第80話



 館の炎上を見届けた途端、周囲の景色は切り替わりました。先程までの山の風景は、殺風景な小部屋へと変化したのです。つまりは、いつものアタシ達の部屋に戻ったと……そういうことですね。


「いやー、ご両人ともお疲れさんやで。よー脱出できたのー。」


 平安名さんは上機嫌に笑っています。アタシも、ひとまずは安堵の息を吐きました。爆発に巻き込まれなくて良かったなと……。しかし、なんで玄関扉は開いたんでしょうね。入ってすぐに開けようとした時にはビクともしなかった扉が、さっきは軽く感じた気がします。アタシはその理由をコムさんに尋ねました。


「ああ、それはね……まず最初に平安名さんが『館は防音設計』と言ってたんだけど、それは覚えてる?」


 ああ、それはアタシがちょっと調子に乗っていた時の事でしたね。悔しいですが……覚えています。アタシは頷きをもって返答としました。


「防音設計を普通の家で例えるなら、お風呂やトイレがわかりやすいと思うんだけど……その扉がやけに重い・軽いって時があったりしない?」


「言われてみれば……ありますね。エアコンを付けている時の玄関扉とかは重く感じました」


「その状態って……大抵は外と比べて室内の方が気圧が低くなっているのが原因で、一般的に【負圧】って言うんだ。要は、水が低い方に流れるように………空気も圧の低い室内へと入り込もうとしてね、それが玄関扉を押しちゃうんだよ。ほら【高所】扉を開けた時にも、勢いよく外気が入ってきたでしょ?」


 あぁ……ありましたね。しかし、あの新鮮な空気の流れには、そんな意味があるとは思いませんでした。確かに、あの風の勢いで扉を押していたのなら……扉を開けるのも大変になるでしょうね。しかも、元々が重い扉でしたから……それで開かなくなったとしても、納得できる気がします。


「そしてトイレやお風呂みたいに気密性が高い部屋でも、それは起こりやすい。だから、防音設計された館も気密性は高いんだろうね。そこで、館の外と中の気圧を同じにする為にも、廊下の両側の【高所】扉を開けたんだよ。ちょうど真っ直ぐな廊下だったから吸気と換気のバランスも取りやすいし。その結果、気圧差が緩和されて……玄関の扉も開きやすくなったと、そういう事かな」


「流石やで! ごっつうキレイな解答、お見事や」


 平安名さんはソファーの中央に座ったまま……分厚い手の平を打って、コムさんを賛えています。


「ほれにしても……一番簡単な答えが出てこんかったのは意外やったのぉ」


 ん? 一番簡単? 他に何か答えがあったんでしょうか? あ……【高所】扉から飛んで、モズの早贄になる選択肢ですかね。できれば、それは遠慮したいんですが……


「あの扉、二人で力を合わせれば……負圧関係なしに開いたんちゃうか?」


 あ……。そっか。最初の時にコムさんが、もうちょっとで開きそうって言っていましたね。てことは………あの時に手伝ってたら、ひょっとして【脱出ゲーム】は最初から終わってました?


「仲のいいカップルに見えたんやけど……まだまだやな」


 そう言うと、平安名さんはニヤリと笑みを浮かべるのです。


 いえいえいえいえ、アタシ達はそんなんじゃないです。決してカップルとかではありませんから、と言おうとしたのですが……


「ほな……ワイはそろそろおいとまさせてもらいます」


 と、先手を打たれてしまいました。それでもアワアワと、何とか否定したいアタシ。抗議の声を挙げようとした、その瞬間。


「あ……せやった。ワイのサンダルどっちも左やったわ!」


 平安名さんは芸人ばりの大声とリアクションで、アタシが抗議に口を開くのを阻みました。そして……両足とも左のサンダルのまま、ドアの方へと向かいます。アタシ、まだ諦めませんよ。だって本当にカップルではないんですから!


「あの……アタシ達、そんなんじゃないですからね!」


 遂に言えました。やりました。やってやりましたよ。しかし、アタシが渾身の否定を述べた、その瞬間。


 平安名さんはドアを開けると、そこにあった壁に激突していたのです。


「あいたー! せやった……ワイ、ここに壁を出したままやったやんけ!」


 平安名さんは豪快にすっ転ぶと、倒れたままで大笑いしています。


 ダメだ……アタシの発言はことごとくが届きません。


 そして、起き上がった平安名さんは壁を消すと……外へと出ていかれました。


 ああ……いけないいけない。見送りにいかなきゃ。続いてアタシとコムさんも外へと向かったのです。




 立ち去ろうとする平安名さんに、楽しい【謎】へのお礼を述べるアタシ達。それに続けて、コムさんが質問を投げかけました。


「あの、質問なんですが……もし【脱出ゲーム】前に扉を開けていたら、【謎】はどうなっていたんでしょう?」


 ああ、そうですよね。入館の段階で力を合わせて扉を開くことが出来るとわかっていたら、当然【脱出ゲーム】は成立しません。そして、その質問に対して、平安名さんは……


「せやな……その時は、この館で死んだ誰かさんの【謎】に変更しとったんちゃうかな。ほな……今日は楽しかったで、ありがとさん」


 と言い残すと、両足が左足用のサンダルのままで……器用に帰っていくのでした。




 ━・━・━・━・━・━・━・━・━・━・━




 見送りを終え、室内へと戻ってきたアタシ達。


 なんだか台風のような方でしたね。【謎】以外の要素でも、すごく楽しませて頂きましたので……はい、大満足です。


「平安名さん……スゴイ人でしたね」


 アタシは、ポツリと感想を漏らしました。


「そうだね、本当にスゴイ人だったよ。今にして思えばだけど……今回は【開く】って言葉がキーワードになっていたんだけど……」


 確かにそうですね。玄関扉を開く為に【高所】扉を開いたりとか、他にも無数の扉を開いたものです。


「平安名さんって、名前も【開いて】平仮名にしてたでしょ。それすら伏線だったのかなと思ったら……してやられた感じがするよね」


 いやいや……流石にそんな事はないでしょう。


 でも……あの人ならあり得るかもしれない。


 なんて事を考えさせられたまま……今回の【謎】は爆発と共に幕を閉じたのでした。




 第9話 『超芸術は爆発だ』 了


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