第86話




「さっきの件から数年して、現世では 2000 年を廻った頃かねぇ。娘も成人して店を手伝ってくれるようになったんだよ」


 一丸さんは新たな【謎】を含む【物語】を続けています。【癒やし中華】の誕生から、しばらく時を経ているみたいですね。娘さんが新たな登場人物として加わってきました。確か、一丸蘭さんと言うんでしたね。なかなかにパワフルなご両親をお持ちみたいですが、どんな性格が形成されたんでしょう。ちょっと気になります。


「とは言ってもさ、まだまだ若くて未熟だし……それじゃ厨房に入れるわけにはいかないよねぇ。だから娘には接客だったり出前だったりをやらせてたのさ。その為にも原付きバイクを買ってやったんだよ。そしたらさぁ……まったくもう、誰に似たんだか知らないけどヤンチャな娘に育っちゃって……出前に行かせたら寄り道でもしてくるんだろうね。なかなか帰ってこないんだよ……ホント困ったもんだね」


 決して口には出しませんが、誰に似ているかに関しては思い当たりがあります。まあ、それを口に出すと危険な予感がしますので……絶対言いませんけどね。


「それでさ、ある日……出前に出したのさ。確か、ラーメン二つだったかな。それをおかもちに入れて娘に持たせたの。それで娘は出前用のバイクに乗って配達に出たんだけど……案の定、すぐに帰ってきやしないんだよねぇ。とは言ってもさ、私も店の切り盛りで手一杯だから探しに行くなんて出来やしないんだよ。だから、帰ってくるのを待ってたんだけど……その日に限っては、なかなか帰ってこなかったのさ」


 おぉ……なんだか事件の香りがしますね。それにしても、日常がふと壊れたと感じる瞬間って怖くないですか? 例えば、いつもなら簡単に開くトイレのドアノブが壊れたと感じた時とかです。いや……冗談ですけどね。


「しばらくして……娘は帰ってきたよ」


 こういう場合の帰ってきたには、無言の帰宅の意味もあったりしますよね。油断は禁物です。アタシは自身の感じた事件の香りと嗅覚を信じます。これで……どんな事態が起ころうが動揺しないで話に集中できるのは間違いありません。


「でもさ……娘は帰ってきたんだけど、おかもちが帰ってこなかったんだよ! あのバカ娘、配達の帰りにコンビニでサボってやがったのさ。そして、その隙におかもちを盗まれちまったみたいで……それで帰りが遅くなったんだとか言い訳するんだよ」


 あれ? おかしいですね……アタシ、鼻詰まりなのかな? 事件の匂いを感じた気がしたんですけどね。


「私はバカ娘の言い訳を聞くと、思わず『クビだよっ!』って言っちまったのさ。そしてね、問題はここからなのさ。翌日早朝にね、警察から電話があったんだよ。おかもちが見つかったって報告と……その中に【人の生首】が入っていたって話も一緒にね。私さぁ……肝が冷えちゃってね。あのバカ娘、遂にやりやがったかって。私は娘を叩き起こすと事情を詳しく聞いたのさ」


 あ……やっぱり鼻詰まりじゃなかったみたいです。良かった。でも、なかなかにショッキングな光景ですよね。おかもちに【人の生首】が入っていただなんて。これには流石のアタシもビックリです。


「そしたらさぁ……娘はやってないって言うんだよ。自分は配達帰りにコンビニでサボっていたら、おかもちを盗まれただけだって。確かにウチの娘はバカなんだけど……流石に殺しはしないのかなぁとも思ってさ。まあ、それから娘は警察に事情聴取されたりとか……色々とあったんだよ、ホント」


 なんだか娘さんの扱いが酷いですね。多分、一丸さんと娘さんは似た者同士なんだと思います。同族嫌悪ってヤツでしょう。


「その後、しばらくして……犯人が逮捕されたって連絡があったのさ。どうやら、イタズラで道路にピアノ線を張っていたみたいなんだよ。昔、よく聞いただろ? 走り屋を狙って峠道にピアノ線を仕掛けるって噂。どうやら……それをやってたらしくてさ、それで被害者が出ちゃったんだって。この事件でもピアノ線は山道に仕掛けられてたみたいでさ……ご遺体とバイクは崖下に落ちていったらしいんだけど、首が残っちゃったみたいなんだよ。それで犯人も焦っちゃってさ……なんとか証拠隠滅したかったんだろうね。そこで、見つけたのがウチのおかもちだったと言うわけさ」


 あぁ、聞いたことありますね、そんな噂。多分ですが、全国各地の峠道なんかで噂になってるんじゃないんでしょうか。アタシの場合も地元の地名で同じ話が広まっていたと思います。


「犯人はコンビニでサボってたウチのバカ娘の目を盗んで、おかもちも盗むと……そこに首を隠したみたいなんだよ。そして、何処かに放置して逃げたって訳さ。まったく、いい迷惑だよね。おかげで最初は、ウチのバカ娘が殺人犯扱いされちまったんだよ」


 最初に殺人犯扱いした人が誰か……アタシ知ってますけどね。その人、今……アタシの目の前にいるんです。


「でさぁ、警察から事件の詳細を聞いたんだけど……すると【謎】が一つが生まれたんだよ」


 来ました。【謎】です。しかし、犯人は捕まっているはずですよね……そうなると、何が【謎】として残っているんでしょうか?


「あのね……事件でピアノ線が張られていたって言ったじゃないの。そして犯人の供述からわかったんだけど……ウチのバカ娘は、ピアノ線が張られていた時間帯に、そこを通ったはずなのさ。ほら、バイクで出前の配達に出ていった訳だしさ。しかも届け先にはピアノ線が張られた道を通らなきゃいけないし……。にも関わらず、ウチのバカ娘はのうのうとおかもちを盗まれて帰ってきたってワケよ。だから、その【謎】をね……主菜として振舞わせてもらおうじゃないか」


 意外な【謎】が提示されました。ピアノ線が張られた時刻に、そこをバイクで通ったはずの一丸蘭さん。しかし彼女は被害に遭うことはありませんでした。いや、おかもちを窃盗される被害には遭っているんですが……命を落とす事はありませんでした。その【謎】を、一丸さんはアタシ達に提供してくれたのです。これは食べごたえのありそうな主菜ですね。せっかくですから……時間をかけて、じっくりと味わうとしましょうか。



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