仮題: 冷やし中華始めました殺人事件

第81話




 みなさんは【冷やし中華】を知っていますか?


 それは中華料理屋さんの風物詩。【冷やし中華始めました】の張り紙と共に、長らく皆様に愛されてきた夏の定番メニュー。赤緑黄色などの豊かな色合いと、酸味の効いたスープは夏場でも食欲をそそります。ちなみに皆さんは冷やし中華にマヨネーズはかけますか? ほとんどの方はかけないと思います。ですが東海地方だけはマヨネーズをかける文化があるんですね。なにせコンビニで売っている冷やし中華にもマヨネーズが付いてくるんですから……これ、本当の話ですよ。

 

 本日伺うのは、そんな物語。それは私達の【退屈】を埋める、どんな【美味しい】物語なのでしょうか。




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「退屈で死にそう……」


 そこは事務所か職員室か、そんな場所でのこと。その言葉は反響すると室内全体に伝わっていくのだが、無情にも返事が返ってくる事はなかった。辺りを沈黙が覆う。そんな静寂の中、デスクに頭を乗せたままの男女は何の身振りも見せることはなかった。答えが返ってこない事すら、さも当然のように泰然自若としている。いや、それは褒めすぎであろうか。他には呆然自失でもいい。とにかく……彼らが一目瞭然で何の行動もしていない事が表現できるのであれば、自然天然どのような言葉でも適切なのだ。要は、彼らは何もしていない。無為自然の境地にでも達しているのであろう。


 男性は小紫祥伍こむらさきしょうごと言い、幼女からはコムさんと呼ばれている。冷やし中華はごまだれ派らしい。人とは少し異なる系の物を好む性格をしている。つまりは……性格が悪い。


 幼女は堀尾祐姫ほりおゆきと言い、小紫からはおゆきさんと呼ばれている。冷やし中華は酸味のあるスープを好んでいる。ちなみにきくらげが入っている冷やし中華が好きなようだ。


 彼ら二名は、ひたすらに時が過ぎるのを待っている。何故かといえば……彼らは死後の世界の住人なのだ。永劫に時間が存在する世界の住人にとっては【退屈】こそが最大の敵となるのである。よって彼らは、その対抗策として……他者の【物語】を聞くことで永遠の時間へと抗う。そして、その【物語】には【謎】が含まれていると、なお素晴らしい。それを考えることで時間を消費できるからだ。


 そういった訳で……彼らは待っている。【謎】を含んだ面白い【物語】の到来を。その為に……ずっと頭をデスクに預けているのであった。




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「僕、思うんだけどさ」


 小紫のその発言は、デスクに当たると反響し室内へと伝わった。少し声が波打って聞こえる。


「何をです?」


 無視をしても良かった。だが【暇潰し】には雑談も必要なのだろう。おゆきさんも波打った声を返す。


「中華のお店が夏場になると【冷やし中華始めました】って入り口に貼ったりするじゃない」


「ええ……ありますね」


 おゆきさんは会話に乗っかる事を選んだようだ。相槌を返す。


「それなんだけど、始めるのはいいんだけどさ……終わる日時はわからないんだよね。例えば九月の半ばを過ぎた時に、ふと冷やし中華を食べたくなったとして……その時期に注文していいんだろうかって思った事があるんだ」


「なるほど、それは確かに不便ですよね。話は違うかもですが……ハンバーガーチェーンの限定メニューなんかも期間の終わり際に行くと、もう売り切れになったりしますからね」


 おゆきさんなりに思うこともあったようだ。小紫の持ち出した話題とは方向性が微妙にズレた例えを持ち出すと、彼の話への共感を示した。


「それで考えたんだよ……冷やし中華の終わりの時期をわかりやすくする為に。それは……入り口に【冷やし中華消やしました】って書けばいいんじゃないかなって」


 それを聞いたおゆきさんの瞳からは光が消えた。あまりにも面白くない。時間の無駄にも感じたのだろう。彼女は大きく息を一つ吐くと……


「コムさん……【消やす】って方言ですよ。だからそれ……全国的には使えませんね」


 と、悲しそうに伝えるのであった。そして彼女は頭を再びデスクへと戻すのだが……その動きは不意に止まった。そして顔を上げる。そのときの彼女の表情はウキウキとした様子へと変化していた。何かを閃いてしまったのだ。


「それがアリなら……アタシだって思いついちゃいましたよ。それはですね……中華料理屋さんの新メニューなんです」


「……ほうほう、それで?」


 自分の案にダメ出しされた事で悲しい表情を浮かべていた小紫。しかし……おゆきさんが再び会話を始めようとしている。小紫は相槌を打つと、先を促した。


「しかも冷やし中華の代替メニューなんです。さらに言えば……冷やし中華よりもヘルシーで安価で作れます! それにですね……」


「あ……なんとなくわかった気がする」


 小紫はおゆきさんの発言を遮るようにして発した。オチが先にわかってしまったのであろう。彼は先程の汚名返上とばかりに……おゆきさんが閃いたものを指摘する。


「おゆきさんが言いたいのは……きっと【もやし中華始めました】でしょ」


 小紫はおゆきさんの言いたいことを先に口に出してしまった。今度はおゆきさんが悲しい表情を浮かべている。いや……悲しい半分、悔しい半分の表情であろうか。更には怒りも半分ほど見受けられる。つまり、今の彼女の顔には 150 %の感情が表現されているのだ。それが良いことなのか悪いことなのかは、彼女にもわからない。


「それなら僕は真逆のメニューにするかな。ヘルシーと安価さは捨てて……量勝負。ほら、最近流行ってるじゃない」


 彼は続けて、そう出題するのであった。


 いつの間にか……おゆきさんの表情には呆れ半分が加わっている。つまり、彼女の顔からは 200 %の感情が表現されていたのだ。



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