの解答が的外れであった事を意味します。ちなみに一丸さんの身長は 160 cmくらいでして、娘さんも同じだとすれば……当然ですけど、先程の理屈は的を外れてどこか遠くへ飛んでいってしまったんでしょうね。さようなら。


「ごめんねぇ。こんなことなら身長も言っとくべきだったねぇ」


 そう言って恐縮している一丸さん。しかし、その恐縮する姿勢こそ……私の解答が恥ずかしいものであったと再認識させるのです。お願いです、恐縮しないでください。しかし……これはよくない状況ですね。ここは緊急避難的にコムさんに話を振って、流れを変えるとしましょうか。


「あ……えっと、その……コムさんは答えわかったんです?」

 

 しどろもどろになりながらも会話をコムさんに押し付けるアタシ。さあ、この場の空気を変えてください。お願いします。


「うん。キャノピーでしょ」


 ん? きゃのぴー? それって屋根が付いていて……前面にも雨風除けがあるバイクですよね。それなら確かにピアノ線は防げると思うんですけど……何だかそれってズルくないですか? それに中華料理屋さんの出前バイクって感じもしないですよね。


「いやいや、キャノピーだと後部の収納におかもちは入らないと思うんですが……」


 アタシは余裕の表情を見せているコムさんに不満を述べました。しかし……


「えっと……キャノピーに取り付けられるおかもち台って存在してるんだよ。多分、それを使ってたんじゃないかな。それに一丸さんの話だと 2000 年くらいに出前用バイクを買ったみたいだから……なんとなくキャノピーの可能性が高いんじゃないかなって」


 と、返ってくるのでした。あ……そっか。確かに、それくらいの時期から……出前用バイクってキャノピーを沢山見かけるようになりましたもんね。それは主にピザ屋さんでしたが……おかもちがキャノピーに取り付けられるのなら、そっちを買う可能性の方が高いのかもしれません。いや、アタシ的には中華料理屋さんの出前だと……どうしても昔ながらの原付バイクをイメージしてしまいまして、それが敗因なんでしょうね。ちょっと悔しいです。


「それと、キャノピーってそこまで速度も出ないからさ。もしピアノ線が前面に当たったとして……雨風除けを切断なんて出来ないよね」


「そうそう。そーなのよ。まったく……ピアノ線もだらしないったらありゃしない。もっと気合を入れてくれてたら、あのバカ娘が真っ二つだったってのにねぇ」


 そう言って笑う一丸さんですが……その笑顔は、娘さんが被害に遭わなかった事を喜んでいるのでしょう。今までよりも優しい笑顔でした。




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 こうして【謎】は呆気なく閉幕してしまいました。その後、アタシ達は一丸さんと歓談を続けています。そしてアタシは会話中、【癒やし中華】を頂いていました。


「あれ……ちょっと味が変わってないですか? それに、さっきのよりも冷たい気がするんです」


 何だか、先程の【癒やし中華】よりも味が深くなっているように感じました。基本的にはあっさり目の味なんですけど、この【癒やし中華】には先程よりもコクがあるように思えるんです。これ……さっきのより美味しいですね。箸が止まりません。


「お、気付いたかい? これはね、さっきの事件を参考にして【癒やし中華】を改良したのさ。せっかくだし……これを最後の【謎】にしちゃおうかねぇ。どうだい、何が改良されているか……わかるかい?」


 む……予想外の【謎】が出てきました。キャノピーみたいなズルい答えは仕方ないとして、この【謎】くらいは解いてやりたいです。そうですね……この改良型【癒やし中華】を食べながら考えてみましょう。



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